第178話 改良しましたわ!

 二度、三度。

 アーデルハイトが手にした無垢の庭園イノセンスを振るう。その度、光輝の幕が戦場へと下りる。光の幕は互いに干渉することなく交差し、戦場を格子状に区切ってゆく。


「綺麗……」


 ぽつりと呟かれたのは誰の声か。

 聞こえてきた声は一つだけだったが、しかしその場に居る全員が同じ感想を抱いていた。


「クリス先生! あれは!?」


 そんな中、月姫かぐやが問う。

 この場で唯一、今何が行われているのかを理解しているクリスへと。すっかり解説役としてのポジションが確立されてしまったクリスは、言葉を選びつつ説明を始めた。


「あれは『無垢の庭園イノセンス』と呼ばれる神器です。見ての通り、光の障壁を生み出す力を持った聖剣ですね」


「障壁……要するにバリアみたいなものですか!?」


「そうですね。概ねその認識で問題ありません。とはいえ、実はそこまで強力な力というわけでもないのですが……」


「あれ、そうなんですか? 見ている限りではすっごい強そうというか、ほとんどチートのマップ兵器っぽく聞こえるんですけど……魔物の群れが何も出来ずに閉じ込められてますよ?」


 どこか歯切れの悪いクリスの言葉に、小首を傾げる月姫かぐや。彼女の眼前に広がるのは、区切られた戦場へとギチギチに押し込められた魔物の群れの姿。そうしている間にも肉が元気に暴れまわっている所為か、その数は徐々に減っている。

 アーデルハイトがこれまでに見せた神器は、どれも効果範囲が狭いものばかりであった。だがこの聖剣・無垢の庭園イノセンスは、攻撃性能こそ低そうに見えるものの、範囲だけで見れば他とは比較にもならないように月姫かぐやには思えた。近代兵器が効果を発揮しない現代ダンジョンに於いて、これほどの範囲に影響を及ぼすような攻撃は、恐らく存在しないだろう、と。


「本当に、ただ阻むだけなんですよ」


「え、駄目なんですか?」


「味方を受け入れ、敵を阻む。防御性能に関しては文句の付け所もありません。ですが攻撃性能は皆無なんです。つまり───」


「敵を倒すのは別の手が必要、と……あ、それでお肉ちゃんですか?」


「そういうことですね」


 魔物は閉じ込められているだけであって、ダメージを負っているというわけではない。区画内にギチギチに詰め込まれている関係で身動きは取りづらいだろうが、初戦はその程度。攻撃役にはそれなりの危険が伴うのだ。

 あちらの世界では、アーデルハイトが戦場を封鎖し、遠方から魔法で攻撃するという手段が使えた。敵のみを拒むという、無垢の庭園イノセンスの特徴を最大限に活かした殲滅方法といえるだろう。だが、こちらの世界には魔法がない。アーデルハイトが敵を捕縛したところで、クリス以外には安全な攻撃が出来ないのだ。しかしクリスの得意魔法は範囲に長ける雷系統が殆どだ。火災などのことを考えると、こういった森林地帯では残念ながら使いづらい。


 しかし今は違う。

 成長を続ける怪しい生き物、肉が居る。敵の群れに突っ込んだところで怪我をすることのない肉は、異世界方面軍にとっては貴重な攻撃役だ。


「ですが……いくらお肉がダメージを受けないとはいえ、殲滅を担当するには流石にちょっと時間がかかり過ぎますね」


 戦場を見れば、あちこちで魔物のパーツが吹き飛んでいる。肉が敵陣内で暴れまわっているからであろうが、しかしその攻撃方法はといえば所詮体当たりである。以前の巨体であればともかく、今の肉の殲滅速度はお世辞にも早いとは言えなかった。


「というか、多分あれは途中でつまみ食いしてますね」


「あぁ……」


 ちらちらと視界の隅に映る肉は、先ほどまでと比べて心なしか丸々としていた。敵の群れの中を縦横無尽に駆け回る肉だったが、どうやらその合間に魔物をパクついているらしい。ただでさえ早くはない殲滅速度が、徐々に陰りを見せている。


 そんな状況を打開するのは、やはりアーデルハイトであった。彼女はいくつもの光壁が輝く戦場を眺め、次いで肩越しにドヤ顔を向ける。


「甘いですわ! その様な弱点を、わたくしがいつまでも放置する筈ありませんわよ!」


「おや……お嬢様は無垢の庭園イノセンスを抜いている間、他の神器を使えなかったと記憶していますが」


「貴女と別れた後、改良しましたわ!」


「……それはなんというか……嫌な予感がしますね」


 最高峰の防御力を持ちながら、攻撃力を一切持たない聖剣。それが無垢の庭園イノセンスという神器だ。だがアーデルハイトはそれを良しとしなかった。騎士団長としての矜持か、それとも剣聖としてのプライドか。ともあれ、アーデルハイトはしっかりと弱点を克服していたらしい。そも、彼女はここへ救援に来ているのだ。当然ながら殲滅のアテがある故の現状であったし、考え無しに無垢の庭園イノセンスを抜いた訳では無いのだ。


 クリスの言うように、無垢の庭園イノセンス使用中のアーデルハイトは他の聖剣・魔剣を使えない。ならばと編み出されたのが、この技だった。それは、無垢の庭園イノセンスの持つ能力を使った、唯一の攻撃転用方法。


「さぁ、その眼に焼き付けなさいな! わたくしの溢れる威光を!」


 訝しむクリスと、目を輝かせる月姫かぐや。二人の視線を背中に受けながら、アーデルハイトは言い放つ。それと同時に、手にした無垢の庭園イノセンスをおもむろに地面へと突き立てた。


「必殺!! 『高貴燦然高貴・オブ・ヴァーミリオン』!!」


 無垢の庭園イノセンスの刃が一際強い光を放ち、眩いばかりの威光(?)が大地から溢れ出す。そうして何処からともなく、ベルの鳴るような澄んだ金属音が響き渡る。キラキラとした目で、アーデルハイトの姿を食い入るように見つめる月姫かぐや


「……やっぱりダサいです、お嬢様……」


 一方で、クリスは胡乱げな瞳のままであった。

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