第7話 舐めプ

「───と、まぁそういう訳ですわ」


『はえー』

『ええ話やん』

『言うほどいい話か?』

『勇者と聖女というものに抱いてた憧れは壊れた』

『異世界世知辛ぇ・・・』

『普通に考えたら良い事ばっかりな訳ないわな』


 ダンジョンを進み始めてから暫く。

 無言の時間はあればあるほど宜しくない。そうクリスと汀の両名から聞かされていたアーデルハイトは、雑談がてらにこれまでの経緯をかいつまんで話していた。

 アーデルハイトにしてみればただ真実をありのままに語っているだけだが、視聴者達の反応は概ね良好。勿論彼等がアーデルハイトの話を信じている訳ではなかったが、嘘を言っているわけではないため『設定』としてはそう不自然でもなく中々悪くはない。


 アーデルハイトにとっては別に話を信じてもらう必要など無いし、視聴者は視聴者で楽しめればそれで問題ないのだ。事実かどうかなど些細なことである。

 そうして雑談を続けていく中で一つ気になる、というよりも目についたコメントがあった。


『アーデルハイトって長くて打ちにくいんですけど』


「あぁ、わたくしの事は好きに呼んで頂いて構いませんわ」


 つまり、呼び名のことである。

 これに関しては通常は視聴者が好きに呼び、数の多かったものが定着する場合が殆どだ。これがV方面になると配信者側から指定があったりもするのだが、生憎とアーデルハイトは自分がどう呼ばれるかという事に、一つの例外を除いてそれほど頓着していない。


『たし蟹』

『一般的なアーデルハイトの愛称はハイジ』

『ハイジちゃんかわいい』

『そういえば某山の少女もそうだったな』


「ちなみに、わたくしはハイジと呼ばれるのが嫌いですの。ですからそれ以外でお願いしますわ」


 その一つの例外こそが、一般的な愛称であった。

 アーデルハイト自信も理由は分からないがとにかく嫌いなものは嫌いなのだ。何でも良いと言った手前ではあるが、それだけは阻止しておくことにした。


『騙したなッ!!』

『好きに呼んで(大嘘』

『一般的な愛称を封じられた』

『大喜利か?』


「昔から嫌いなのだから仕方ないですわ。折角ですから可愛らしいものにして欲しいですわね」


 そうして始まった愛称命名会。

 現在の視聴者は200人程と大して多くはない。それでも、コメント欄には思い思いの愛称候補が中々の速度で流れてゆく。誰でも思いつきそうなものから、一体どうしてそうなったのかというようなものまで。特に責任があるわけでもないので各々が好き放題である。いよいよ収拾がつかなくなってきた頃、アーデルハイトの目に一つのコメントが目に止まった。


『アデ公』

『草』

『アーデルハイト公爵令嬢略してアデ公』

『語感だけは良くて草』


「あら、アデ公は中々可愛らしいですわね」


『えぇ...』

『それでいいのかw』

『どちらかと言えば蔑称のような』


「そうですの?あちらでは貴族を呼ぶ際、敬称に公や卿とつけるのは一般的でしたわよ?」


『成程??』

『そう言われればそうか?』

『意味合いが違ぇんだよなぁ』

『この場合そうはならんやろw』


「厳密に言えば、エスターライヒ公爵令嬢のアーデルハイトになりますけど。まぁハイジ以外なら何でもいいですわ」


 いつまで経っても纏まらない議論を視聴者へと投げっぱなしにすることにしたアーデルハイト。畢竟、最も重要な事は愛着を持ってもらうことである。愛着さえ持ってもらえれば、極論呼び方などどうでも良いのだ。

 会敵するまでのただの雑談、間を埋めるために始めた話にしてはそこそこ時間は稼ぐことが出来た。とはいえダンジョンの入口からあるき始めてかれこれ三十分余り。ここに至るまでの過去の話をして、愛称の話をして。そうして時間を稼いではいたものの、そろそろアーデルハイトの会話デッキは底をつき始めていた。


