第296話 言うだけタダッスよ

「……撮れ高がありませんわ」


 探索者協会出雲支部の食堂にて、アーデルハイトがぼそりと呟いた。

 彼女達が出雲ダンジョン攻略に乗り出してから、既に丸二日が経っていた。しかしその間、攻略は何の進展もなかった。もっといえば攻略は疎か、第一層すら突破出来ずに居る。日を跨いでの探索──ダンジョン内で野営をすることはなかったが──も、そしてその進捗が芳しくないことも、異世界方面軍にとっては初めての経験である。


 他の探索者達から情報を集めてはみたものの、やはり彼らも同じであった。この二日間、第一階層を突破した者はどうやら一人もいないらしい。それどころか、最後に第一階層突破の報告があったのは一年以上も前の事だという。なるほど確かに、出雲ダンジョンは停滞していた。


 つまりはそれこそが、先のアーデルハイトの一言へと繋がるというわけだ。そう、撮れ高がないのだ。他の探索者達にとってはいつもの停滞なのだろうが、しかしアーデルハイトにとっては由々しき事態である。この二日間の成果と言えば、くるる茉日まひるが多少強くなったということだけ。無論倒した魔物の数だけは多いが故に、収入面ではそれなりだった。だがそんなもの、撮れ高に飢える彼女にとっては、なんの慰めにもなりはしない。


「一体何ですのココは!? 少しも前に進みませんわよ!?」


「この広いダンジョンの中、たった一体の『当たり』を探すのは骨が折れますね……みぎわの魔法でも区別がつかないそうですし」


 数年前にどこぞのパーティが一層を突破したときも、ただの偶然であったという。倒した魔物がたまたま『当たり』だったというだけの、何の再現性もない偶然の産物。重機系令嬢のパワープレイが通用しない、全くもって厄介なダンジョンである。

『クリ目』などと宣っておいてこれなのだから、なんとも情けない話だった。


「私達は強化合宿みたいで楽しいけどねー」


「毎回新しい課題が出てくるので、やりがいはあります」


 曲がりなりにも教導の成果が出来ている所為か、くるる茉日まひるの二人はいつもと変わらぬ様子。むしろ強くなっていることを実感出来ているおかげで、いつもより充足している程だ。


「うーん……この広さで単純な運ゲーっていうんじゃ、ちょっと意地悪過ぎる気がするんスよね。なーんかギミックみたいなのがあるんスかねぇ……?」


「山ごと吹きとばせ────いてっ」


 やはり頭を悩ませるみぎわ。今はまだ視聴者達も盛り上がってくれてはいるが、この先も停滞が続くようでは危ういだろう。最悪の場合は、撤退も視野に入れるべきかもしれない。完全に他人事状態のオルガンへデコピンを食らわせつつ、自らが作ったマップへと意識を戻す。


「ミギーの言うギミックとは、一体どういうものなんですの?」


「要するに仕掛けッスよ。先に進むには扉を開けなければならない、扉を開けるには鍵が必要。鍵は別の場所で謎解きをしなければ手に入らない。そんな感じのやつッス。大抵の場合はクランクを入手して、そのへんの水を抜けば解決するッス」


「水……? クランク……? つまりどういうことですの?」


「気にしないでいいッスよ。ただのテンプレなんで」


 みぎわがとあるゲームを例に、アーデルハイトへギミックの説明を行う。当然ながら伝わらないが、そんなことは些細な問題でしかなかった。と、そんなアーデルハイトとみぎわの会話を隣で聞いていたクリスが、何かを思い出したかのように言葉を紡いだ。


「あの、少し気になることがあるのですが。いえ、全く関係ないことかも知れませんが……」


 そう言っては見たものの、クリス自身も何か確信があるわけではないらしい。彼女にしては珍しく、どうにも歯切れの悪い言葉であった。


「どうせ今は何の取っ掛かりもない状態ッスから、言うだけタダッスよ」


「確かにそうですね。では……」


 そうしてクリスが語ったのは、この二日間の探索でなんとなく気になっていた、いつもと違う出来事への違和感であった。


「……普段なら一目散に魔物へ突撃していく筈の肉が、今回はそれをしていません。毒島さんと一緒になって、ずっとあるモノを追いかけています。それがどうにも気になると言うか、違和感を覚えるというか……」


「そうなんですの?」


「お肉がッスか?」


 クリスの言葉を受け、その場の全員がそちらへ視線を向ける。テーブルの上に転がり、すぴすぴと鼻提灯を膨らませている怪しい生き物へと。


「肉は今回、何故かずっと兎を追いかけているんです。最初は気にしていなかったんですが……よく考えれば、そもそも普通の兎ってダンジョンに居るものなのでしょうか?」


「ほほう……ウサギッスか」


「しかもどうやら、毎回逃げられているようです」


 みぎわは顎に手を当て、そうして思案する。

 ダンジョン内にただの動物がいるだろうか。確かに、無害な存在という意味では迷宮兎ダンジョンラビットのような例外もある。だがあれとて魔物の一種なのだ。配信業を始めるにあたり、ダンジョンについての勉強はみぎわも行った。だがそれでも、ダンジョンに精通しているというわけではない。本職が騎士であるアーデルハイトも同様だ。クリスの違和感を共有するには、残念ながら知識が足りない。故に他の者、ベテラン探索者の意見が欲しかった。


くるるさんに茉日まひるさん。今の話、どうなんですの?」


 アーデルハイトが二人へ水を向ける。この場で最もダンジョンに精通しているであろう、ベテラン探索者の二人へと。


「いないと思うよ」


「うん、聞いたことない」


 ダンジョン探索の経験が豊富な、ベテラン二人の意見は一致している。なるほど、なるほど。クリスは自信なさげであったが、どうやらこれは『当たり』を引いたか。加えて、肉が一心不乱に追いかけているのは『兎』だという。そしてここは出雲だ。確かに、『そう』だと言われてみれば、『そう』だとしか思えなくなってしまう。偶然というには、些か話が出来すぎている。


「……うん、あり得るッスね。少なくとも試す価値はあるッス。どうせ手がかりなんてない状態なんスから、やってみるのも悪くない筈ッス」


「ミギー? 何か分かりましたの?」


「わかんねーッスけど、でも、ちょっと試したいことは出来たッスね」


 そう言ってみぎわがニヤリと笑う。

『分からない』という割には、随分と自信あり気な表情であった。


「ヘラヘラすんな」


 駄エルフの手刀が、そんなみぎわの頭頂部へと突き刺さっていた。

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