第190話 スマホ弄るのやめーや
「んぐぅッ────ああああッ!!」
誰かに言われなければ、これが模擬戦だとはとても思えないような必死の形相。額に汗をびっしりと浮かべ、息を切らしながらも
見学をしている探索者達からみれば、それは殆ど理想的な一閃だった。流石は音に聞こえた『†漆黒†』のエースだと、誰もがそう思えるような。
「膝」
「あ───ぐッ!」
鞘に納まったままの聖剣で、
「ふんぬッ……!!」
しかし
が、やはり届かない。
「肩」
「うッ、あ痛ァ!」
刃が届くよりも先に、今度は右肩口をばしりと叩かれる。上方から力を加えられたことにより、
「剣というものは、腕だけで振るうものではありませんわ」
うつ伏せに倒れ込んだ
「貴女の剣は
「ゔッ……はい……」
差し出されたアーデルハイトの腕を取る気力もないのか、返事こそすれど、
「ちょうど一時間くらいですわね。一度休憩にしましょう」
「や、やったぁ……なんとか生き延びたぁ……」
「大袈裟ですわね……」
その合図を聞き、クリスが救急箱を手にやってくる。どうやらこの一時間で、幾分かはコスプレにも慣れたらしい。まだ多少恥ずかしそうにはしているが、少なくとも顔色だけは普段と遜色がない。
「おや、打ち身がたくさん」
「クリスさん……か、回復魔法を……」
「駄目です」
そんな光景を、少し離れたベンチに座って見学していた
「スパルタっスねぇ……うわ、痛そー」
:ガチキャンプで草
:月姫死んだw
:鬼畜団長A再び
:あかん、レベチ過ぎてカグーの何が悪いんか全くわからん
:小一時間も太刀振りながら小突かれ続けたら倒れもするか
:団長のガチ指導ともなると流石にハードだったわ
:もっと激しい打ち合いなのかと思ってたら、マジであしらわれてて草
:清々しい程のボッコボコ
:カグーに才能があるとは一体何だったのか、ってレベルでボコボコなんよ
そんな視聴者達のコメントに、この場では唯一の異世界出身者であるオルガンが回答を行う。彼女には剣の事などまるで分からないが、しかし彼女だからこそ分かる事もある。
「それは違う。アーデが直接剣を交えて指導をするのは、確か騎士団の副団長だけだった筈。他の団員達の訓練にも口は出すけど、それだけ。こうしてアーデが直接剣を教えている時点で、あの子には才能があるという証拠。しらんけど」
凡そ日本に来て日が浅いとは思えない、妙に小慣れた手つきでスマホを操作しつつ、淡々とそう答えるオルガン。訓練の内容には興味がないのか、先程からずっとこの調子である。
「剣聖というのは簡単に名乗れるものではない。ほんの一握りの才能ある者達が、必死で努力し、挫折し、果ては絶望を乗り越えて尚届かない、そんな道の先でたった一人だけが名乗れる称号。それが剣聖。そんなアーデが指導をしても良いと思う程度には、あの子は優秀。知らんけど」
:最後に適当な言葉つけるのやめーやw
:良いこと言ってるっぽいのに最後で台無しだよ!
:スマホ弄るのやめーやw
:エルフがスマホ弄ってんのなんかツボだわ
:しかも妙に操作が早い
:おるたそも創聖?なんじゃないの?
:そういやそうだった
:ただの残念無気力ロリエルフだと思ってたわ
「そう。そもそも『オルガン』というのは、あちらの世界に於ける一種の称号のようなもの。知識と技術、叡智の牙城。そこに足を踏み入れた者だけがそう呼ばれる。同時に二人存在することはない、唯一無二の通り名。それが『オルガン』、それがわたし」
長く話して少し疲れたのか、オルガンが自らの頬をむにむにと揉み込む。思いの外語られる機会の少ない異世界事情に、耳を傾けていた者達は『はえー』などという間抜けな声を上げていた。
「はえー、そうなんスねぇ……」
「ちなみに、『創聖』と『オルガン』はイコールではない。説明はめんどいので端折る」
:オイィ!!
:めんどいのではしょる
:疲れちゃったかー……
:折角の異世界話が……
:おおい!! 興味深いところで止めるのやめーや!
:アーさんは案外、その辺り詳しく語ることあんまないもんな
:
:あると思います
:草
* * *
「以前にも申し上げましたけれど、貴女には才能がありますわ」
そうして休憩に入って暫く。グラウンドに突っ伏して息を整える
「人間というのは、頭でイメージした動きと、実際の身体の動きにズレが生じますの」
「ふぅー……あ、はい。それは何となく……」
「その差を可能な限り無くす為に、人は反復を行う。剣の素振りがいい例ですわね。けれど貴女にはそれが必要ない。それはつまり『身体を精密に動かす才能』ですの」
「身体を、精密に……?」
アーデルハイトの言葉があまりピンと来ないのか、
「イメージ通りに身体を動かす才能。これは努力ではどうにもならない領域ですわ。どれだけ努力したとしても、100%思い通りに動くことはない。それが人間。それが人の身体というものでしてよ。けれど貴女にはそれが出来る。これは他者に無い、圧倒的な武器ですわ」
そう言って軽く微笑むアーデルハイト。訓練中の厳しい表情とは異なり、今の彼女はすっかり普段通りであった。
「え……でも、さっきは全然駄目でした……よね?」
「それは貴女が『正解』を知らないからですわ。今は基礎を飛ばして我流で剣を覚えてしまった貴女に、わたくしの『正解』を叩き込んでいる最中ですの」
「な、成程……?」
「もう……折角凄い才能を持っているのに、本人がこれですもの」
「す、すみません……へへ」
「ヘラヘラしない!」
「はひっ!」
そんな雑談を交わしている、その時だった。アーデルハイトからぴしゃりと怒られた
「あれ、これ……」
突如として起こった自らの変化に、
「ですから───あら? 一体どうしましたの?」
そんなアーデルハイトの言葉に、
「師匠、あの……なんか私、レベルアップしたみたいなんですけど」
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