第9話 ステータス

「───と、まぁそういう訳ですわ」


『このくだりさっきもやったよなぁ?』

『アデ公・・・ワイは応援するで』

『その歳で既に隠居を目指してるのか・・・』

『それだけ強くて勿体なくない??』

『そのおっぱいでスローライフは無理でしょ』


 五階層で岩人形ストーンゴーレムを倒したアーデルハイトは順調にダンジョンを進んでいた。ダンジョンにしてはまだまだ頻度が少ないとはいえ、徐々に姿を見せるようになった魔物を雑談の片手間で処理しつつ。

 初心者の壁であり、中級、上級探索者ですら苦戦する岩人形ストーンゴーレムをあっさりと倒してしまったことで、配信を見ている視聴者達の心にも幾許か余裕が生まれていた。


 危なげなく、それどころか余所見や雑談までしながら、ゴブリンが現れては蹴り飛ばし、獣人妖精コボルトが現れては木の枝でなぎ倒し。その度、窮屈そうにジャージに押し込められた胸と尻を揺らす。その実力は圧倒的でありながら超のつく美人、スタイル抜群でイジり甲斐もある。そんな彼女の姿は、しっかりと視聴者達の心を鷲掴みにしていた。


「そろそろ人が恋しいですわね・・・」


『そろそろ誰か居そうなもんだけどなぁ』

『今8階層だっけ?』

『徐々に敵も増えてきたよね』

『その度に蹴り飛ばしてるけどな』

『蹴りやすい位置に頭があるほうが悪い』

『普通の探索者は魔物でサッカーなんてしねぇんだよ!!』


 魔物と戦うこと自体が撮れ高だと考えている節のあるアーデルハイトは、現在中々に上機嫌であった。足取りは軽く、鼻歌を歌う始末である。その度、彼女の美しい歌声と聞いたことのない謎のメロディに視聴者達は大喜びしていた。

 しかし『変化が無ければ飽きられてしまう』と汀から聞いていたアーデルハイトは、さらなる撮れ高を求めていた。そうしてアーデルハイトが期待しているのが、先の言葉にもあったように『他の探索者との交流』であった。


「そういえば、戦闘中の探索者と出会った場合はどうするのが正解ですの?あちらでは基本的に手を出すことは禁じられていましたけど」


 ふと湧いた疑問を、視聴者達に問いかけることで話題を提供する。意外にもアーデルハイトは間を埋めるのが上手かった。とはいえ考えてみればそれも当然で、社交界ではその美貌から多大な人気を誇っていたアーデルハイトだ。おまけに公爵家の一人娘ということで地位もある。男女問わず、アーデルハイトの気を引こうと必死に話しかけてくる貴族達は後を絶たなかった。

 相手を退屈させない為の会話術など、その時の彼等彼女等を思い出すだけで幾らでも湧いて出てくるというものである。


『基本手出し厳禁だね』

『助けを求められた場合は除く』

『難しいとこよな。面倒な奴らも居ないことはないし』


「あら?面倒な、というのはどういうことですの?」


『助けて貰っておいて難癖つけてくる奴もいる』

『余計な手出しをされた、とか言って賠償求めたりな』

『そんな奴らもいる、ってだけね。殆どはそうじゃないよ』


「ああ、そういう輩はあちらにも居りましてよ。大抵は威圧すれば逃げて行きますけれど」


『威圧』

『なんか洒落にならんのが飛んできそう』

『アデ公は異世界では有名だったん?』

『威圧されてぇ・・・』


「有名・・・だったと思いますわよ?世界に唯一人の剣聖、その二代目でしたもの。一応勇者バカのパーティメンバーでしたし」


『剣聖(打撃系』

『最初は信じてなかったけどここまでのを見てるとな』

『少なくとも木の枝でゴーレム両断出来るやつは世界中探しても居ない』

『お前のような初心者がいるか』

『上級者にもいねぇよ・・・』


 ここまでの戦いで、すっかりと視聴者からの信頼を獲得することに成功していたアーデルハイト。おかげで彼女の語る『設定』に乗る者も多く、初めてとは思えないほどにスムーズな配信となっている。

 そんな時、一つのコメントがアーデルハイトの目に止まった。


『そういえばレベルアップしたの?』


「あら?そういえば、そんなものがあると聞いた覚えがありますわね?」


 レベルアップ。それはダンジョン内で多くの戦闘を熟し、魔物を倒し続けた探索者が突然身体能力の向上を感じる現象のことである。

 レベルアップによる上昇量はそれほど大きなものではないが、しかし実感できる程度には変化が現れる。上級探索者は何度も経験したことのある現象であり、未だ原理が解明されていないダンジョンに於ける大きな謎の一つでもある。


