第77話 エッチなゲームだぁ!
ダンジョン内部で、女がくだを巻いていた。
「なぁ、そろそろいーかよ?」
少し赤みがかった金髪を頭の後ろで纏めており、その顔は目鼻立ちのはっきりした美人であることが遠目に見てもよく分かる。しかし、女は大層機嫌がよろしくない様子だった。腰を落とし、まるでチンピラのような姿勢で相手を威圧している。姿勢の所為か、激しく自己主張する双丘はむにゅりと形を変え、ダンジョン内という危険な場所にあっても酷く扇情的であった。
一方で、そんな彼女に絡まれている男は気まずそうな顔で瞳を閉じ、冷や汗を流し、口を真一文字に結んでただ黙していた。
「ここまで我慢したんだし、いいよなァ?」
「……」
「アタシはよぉ、例のお姫様と会えるって聞いたから付いてきたんだぜ?」
「……」
「アンタが見せてきたあの動画。アレをこの目で見たくて、その為にわざわざこんな遠くまで来たんだよ。アタシら全員、ホームの探索を仲良く先延ばしにして、だ」
男は何も答えない。否、答えようがなかった。
何故こうなったのか、その原因はすでに判明しているのだ。今回の件は男にとっても想像していなかった出来事であり、痛恨のミスであった。もっといえば、一番悪いのは問い詰められている男ではないのだが。
つまりは起こってしまったことであり、今更文句を言ったところで何も始まらない。所詮ミスはミスであり、もう一度同じ事が起きないよう努めることしか出来ないのだ。だが、そんな正論は目の前でヤンキー座りをしている女には通用しない。
「まぁな?別にアタシも、あっこの奴らが弱ぇって言ってる訳じゃねーのよ。アンタも知ってんだろ?アタシは日本の配信だってよく見るし、あいつらの事は当然もっと前から知ってる」
「……」
「流石、日本のトップ探索者だよなァ?でもよ、言ってもアレじゃあ常識の範疇なンだよ。アンタも見りゃ分かんだろ?単純な戦闘ならアタシのほうが多分強ぇよな?」
「……」
突き出した尻を揺らしながら、右手の指に挟んだタバコを燻らせる。そうして今、目の前で繰り広げられている戦闘にちらりと視線をやり、態とらしく、大きな溜息と大量の煙を吐き出した。その姿は探索者というよりも、そこらのギャングとでも言ったほうが余程しっくりくる。
「マジで楽しみにしてたんだよ。なんつーのかな……本場の美味いスシが食いたくて日本まで来たのに、いざ到着してみたら連れて行かれたのが回転スシの店だった、っつーか……確かに美味ぇんだけどよ、そりゃ違ぇよな?アタシの言いたいこと分かんだろ?おぅ、聞いてんのかコラ」
「……」
「あの後ちゃんと調べたんだぜ?あのイカれたお姫様が、あんだけ強いクセに、何故かそこまで知られてねぇ探索者だってのは知ってんだよ」
「……」
「今回、何つってブッキングしたのかも大体予想がつくぜ。どうせ、『日本で最高の探索者と共同で探索を』みてぇな事言ったんだろ?んな言い方したらこうなるのは分かるよなァ?向こうは知名度低いつってんだろうがクソボケ」
長い。
あまりにも長い悪態だった。よくもまぁそこまで言えるものだと、ある意味関心してしまいそうな程の文句の量であった。それでも男───レナードは何も答えない。彼は自分にも多少なり非があることを認めていたし、当初の思惑からは外れてしまったものの、『勇仲』との共同探索もそれはそれで悪くはないと思っていたからだ。事実、アメリカでは見られない魔物や素材、ダンジョン大国である日本ならではの考え方や攻略方など、ここまでの道中で得られたものは少なくなかった。
だが、そのような後付の理由で納得するほど、目の前の女───レベッカは大人しい女ではなかった。今回のダンジョン探索が始まって数時間、彼女はまだ一度も戦っていない。やる気の無さは一目瞭然だったし、先程から溜息ばかりを吐いている。
そんな彼女に代わり、兄のウィリアムは積極的に戦闘に参加し、獅子奮迅の働きを見せていた。彼が積極的に戦っているのには、実は後ろめたい事情もあるのだが。
「ふゥー……あっちに残ったリナが正解だったなァ」
レベッカは苛立ちを隠そうともせずに、パーティリーダーであるレナードの顔へと煙草の煙を吹きかける。いよいよ最悪な態度であった。
「……ベッキー、気持ちは分かるがコレも仕事だ。せめてカメラに映るところでは真面目にやってくれ。あと、今回のアポ取りは君の兄の仕業だ。俺ではない」
「んなこと分かってるよ……あのクソ兄貴はあとでボコボコにすっからいいンだよ……あー!