「ところで、何時になったら魔物が現れるんですの?ここ本当にダンジョンですの?平和過ぎませんこと?」


『確かに何も出てこないね』

『低層はしゃーない』

『京都よな?』

『不人気Dダンジョンとはいえ、人が居ないわけじゃないしな』

『今からそれをお見せいたしますわ(キリッ』


「うるさいですわね!もっと敵が居ると思ってましたのよ!」


 ぷりぷりと怒って見せるアーデルハイトであったがその後も敵は現れず。いよいよ視聴者が退屈し始めた頃であった。このままでは不味いと思ったアーデルハイトが、索敵魔法を使おうかと思っていた時、それは漸く現れた。


「あら・・・?あらあら?」


『お』

『どしたん』

『来たか?』


子鬼ゴブリンですわー!!皆さんお待たせしましたわ!やっと撮れ高が来ましたわよー!!ここまで長かったですわ!」


 丁度アーデルハイトの正面。進行方向の先に三体の魔物が見えた。

 ゴブリンは魔物の中でも最下級。剣聖と呼ばれていたアーデルハイトからすれば彼等など役不足も役不足であったが、撮れ高に飢えていたアーデルハイトは喜び跳ねていた。そしてそれは視聴者も同じであった。戦闘といえばダンジョン配信の目玉である。漸く訪れたその時に、コメント欄の勢いも増してゆく。


『長かったな・・・』

『っしゃああああああ』

『お散歩だけでも目の保養になって良かったけど』

『本当に素手ジャージで行くのか』

『はよ装備せぇw』

『戦闘が見れるのは嬉しいんだけど本当に大丈夫なんですか?』


「心配ご無用ですわ。というかゴブリンなんて、あちらではそこらの村人でも武器さえあれば倒せますわよ?」


『異世界殺伐としてんなぁ』

『最下級とはいえ毎年ゴブリンにやられる新人は多い』

『悲報、村人>新人配信者』

『アデ公も新人なんですがそれは』


「あら、そうなんですのね・・・ではわたくしが、皆さんにゴブリンの簡単な倒し方を教えて差し上げますわ」


『などと供述しており』

『舐めすぎィ!』

『マジで素手で倒せたらすげぇよな』

『上位の配信者でも素手ではやらねぇよw』

『頼むから武器くらい使ってくれ』


 アーデルハイトの正面では、彼女に気づいたらしい三体のゴブリンが何事か喚いていた。襲いかかってくるでもなく、ただアーデルハイトを小馬鹿にしたような態度で挑発する始末である。


 ゴブリンとは、ダンジョンでは最もポピュラーで知名度も高い魔物だ。その体躯は人間の子供の同程度で、力は強くないし動きも遅い。それでもゴブリンに怪我を負わされる者が後を絶たないのにはそれなりに理由がある。

 基本的に何体か纏めて現れること。ゴブリン同士の間には仲間意識というものが希薄で、一体を倒してもお構いなく他の個体が攻撃してくること。力が弱いとは言え何かしらの武器を携帯している場合が殆どであること。


 視聴者達はそれを知っているからこそ、アーデルハイトを心配した。簡素なものとはいえ、新人であろうとも防具くらいは装備しているものである。しかしアーデルハイトは武器も持たずジャージのみ。新人配信者であるというのにダンジョンを舐め腐ったようなアーデルハイトだ。眼の前で怪我でもされたらと思えば、彼等も心配になるというものである。


 そんな視聴者達の心配を他所にアーデルハイトが駆け出す。

 無論、全速力などでは断じて無い。彼女にしてみればむしろ軽く小走りしている程度のものだ。しかし忘れてはならないのが、ここが元いた世界とは違うということである。アーデルハイトにとっての小走りは、こちらの世界ではあまりにも早かった。


『え』

『早!?』


 視聴者のコメントを置き去りにしたアーデルハイトの速度は、眼前のゴブリン達にとっても予想外のものであった。ゴブリン達は三匹ともがまるでアーデルハイトの速度に反応出来ていない。ほんの一秒程度の間に彼我の距離を埋めて現れたアーデルハイトの姿に、ただただ口を開いて瞠目するだけであった。