『確かに』

『階層主も含めてそこそこ倒してるよね』

『そろそろ一回くらいは来ててもおかしくはない』

『スキルポイントも溜まってそう』

『ステータスオープン!!っていうと見れるよ』


「あら、そうなんですの?それでは・・・コホン。ステータスオープン!!」


 コメントに従ってアーデルハイトがドヤ顔でそう唱えるも、何かが起こるような気配はまるで感じられなかった。格好を付けて伸ばした腕が虚空を彷徨い、そうして元の位置へと戻ってゆく。


「・・・何も起きませんわよ?」


『じょ、冗談だぜ・・・』

『出るわけねぇよなぁ?』

『ゲームのやり過ぎです』

『漫画の読み過ぎです』

『そんな都合のいい話があるわけないだろ!いい加減にしろ!!』


 不審に思ったアーデルハイトがコメント欄へと目を向ければ、そこに流れるのは『嘘です』の言葉達。自分が謀られたことに気づいたアーデルハイトの顔がみるみるうちに紅潮し、恥ずかしさを堪えるように小刻みに身体を震わせる。


「あ、あなた方は何なんですの!!?」


『ほ、ほんとにやるとは思わなくて・・・』

『何かゴメン・・・』

『【悲報】アデ公、情弱』

『その言葉が聞きたかった』

『怒ってる顔たすかる』


 そう、如何に謎が多いダンジョンといえど、ステータスなどという便利なものは存在しないのだ。所詮はゲームの中にしか存在しないものであり、ステータスなどという数値も無ければ、それを確認する手段などある筈もない。当然『スキル』などというものも存在せず、実際に存在する『レベルアップ』とて、その効果から便宜上そう呼ばれているだけに過ぎない。これはこの世界では常識なのだが、その事を知らなさそうだと思われたアーデルハイトが視聴者に遊ばれたという訳である。


「もう!もう!!先に進みますわよ!!」


『せやな・・・』

『悲しい事件だったね』

『お、おう。元気だせよ』

『イジり甲斐あるなぁw』


 先程までの上機嫌は何処へやら。

 ぷぅ、と可愛らしく頬を膨らませたアーデルハイトは、現れたゴブリン達を憂さ晴らしと言わんばかりに蹴り飛ばしながら先へと進んでゆくのだった。




 * * *




「あら?」


 そうして足を踏み入れた10階層で、アーデルハイトが何かに気づいたように足を止めた。ぴくり、と耳を動かし、今はまだ見えないダンジョンの闇の中へと、何かを探るように視線を向けている。


『どうした』

『どうせ木の棒だろ』

『今のところ取得したの木の棒だけで草』

『まぁまだ低層だから・・・』

『敵か?』

『カメラには何も映ってないけどなぁ』


 すっかり緊張感の無くなった視聴者達が、アーデルハイトの様子を訝しむ。そんなコメント欄には視線も向けず、アーデルハイトが遥か前方を睨みつける。


「・・・戦闘ですわ。剣戟の音と血の匂い。それと悲鳴ですわね。まだ少し先ですけれど」


『ファッ!?』

『マ?』

『よう分かるなぁマジで』

『索敵も出来るんか・・・』

『パーフェクトお嬢』


「人と出会えるかもしれませんわ!!折角ですし見学に行きますわよ!」


『野次馬根性逞しいなw』

『お散歩気分で草』

『実際悲鳴が聞こえたなら行くべきかも』

『オラオラァ!公爵令嬢様の御成やぞ!!』

『場所を考えれば階層主かもなぁ』


 言うが早いか、アーデルハイトが駆け出した。軽く地面を蹴ったかと思えば、輝く黄金の髪を靡かせてみるみるうちに加速してゆく。恐らくは付いてこられないであろう、彼女の背後に浮かぶカメラを握りしめて。


「少し急ぎますわよ?画面が揺れるかもしれませんけど、許して下さいな」


『うぉぉぉぉお!!?』

『あばばばばば』

『はっやw』

『酔う酔う』

『これもしかしてすげぇ貴重な映像なんじゃね?』


 そうしてアーデルハイトがダンジョン内を疾走し、途中でゴブリンを二体轢き殺す。そんな些細なことにはまるで頓着せず、凡そ20秒程駆け抜けたところで、問題の戦闘が行われていると思しき場所へと辿り着いた。

 そこは窪地のようになっており、通路を抜けた先の眼下には大きなスペースが広がっていた。階層主の縄張りであり、階層主と戦うための戦場フィールドとでも言うべきだろうか。


 カメラを自らの後方へと放り投げ、そっと通路から下を窺うアーデルハイト。見ればそこでは、男女二人ずつ、計四名の探索者が巨大な狼と戦闘を繰り広げているところであった。

 二人の男性探索者のうちの片方は、腕と足から血を流して動けなくなっている。意識こそ残っている様子だが、出血量から察するに致命傷とまでは言わずとも放置は出来ない怪我である。

 そして女性探索者の片割れもまた、頭部から血を流して倒れていた。敵を目の前にして治療を行う事も出来ず、さりとて実働が二人となってしまった為に敵を打倒することすら敵わない。有り体に言って手詰まりであった。