大声で文句を垂れ、そうして漸くレベッカは腰を上げる。傍の壁に立てかけていた大剣を拾い上げ、素振りでもするかのようにぶんぶんと振り回しながら、煙草を咥えて歩き出す。
「ふー……よし、あらかた文句も言い終わったし、かなり気が晴れたぜ。んじゃあさっさと終わらせて、どっかの高いスシでも食いにいこうぜ、リーダー」
気分屋なチームのエース、そんな彼女の背中へとレナードが独り肩を竦める。別にレナードはレベッカを甘やかしているというわけではない。必要があればしっかりと諫めるし、彼女を恐れて強く言えないなどという訳でもない。
確かに機嫌の悪い時のレベッカは酷く面倒で、レナードでさえも出来るだけ絡みたくはない。だが平時であれば、彼女もそれほど悪い態度が目立つという訳ではないし、今回も、ここまではちゃんと愚痴を我慢していた。そして愚痴を吐き出したのもカメラの画角外である。一般常識やルールもしっかりと備えている。
戦闘力は言わずもがなだ。要所でガス抜きさえしてやれば、仕事はしっかりとこなす女なのだ。あとは上手く操縦してやるだけである。
レベッカは文句を言いつつも、その後は実力を遺憾なく発揮した。
こうして日米のトップ探索者によって行われた合同探索は、渋谷ダンジョン30階層の突破という、この一年間誰も為し得なかった成果をあげることになるのだった。
* * *
一方の異世界方面軍はといえば。
「お待たせですわ!!今日は予てよりお伝えしていたゲーム配信ですわよ!!」
『うぉぉぉぉぉ!!』
『実は楽しみにしてました』
『定番っちゃ定番だけども……』
『何のゲームやるんですか!!』
『ヒュー、嫌な予感がするぜ……』
『てかアデ公ゲームやったことあるんか……?』
『めっちゃ上手いか、それともくっそ下手かの二択』
『反射神経は折り紙付きだよね』
「ちなみにゲームは初めてですわ!!」
本日はダンジョン配信ではなく、以前より何度か口にしていたゲーム配信を行っていた。配信界隈では最もよく知られる一般的な企画ではあるが、当然ながら異世界方面軍としては初の試みである。
こういった企画の場合、やはり基本的には初見プレイが望ましい。視聴者達は演者のリアクションを楽しみにしているのだから、当然と言えば当然だ。
しかし、ゲームのルールや目的はおろか、操作方法すら覚束ないような状態で行ってしまうと、進行が酷くグダグダになる場合が殆どなのだ。そうなれば当然、視聴者達は見ることに飽きてしまう。故に大抵の配信者は、ある程度の操作方法くらいは前もって調べておくものである。
近頃はPCの操作にも慣れてきたアーデルハイトではあるが、それは専らサブスクで怪しげな映画を見るために培われた技術だ。彼女はゲーム自体が初めてであり、コントローラーなど持ったことすらない状態。操作方法がどうこう以前の問題である。
つまり完全にアーデルハイトのセンス頼み、異世界方面軍にとっては博打のような企画であった。しかしそこは企画のクリスと
「今回は近頃流行りと噂の、『ストリップファイヤー6』をプレイしますわよ!」
『うぉぉぉ……おおおお?』
『格ゲーかぁw』
『いけんのか……?』
『いや、逆に一番ワンチャンありそう』
『アデ公の人外スペックでボタンさえ押せれば、みたいなチョイス』
『確かに流行りよね』
『Vの者らはこぞってプレイしてるイメージ』
『やったぁ!エッチなゲームだぁ!』
「ちなみにクリスのチョイスですわ」
「はい。『プルンプルンファンタジーヴァーサス』と悩みましたが、『スト6』の方が皆さんも見たことがあるかと思いまして」
何故か誇らしげに胸を張るクリス。因みに『ストリップファイヤー6』とは、とても有名な格闘ゲームシリーズの六作目となるゲームだ。知名度も高く、近頃は多くの配信者達がプレイしている。キャラクター達がダメージを受ける度に衣服が破け、徐々にあられもない姿になってゆくのが本作の特徴で、幅広い年齢層から支持される人気作である。
