第179話 お蔵です
「はぁぁぁぁッ!」
地面に突き刺した
「あっ! これなんか漫画とかで見たことあるかも! カッコイイやつだ!」
「ですが、とても剣技とは呼べませんよねコレ……」
「そこ! うるさいですわよ!!」
やいのやいのと騒ぐ二人の外野を怒鳴りつけ、首だけで振り向いていたアーデルハイトが再び前を向く。どうやら思いの外集中力が必要らしく、彼女が後ろを向いた一瞬の間にも障壁は揺らぎかけていた。
「ふぬぬ……っ!」
元より障壁内でギチギチに押し込められていた魔物達は、先程までと比べ一層窮屈そうにしていた。そんな身動きすら満足に取れない状況の中、内部からは肉が襲いかかる。控えめに言ってダサい技名とは裏腹に、ひどく悪辣で残酷な技だった。
「成程……馬鹿っぽい名前ですが、効果の程は確かですね」
恐るべきはその効果範囲だ。無論、近代兵器がダンジョン内でも効果を発揮するのであれば、近しい効果を得られる武器はあるだろう。だが現実はそうではない。探索者が使用する武器は、基本的に単一の対象にしか攻撃が出来ない。魔法の無い現代のダンジョン攻略に於いて、『高貴燦然』とやらの殲滅力は唯一無二と言えた。殆ど魔法と同じ様なものではあるが。
障壁の迫る速度は遅い。だが、アーデルハイトに敵と認識された者は障壁内から出ることが出来ない。ベヒモスやヨルムンガンドのような最上位の魔物であればいざ知らず、今ここに居る魔物程度では障壁を破ることが叶わないのだから。
光り輝く障壁が、魔物の群れを圧し潰す。
そんな怪しく非常識な光景は、ルシファーを始めとする探索者一行にも大きな衝撃を与えていた。
「……何が起こってんだ、コレは」
「ルシは異世界方面軍の配信見たことないんだっけ」
「ああ。
「あの嬢ちゃん達は、毎回こんな感じだぞ」
「……」
元々非常識なまでの強さで人気を獲得してきたアーデルハイト達ではあるが、魔法の解禁からは特にそうであった。自重することをやめた異世界方面軍は、現代の探索者とは違うステージに立っている。そんな
「なんていうか……常識が壊れる音がする」
「ギリギリ真似出来そうなのが、ゴブリンサッカーくらいしかない」
周囲の者がそうこう言っている間にも、障壁の進行は止まらない。見れば既に随分と障壁内が狭まっており、中には踏み潰される魔物すら出始めている。敵の密集度が上がったおかげか、障壁を自由に行き来することの出来る肉が縦横無尽に駆け回る。外は鉄壁、中は地獄。戦うどころか、逃げることすら許されない。魔物達からしてみれば理不尽以外の何者でもないだろう。
「ぬぐぐっ……コレで……お終いですわっ!!」
遂に、というべきか。
虚空を掴んでいたアーデルハイトが、ぱん、という音と共に両手を合わせる。そんな彼女の動きに合わせるかのように、障壁がその領域を完全に閉じてしまう。神々しくも光輝いていた障壁が、魔物の肉と臓物で赤く染まる。
「ふぅー……やっぱりコレ、疲れますわね。普通に斬ったほうが早いですわ……」
そう言って大きく息を吐き出すアーデルハイト。身も蓋もないような言い様だが、しかし今回は怪我人の救出が最優先だったのだから仕方がない。いつものようにローエングリーフで戦っていれば討ち漏らしが出ていたかも知れない。だからこそ、彼女は防御用の聖剣を使用したのだから。
「お疲れ様です、お嬢様」
「ええ。消化不良感は否めませんけど」
珍しく疲れた様子を見せるアーデルハイトに、クリスが労いの言葉をかける。仕方がなかったとはいえ、やはりアーデルハイトとしては剣で殲滅したかったのだろう。一仕事を終えた彼女の表情は、その圧倒的な戦果に反してどこか不満げであった。
「さて……皆さん、ご無事なようで何よりですわ。ですがこの世界には、帰るまでが遠足という言葉もあるそうですわね? 油断せず、このまま地上に帰りますわよ!!」
「どう見ても遠足ってレベルじゃないがな」
「細かいおじさまですこと。というわけで、今回はこれまでですわ! 皆さん、高評価とお気に入り登録をお願い致しますわ!!」
そう言って、アーデルハイトがクリスの方へと元気よく指さした。それはすっかり配信が板についてきたアーデルハイトの、お決まりの配信終了宣言であった。そんなアーデルハイトに向けて、クリスは肩を竦めながらこう言った。
「お嬢様。今回は人命救助ですので配信はしてませんよ」
「……わたくしの活躍は!?」
「お蔵です」
「そんなっ!!」
クリスの言葉に頭を抱え、ショックで項垂れるアーデルハイト。
ともあれ、神戸ダンジョンから続いた長いダンジョンのハシゴは、こうして幕を下ろしたのであった。
* * *
軽井沢ダンジョンのとある場所で、生い茂る草をかき分けながら二人の男女が歩いていた。腰ほどもある草木の所為か、足元はよく見えない。そうであるというのに、二人の歩く速度は些かも衰えはしなかった。
「なァ、旦那」
「なんだ」
「ここ何処よ?」
「知らん」
隣を歩くレベッカからの問い掛けに、むっつりとした表情でウーヴェがそう答えた。一層でアーデルハイト達と逸れてから暫く。魔物を倒しながら進んでいた二人ではあったが、いよいよ現在地が分からなくなっていた。
「つーか、今何層だっけかァ?」
「む……十は超えている筈だが」
「そうだったかァ?つーと……案外もうすぐ現場かも知れねェなァ」
「ああ。全て計算通りだ」
「ぜってェ嘘だろ」
二人はこれまで、目についた魔物は全て討伐しながら進んでいた。折角だからと回収した魔物の素材は、既に二人のバッグをパンパンに膨らませている。ウーヴェは勿論の事、レベッカもまたこの程度の魔物達に後れを取るような実力ではない。それぞれ討伐の所要時間など微々たるものであった。とはいえ、素材を回収したのは本当にただのついでのつもりだったのだ。二人共に、当初の目的を忘れているわけではない。
「よし。剣聖に後れを取るわけにはいかん。ペースを上げるぞ」
「あいあい。まァ、折角来たのに迷子で終わりましたじゃァ格好つかねェしな───あァん?」
そう言ってウーヴェが前に出た、その時だった。草の合間から顔を出していたウーヴェが、突如として姿を消していた。それに気づいた時、レベッカは瞬時に罠の存在を疑った。
「オイオイ……」
突然の出来事ではあったが、やはりレベッカも大したものである。仲間が消えたからと言って、みっともなく取り乱すようなことなど有り得ない。そも、これが仮に転移トラップだったとしても、飛ばされたのはあのウーヴェなのだ。心配するだけ無駄であると、レベッカは身を以て知っている。
そうしてレベッカが、先程までウーヴェが居たはずの場所を覗き込む。慎重に草をかき分けて見てみれば、そこには大きな落とし穴がぽっかりと口を開けていた。転移トラップなどという高度な罠では無かった。酷く原始的で、ダンジョン内でもポピュラーな罠だった。それこそ、そこらの新人探索者ですら引っかからないような。
「……旦那といると退屈しねェなァ」
そう呟き、レベッカは仕方がないとばかりに穴の中へとその身を躍らせる。アーデルハイト達が帰還を始めたその裏で、馬鹿とヤンキーのダンジョン探索は新たな段階へと突入していた。
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