 アーデルハイトはそんな彼等の様子をしげしげと高みから見守っていた。


「あら・・・?なんですの、あれ?知らない魔物ですわ」


『呑気っすねぇ!!』

魔狼ワーグだ』

『何で10階層にいるんよw』

『クソつよで有名』

『あれちょっとヤバくない?』

『かなりヤバい定期』

『いくらアデ公でも流石に助けに行けとは言えんなぁ』


「魔狼・・・聞いたことありませんわね」


 あちらの世界では聞いたことのない魔物の名前に、アーデルハイトは眉を顰めた。アーデルハイト自身全ての魔物を知っているわけでもないが、しかし大抵のものならば見聞きしたことくらいはある。無論、あちらとこちらでは異なる魔物が出たとしてもおかしくはない。だが今まで蹴散らしてきたゴブリンやコボルトを考えると、何処か引っかかるものがあった。


「ま、考えるのは後にしましょう。こういう場合はどうするのが正解なんですの?勝手に手を出しては駄目なんですのよね?」


『行く気か!?』

『流石に止めとけ』

『アデ公ならワンチャン・・・?』

『一応助けがいるかどうか聞くのがマナーというか暗黙の了解やね』

『君、いま初見って言ってませんでしたかねぇ?』

『上級探索者が四人パーティで勝てるかどうかみたいな相手やぞ』


 コメント欄ではアーデルハイトを制止する声が多かった。

 すっかりふざけたノリとアーデルハイトイジりが定着した配信であったが、それでも彼等は悪意を持って言っているのではない。今回もそれと同じく、彼等は善意からアーデルハイトを心配し、助けに行くのは危険だと進言してくれていた。魔狼とはそれほど危険な魔物なのだと。

 しかしアーデルハイトの表情は、何の不安も感じていないような、いつも通りの美しいものであった。


「成程・・・心配ご無用ですわ!ではこれから皆さんに、魔狼ワーグ?とやらの簡単な倒し方をお教えいたしますわ!」


『通算三度目』

『いやぁ・・・』

『いや知らん言うてたやないかw』

『まぁ助けないと間違いなくあの人等は死ぬやろな』


「もしもーし!そちらの方々ぁー!?手助けは必要ですのー?」


『もしもしww』

『緊張感の欠片も無かった』

『無理そうなら逃げるんやで』


 間延びした、肩の力が抜けるような声で戦闘中の二人へと声をかけるアーデルハイト。しかしそんなアーデルハイトの声は、全滅の危機に瀕していた者達からすれば正しく救いの声となった。


「!?」


「ッ!!お礼はします!!手を貸して下さい!!」


 必死に敵を食い止める前衛の男に代わり、後ろから援護をしていた女性探索者が僅かにアーデルハイトの方へと視線を寄越して返事を返す。猫の手も借りたい状況だったのだろう。女探索者は誰何すいかすることもなく、ただ一瞥しただけで救援を要請した。


 彼女の言葉を聞いたアーデルハイトは、すぐさまその場から飛び出した。否、宙を駆けたというべきだろう。崖の様になっている通路の端を蹴り、直線軌道で魔狼の元へ。およそ人間離れした動きで負傷者を飛び越え、前線を一人で支えていた男性探索者をも飛び越えて。

 刹那のうちに魔狼へと肉薄したアーデルハイトは、驚愕する敵にも構うことなく、右手に持った木の棒を思い切り上段から振り抜いた。


 最短距離を駆け、躊躇することなく敵の急所へ。正しく電光石火であった。

 これまでにも見せてきた神速の一振りは、狙い過たずに魔狼の鼻面へ。みしり、という何かが軋むような音と共に甲高い叫び声を上げ、即座に魔狼はアーデルハイトから距離を取った。アーデルハイトの手の中では、粉々に砕けた相棒の残骸が哀愁を漂わせていた。


「・・・あら?」


『折れたァァァァァ!!?』

『知 っ て た』

『当たり前だよなぁ!?』

『アデ公は武器を選ばないけど、武器は使い手を選ぶんやなって』

『まだ俺たちには乳空手が残ってるぜ』

『異世界サッカーもな!!』


 剣聖と呼ばれたアーデルハイトは武器を選ばないが、しかしそこらで拾った木の棒には、彼女の剣速と力に耐えられるだけの根性は無かったらしい。

 流れてゆくコメント欄、そこでアーデルハイト目に入った視聴者のコメントは非常に的を射ていた。


 しかし、当然のように敵は未だ健在であった。突如現れ、自らに一撃を入れてみせたアーデルハイトに対して警戒を露にし、威嚇するように牙を向いて低く唸り声を上げている。

 木屑となって手からこぼれ落ちる相棒を見つめるアーデルハイト。彼女が肩を震わせ、そして顔を上げた時。そこには怒りの表情が張り付いていた。


「よくも・・・よくもわたくしの友を粉々にしてくれましたわねッ!!!」

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