第233話 我々の踏み台に
国広
「というわけで深夜1時から3時までの間、一層の立ち入りを封鎖してくれるそうです」
流石に真っ昼間から封鎖するのは無理だった。協会への貸し切り料金支払いは問題ないが、他の探索者の迷惑になるからだ。といっても、伊豆ではすっかり人気者のアーデルハイトならクレームはほぼほぼ出ないだろう。だがそれはそれ、これはこれだ。何も言われないからといって、何をしてもいいわけではないのだ。
「ではその一時間ほど前に前乗りして、穴を掘りますわよ」
「さすが剣聖、汚ねぇッス!」
「ていうか通用しないでしょ。だってお嬢と同じくらい強いんスよね?」
ウーヴェのことを殆ど知らない
「落ちると思いますわよ」
「恐らく落ちはしますね」
「落ちる」
その予想は見事に的中している。四人は知らないことだが、実際に軽井沢では落ちている。そう、ウーヴェは落ちるのだ。
「効果があるかどうかはともかく、まず間違いなく落ちますわ」
「周りに無頓着といいますか……公爵領で迷子になっていたくらいですしね」
「アレは強いだけのアホ」
六聖の一人である拳聖に対して、あまりにもな評価であった。ウーヴェは一般的なイメージと実際の言動に大きな乖離があるタイプの人間だ。彼のことをあまり知らない者からすれば『寡黙で真面目な修行僧』といった印象を受けるだろう。事実、あちらの世界ではそういったイメージが普及している。そういった意味では聖女に近いのかも知れない。
これはウーヴェがあまり人前に出ないタイプの男だからだ。断片的に入った情報と尾びれのついた怪しい噂話によって、人々は彼を誤解しているのだ。彼についての逸話で正確なものなど、殆ど戦闘関連の話のみである。
一方、彼をよく知るものに言わせれば。
『アホ』『脳筋』『方向音痴』『朴念仁』などなど、殆ど悪口のような言葉しか出てこない。だがこれは別に貶そうとしているわけではなく、ただ事実を並べただけの評価だ。しかし一度戦闘となれば、まさに鬼神の如き戦いぶりを見せつける。六聖内の愛すべき馬鹿、それがウーヴェという男であった。
「まぁ、落とし穴は冗談ですけれど」
「当たり前だよなぁ? まぁそれはそれで視聴者ウケしそうッスけど」
アーデルハイトはヘルメットを脱ぎ捨て、ソファに座って煎餅を齧り始める。今回は巻き込み防止の為、観戦は完全にお断りしている。といっても配信は行う予定であり、ウーヴェが開幕で落とし穴に落ちるというのは画的においしい。だが見たところ、どうやらアーデルハイトは真面目に戦うつもりでいるらしい。本当に冗談だったのかは若干怪しいが。
「久しぶりに全力が出せる相手ですもの。たまには真面目に戦っておかないと」
「あ、やっぱり今まではふざけてたんスね……」
「ふざけていたワケではありませんわ。ただちょっと手を抜いていただけで」
もしもアーデルハイトが最初から全力でダンジョンに挑んでいたなら、どうなっていただろうか。これまでの戦いで彼女の相手がまともに出来た敵など、それこそ
加えて、ある程度認知度が上がるまでは悪目立ちするのを避ける。これは配信を始めた当初の方針でもあった。そうした様々な思惑があったがゆえに、アーデルハイトはこれまで手を抜いてきたのだ。
「とにかく、次はちょっと真面目にやりますわよ!」
「今のお嬢様の認知度を考えれば、問題ないかと」
だがそれももう必要ない。活動を初めて数ヶ月、アーデルハイトの強さは既に知れ渡り、海外からも訪問客が現れるほどだ。更には配信者としての知名度も随分と上がり、チャンネル登録者数は200万に届こうかという所まで来ている。トップ層とまではいかないが、しかしその手前までは来ているといっていいだろう。一年にも満たない活動期間を考えれば、破竹の勢いと言っても差し支えないだろう。
「わたしとしても、さっさと封印石を集めて欲しい」
「あ、それはウチも興味あるんスよね。やっぱ現代人なんで、異世界は憧れがあるッスからね」
オルガンの言うように、異世界方面軍には新たな目標も増えた。つまりは、もう一段階ギアを上げるべき時が来たのだ。配信者としての活動開始が一歩目だとするのなら、伊豆ダンジョン制覇は二歩目。そして今回のウーヴェとの模擬戦が、異世界方面軍にとっての三歩目になるのだ。
レベッカの独断によって決まった今回の模擬試合だが、しかし結果的には良い機会となった。これにより、異世界方面軍は新たなステージへと踏み出してゆく。そんな新たな一歩を踏み出す前に、敗れて躓くわけにはいかない。
ウーヴェの知名度は未だ低いが、しかし戦いを見れば誰もが一瞬で理解するだろう。彼が埒外の強者であることを。まして今回は『
相手にとって不足なし。普段から一度目の勝敗をネタにして、ウーヴェを煽りまくっているアーデルハイトだが、実際には殆ど五分だったのだ。口で言うほど容易い相手ではないことは、誰よりもアーデルハイト自身がよく分かっている。しかしその上で、アーデルハイトには負けるつもりなど微塵もなかった。
「というわけで、ウーヴェには我々の踏み台になって頂きますわ! そしてあの男を異世界方面軍の下に置き、中ボスとしてしこたまコキ使いますわよ!」
「おー」
元気よく宣言するアーデルハイトと、それに続くオルガンの気が抜けるような声。
こうして異世界方面軍による、現代への第三次侵攻は幕を開けた。
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