第295話 寝てたほうがマシだな

 ただただ広い森の中、魔物を求めて練り歩く。

 何しろ、どれが『当たり』の魔物なのかが分からないのだ。見つけ次第ブチのめす他に、先へ進む方法がない。森と言っても木々の間隔は疎らで、視界は良好。閉塞感を感じることがないのは救いだった。


 そんな木々の間を縫って、くるる茉日まひるが駆ける。普段はそれぞれ別のパーティで活動している二人だが、チームワークは悪くないように見える。仲が良いというのもあるだろうが、それ以上に、コラボ経験済みで既に共闘したことがある、というのが大きかった。


「とりゃー!」


「やああっ!」


 見るからに混乱した様子の魔物──角の生えた、鬼のような見た目をしている──へと、くるるが側面から斬りかかる。そちらに注意が向いたかと思えば、後方から茉日まひるがショートソードで斬りつける。魔物からすれば鬱陶しいことこの上ないだろう。


 両者とも、普段のパーティでは遊撃と撹乱を担当している。攻撃力という点では少々不足気味だが、回避に重点を置いたその戦闘スタイルには安定感がある。初めて訪れるダンジョンといえども、この程度の魔物に苦戦するようなことはない。そうして大した時間をかけることもなく、二人は赤鬼を倒してみせた。


「オッケー!」


「ナーイス!」


 危なげのない勝利に、二人はハイタッチをして喜びを表現する。もちろん、普段ならばいちいちこんなことで喜んだりはしない。しかし今は違う。二人から少し離れた場所には、戦いを眺める後方腕組勢が二人もいるのだから。


「悪くないですわね」


「悪くないですね」


 腕を組んだ状態の仁王立ちで、うんうんと頻りに頷くアーデルハイトとクリス。ポーズからコメントまで、お手本のような観戦勢であった。


 :草

 :あかん、笑ってしまう

 :なんやこの主従 草

 :なんかこういうAAあったよなw

 :良い子の諸君!

 :早起きは三文の得と言うが、今のお金にすると60円くらいだ

 :寝てたほうがマシだな

 :無事完成してて草

 :枢&まひるの活躍が異世界殺法コンビのせいで吹っ飛んだわw


 普段のアーデル無双とは異なるが、しかし視聴者達はしっかりと盛り上がっていた。アーデルハイト達の馬鹿げた戦いももちろん魅力だが、これはこれで、ある意味新鮮な光景だった。

 

 だったら他のチャンネルを見ろ、などという意見もありそうなものだが、それは少し違う。他の配信チャンネルには、ダンジョン特有の緊張感があるのだ。それはあの魔女と水精ルサールカのダンジョン配信でも同じことだ。良くも悪くも皆真剣で、そこにふざける余地などは無い。


 しかし後ろにアーデルハイト達が控えているおかげか、今のくるる茉日まひるはのびのびと戦うことが出来ている。このような姿、他のチャンネルでは中々見られないだろう。無論、あまり気を抜きすぎるとしっかり怒られるのだが。


「どうだったー? 自分では結構いい出来だと思うんだけど」


 赤鬼の角を回収しつつ、くるる茉日まひるが後方へと帰還する。そう、あまり喜んでばかりもいられないのだ。特にミスはなかった筈だが、しかし相手はあの剣聖だ。異世界出身者にしか分からないような、細かい指摘があったとしても不思議ではない。


 先日行われたアーデルハイトとウーヴェの一戦。あの時の配信は、くるる茉日まひるの二人も当然視聴している。茉日まひるはもちろんのこと、日本人としてはトップクラスの腕前を持つくるるでさえも、何が起こっているのかまるで理解できない、そんな戦いだった。故に考えてしまう。あの異次元の戦いと比べれば、今しがた討伐した魔物など、と。


 少々卑下しすぎな気もするが、しかし彼女らとて、今より強くなりたいと願っているのだ。ならばこそ、異世界の剣聖は自分たちの戦いをどう見たのだろうか。ただそれだけが気になってしまう。しかし、アーデルハイトの反応は意外なものであった。


「グッドですわね。武器に合わせた戦い方が、しっかり出来ていると感じましたわ」


「え、ホントに!?」


 驚きの表情とともに、くるるは『ぐりん』とクリスの方へと向ける。クリスはくるる達同様、主に短剣を使用する戦闘スタイルだ。短剣での戦い方という意味では、或いはアーデルハイトより長じているかもしれない。そんなクリスの反応もまた、予想外の高評価であった。


「同意します。確かに改善点も多いですが、良い戦いだったと思いますよ」


「やったー!」


 二人からのお墨付きをもらい、そこで漸く安堵するくるる達。


「短剣は取り回しに優れる分、どうしてもパワーが不足しがちになりますわ。だからこそ、技術よりも動き────立ち回りが重要になりますのよ」


「その点、二人の戦いはお見事でした。無理をせず、出来る限り正面からの衝突を避け、短剣の利点を活かし相手を翻弄する。ナイスです」


 異世界殺法コンビの総評を受け、僅かなりとも自信がついたくるる茉日まひる。二人は気を良くしたのか、意気軒昂といった様子で、足取り軽くダンジョンを進み始める。そんな一段落したタイミングを見計らい、地上のみぎわから通信が入った。


【えーっと、三時方向に敵影2ッス。距離は……大体300メートルってとこッスかね? 殲滅してどうぞー】


 今回はくるる茉日まひるにも、地上との通信用イヤホンを貸与している。みぎわの報告を聞いた二人は、我先にと森の中へ突撃していった。


「元気ですわねー」


「お嬢様から直接手ほどきを受けられる機会なんて、あちらの世界でもそうそうなかった事ですからね。張り切る気持ち、私は分かりますよ」


「そういうものですの? 自分ではよく分かりませんわね……」


 当たり前というべきか、先程くるる達が倒した赤鬼は『ハズレ』であったらしい。そうそう上手くはいかないものだ。とはいえ、それに文句を言うのは流石に躊躇われる。他の探索者達など、本当に何もかもを手探りで行っているのだから。魔物の位置自体はみぎわが知らせてくれるため、これでもまだ随分とマシな方なのだ。


 そうして、いつの間にか戻ってきていた肉と毒島さんを回収し、くるる達の後を追うアーデルハイトとクリスの二人。どうやら兎には逃げられたらしく、肉は不満そうに鼻をふすふすと鳴らしていた。ともあれ、配信開始からは未だ一時間も経ってはいない。アーデルハイト達が戦闘に参加していないことからも分かるように、急いでいるわけでもない。異世界方面軍にとっての出雲ダンジョン攻略、その本番はまだまだこれからであった。

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