一方の『プルンプルンファンタジーヴァーサス』とは、同名の人気ソーシャルゲームの格闘ゲーム版である。キャラクターデザインに定評があり、キャラクターの数も多彩。そんな可愛らしいキャラクターを動かせるということもあって、男性も女性も楽しめる作品となっている。なお、クリスと
「わたくしがまったくの初心者ですので、流石に知らない方と対戦をするのは早いとのことですわ。なので今日は練習がてら、クリスと対戦しますわ!!」
「ちなみに私の実力はそこそこです」
『あっ……』
『この感じ……!!』
『嘘つけ絶対やり込んでるだろ』
『あー、テスト勉強全然してねーわー』
『マラソン大会で一緒に走ろうと提案してくる奴定期』
『団長、あンた背中が煤けてるぜ』
『やめたげてぇ!!』
初めてのゲームとあってか、視聴者達の心配を他所にアーデルハイトはとても楽しそうであった。そうしてクリスに指示されるがまま、いそいそと準備を進めてゆく。たどたどしくもコントローラーを操作し、随時説明を受けつつトレーニングモードへ。
そうして30分ほど基本的な説明を受け、ある程度キャラクターが動かせるようになり、技が出せるようになったところでいざ対戦へ。ちなみにこの時点で、クリスは自前のアーケードコントローラーを持ち出していた。視聴者達の嫌な予感が現実となった瞬間である。
「好きなキャラクターを選んで下さい。お嬢様は初心者ですから、見た目で選んでしまって大丈夫ですよ」
「そうですの?ではわたくしは先程もトレーニングモードで使っていた、このウーヴェっぽい脳筋おじ様を選びますわ!」
「シュウですか。いいですね、スタンダードで使いやすいキャラクターですよ。初心者のお嬢様にはぴったりだと思います。それでは私は……このザンギョウ夫を使います」
『草』
『初狩りする気満々で草』
『この従者、殺る気だぜ』
『ワイ格ゲーわからんのやけど、このキャラ強いの?』
『弱い。弱いけど初心者には対応し辛い攻撃が多い』
『つまり……?』
『
『ねぇ、なんでこのゲームで両方むさ苦しいオッサン選ぶの?』
『雄っぱいが見れるぞ!』
『オェェェェェェ!!』
クリスの操作は淀みなく、一切の迷いも見せずにカーソルを移動させる。その動きは誰がどう見ても経験者のそれであったが、ゲーム自体が全くの初心者であるアーデルハイトには、そんなことは当然ながら分からない。
そうして対戦が始まり───。
「……え?」
画面には、全裸となったザンギョウ夫が転がっていた。
「勝ちましたわぁああああ!!」
『草』
『流石に草』
『きょとんとしてるクリス可愛い』
『大喜びするアデ公かわいい』
『勝っちまったぞ』
『どういう……どういう?』
『コンボなんも知らないのに単発技だけで勝ったぞw』
『投げと中段が一回も通らなかったな?』
『反応速度と差し返し精度が異常』
『ちゃんと練習したらマジでいいとこまで行くのでは……』
喜び飛び跳ねるアーデルハイトと、愕然としたまま画面を見つめるクリス。視聴者達の予想通り、クリスはこのゲームの経験者であった。やり込んでいるという程ではないにしろ、初心者に負けるような腕前ではなかった筈なのだ。
しかし結果は負け。アーデルハイトをボコボコにしてドヤ顔をしようとしていたクリスからすれば、これはまさに晴天の霹靂であった。
「ちょっ……!お嬢様、もう一回!もう一回やりましょう!!」
「よくってよ!!」
その後も何度か対戦するが、しかし結果は変わらない。投げ技を決めようと近づけば、その前に打撃で止められる。アーデルハイトの尋常ではない反応速度の前には、中段攻撃など一度も通らない。更に、回を増す毎にアーデルハイトの操作が小慣れたものへと変化してゆく。彼女の習熟速度は異常であった。
結局今回の配信ではクリスの思惑は外れ、結果から言えば、アーデルハイトのスペックの高さを再認識させられただけとなった。
なお、異世界方面軍としては初の試みであったゲーム配信ではあったが、視聴者達からの評判は概ね良好であった。その後、隙間時間を見つけては特訓に励むクリスの姿が度々目撃されるようになるのだが、それはまた別の話である。
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