 アーデルハイトが左脚を軸に、ダンジョンのごつごつとした荒い地面を踏みしめる。右脚を振り上げ、腕で勢いをつけてそのまま振り抜く。


「ふんっ!」


 例えるならサッカーのシュートだった。見事なまでのフォームである。

 先頭に居たゴブリン、その頭部へと叩きつけられた右脚が、ゴブリンの頭部を遥か後方へと吹き飛ばす。低空軌道で後方へと飛ばされた頭部が、後ろに控えていた二体のうち片方の腹へと突き刺さり、そのまま貫通して胴に大穴を開ける。


『は?』

『は?』

『は!?』

『いやぁw』

『見たこと無い光景で草』


 アーデルハイトはコメントを確認することもなく、振り抜いた足の勢いを利用してくるりとその場で一回転。足を入れ替え、一足で最後の一体の元へと移動する。そのまま最初の一匹と同じように、今度は左脚を振り抜いた。


「ふんぬ!」


 当然結果も同じ。無惨にも頭部を失ったゴブリンの胴体だけが、未だ何が起こったのかも理解出来ていなさそうな姿で立っていた。


『憤怒』

『いやいやwいやいやw』

『おかしいだろww』


 視聴者の困惑を他所に、返り血を浴びないよう素早く元の場所へと戻ったアーデルハイトが、カメラに向かって胸を張っていた。ぱっつぱつである。


「とまぁ、こんな感じですわ!」


『などと供述しており』

『ドヤ顔かわいい』

『こんな感じですわ!じゃないんよ』

『え、今のどういうことなんw』


「え、何かおかしかったですの?」


『全部だよォ!!』

『おかしいとこしかねぇんだよなぁ』

『今北産業』

『異世界サッカーで、ゴブリンが死んだ』

『三行も無くて草』


 アーデルハイトはこれでも随分と手を抜いた方である。そも、アーデルハイトがゴブリンと戦うのは久しぶりのことだ。ゴブリンのような低位の魔物が現れるような場所へは長らく行っていなかったし、その必要も無かった。最後にゴブリンと戦った時から比べれば彼女もまた随分と成長している。そういった事情も鑑みて行ったのが、先のゴブリンサッカーであった。


「ゴブリンという魔物は基本的に馬鹿ですの。敵意を向けられようが、終始こちらを馬鹿にして喧しく挑発するだけですわ。先手さえとれば、あとは顔面を蹴り飛ばしてしまえば終わりですの。大丈夫、今私が行った事はそれほど難しくありませんわ」


『それが出来れば苦労しねーんよw』

『配信同業者ワイ、震える』

『ね?簡単でしょう?じゃねーんよ!!』

『俺、なんかやっちゃいました?(素』

『キックの瞬間胸と尻が大暴れしてた。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね』


「おかしいですわね・・・なんだか思っていた反応と違いますけど、まぁいいですわ。撮れ高があったことを素直に喜んでおきますわ」


『むしろ撮れ高しか無かったぞ』

『そもそも最初の速度が異常だったんだが?』

『全く息も切れてないしなぁ』

『もしかすると俺たちは歴史的な瞬間に立ち会ったのかもしれない』

『切り抜き不可避』


「あ、切り抜きに関してはガイドラインがありますわ。詳しくはそちらを見て欲しいですの。さて、それじゃあ勢いに乗ってどんどん進んでいきますわ!」


 などと遅めの周知をするアーデルハイトであったが、どこの世界にも手が早い者は存在するものだ。既に現時点で切り抜き動画は上がっており、そのおかげか、ゆっくりとした勢いではあるものの、徐々に視聴者の数は増えていた。

 そんなことを知らないアーデルハイトは、漸く自らの本領を発揮できたことにただ喜ぶばかりでありすっかりと気分を良くしていた。アーデルハイトの足取りは軽く、まるで疲れる様子も見せずに、彼女そのままダンジョンの奥へと進んでいった。


「あ、ちなみにわたくし、あちらの世界では剣聖と呼ばれていましたの」


『どこがやねん!』

『剣を使え』

『異世界金髪縦ロール巨乳剣聖(蹴』

『情報過多だよぉ』

『あかん、財布が我慢できずに震えてる。はよ収益化してくれ』

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