第79話 油断はイカンよ、油断は(閑話)
アーデルハイトとクリス、そして汀ともう一人、計四人が座るローテーブルを中心に、リビング内を一人と一匹がぐるぐると走り回っていた。
これは室内犬───のようなもの───と楽しく遊んでいるだけ。
そんな風に考えていた
業を煮やした肉が、ローテーブルの下に敷かれたラグへと足を踏み入れる。摩擦を得た肉は、そのまま後ろ足に力を込め、テーブルの上空を弾丸のように飛翔する。如何に実力のある探索者といえど、油断しきった今の状態では回避出来る筈もない。突如として繰り出された肉の突進は、無事に
「よーしよし!お肉ちゃーん!こっちに───ゴフッ!!」
その衝撃に眼帯が吹き飛び、身につけていたアクセサリーがじゃらじゃらと音を立てながら床に散らばる。同時にゆっくりと蹲り、そのまま床に崩れ落ちる
「……貴女、一体何をしにきましたの?」
「遊びに来たいというので先日の囮の件、そのお礼にと呼んでみれば……愚かな」
「こんなナリでも魔物ッスからねぇ……油断はイカンよ、油断は」
既に何度か肉と対戦したことのある
「いや……コレ……ミギーさん、死にません……?」
別に自慢ではないが、
「その子めっちゃ賢いんスよね。相手を見て、ちゃんと加減してくれてるみたいッスよ?つまり肉の突進の威力で、相手の実力が大凡分かるということッスね!それだけ痛いってことは、なかなかの高評価なんじゃないッスか?」
「う、嬉しくないです……」
ちなみに
そんな破壊の象徴たる巨獣が、今こうして人間相手に加減をしているのは、偏に
そうして数分後、漸く復活した
「ところで貴女方……
そう問われた二人───
「大丈夫ですよ。ウチは配信ペース、結構不定期ですからね。次の配信の予定は、今のところまだ決まってません」
「それは我々の眷属達も承知しています……です。闇が出会い交わる
アーデルハイトの問いにそう答える二人。要約すれば、つまりは『心配ない』ということである。しかし
アーデルハイトとクリス、そして
「まぁ、それなら良いのですけど」
「なんか可愛い後輩が出来た気分ッスねぇ。実際にはうちらが後輩なんスけど。うちも学生時代は友達の家に入り浸って遊んだりしたッスよ……なんか懐かしいと同時に目から汗が……」
過ぎ去りし日々を思い出したのか、
「あ!そう言えば見ましたか!?」
そんな折、まるで何かを思い出したかのように
「何ですの一体?藪から……藪から……雑煮?」
「棒に、ですよ」
「そうとも言いますわ。それで?一体何の話ですの?」
そうとしか言わないのだが。
ともあれ、アーデルハイトが
「渋谷の30階層突破の話ですよ!!ネット上はその噂で持ち切りですよ!!師匠があんなに活躍したのに!!いやまぁ、私としてはゲロ吐きながらトレントと戦っているシーンが話題にならなくてホッとしてるんですけど……」
「私も
「そうだよね!?そもそもイレギュラーさえ無かったら、師匠があのまま突破してたはずなのに!!」
興奮した様子で、座ったまま器用に地団駄を踏む
「二人共、ミギーと同じことを言ってますわね」
「当然ッスね」
「まぁ、思っていたほどの成果にならなかったのは事実ですからね……とはいえ、登録者数は順調に伸びていますよ。まだ言っていませんでしたが、実は登録者数がここ最近ですっごい増えてます」
「そうですの!?」
「そうなんスか!?」
クリスの言葉通り、異世界方面軍の登録者数は、ここ数週間で凄まじく増えていた。所謂『バズる』といったような、ほんの一日で数十、数百万という爆発的な増加ではないものの、それでもかなりの勢いだった。登録者数増加の勢いだけで言えば、間違いなく日本でもトップであろう。
それもそのはず、世界で初めて死神を討伐し、果ては世界で初めての魔物を討伐、その圧倒的な実力でイレギュラーを解決してみせたのだ。前者に関しては
一度の配信で数百万もの登録者を獲得しトップに躍り出る。そんな都合の良いことはそうそう起きるはずも無いが、しかしあれ程のことを成し遂げておいて何も話題にならないなど、そんな馬鹿な話もそうそう無いのだ。もしチャンネル登録者が増えていなかったとしても、協会からの評判は良くも悪くも鰻登りである。
なお、アーデルハイトはともかく、
そんな二人が知らなかった、現在の異世界方面軍のチャンネル登録者数とは。
「京都での死神の件。それに加えて先日の渋谷。双方の活躍がネット上の一部で話題となり、現在の登録者数はなんと……63万人です」
「嘘乙ですわね」
「はいシケ。釣り針デカ過ぎてシケるッスわ」
「はいシケ!?いや本当なんですって!!」
喜ぶか驚くか、何れにせよ大きなリアクションを期待していたクリスにとって、二人の反応は全く想定していなかったものであった。なお、ネットスラングを上手く使いこなしてドヤ顔のアーデルハイトはスルーされた。
「ちなみに私は知ってましたよ。師匠達が何も言わないんで、もしかしたらサプライズでクリスさんが秘密にしてるのかなー、と思って黙ってました」
「無論、私も認識していました。まさに
クリスの言葉を信じられない二人であったが、第三者である
「やりましたわああああああ!わたくし達の頑張りがついに実を結びましてよー!!この喜びを分かち合う為に、ある意味功労者である肉に肉をたらふく与えますわー!!太りますわよ!!」
「マジッスか!!え、60万って言ったらもう一端の人気配信者っていっても良いレベルじゃないッスか!?ていうかこの間5万人記念やったばっかりなんスけど!?12倍ッスよ12倍!!役満理論値ッスか!?花牌入り!」
先程までとは一転して、まるで火が着いたような喜び様であった。望んでいたリアクションを漸く見られた故か、クリスもまた二人を見つめて微笑んでいた。
空気を読んで黙っていた
「おめでとうございます師匠!!まだまだ世間の評価が師匠に追いついていない感は否めませんけど、ここから一気に駆け抜けましょう!!」
「当然ですわ!!大変に気分がよくってよ!!」
「何スかもーう!危うく『
「仕方ありませんわね!一度くらいは会って差し上げてもよくってよ!!」
「えっ」
クリスが小さく声を上げる。勢いのまま、重要なことを適当なノリで決められた気がする。しかしそんなクリスの言葉は、二人の喜ぶ声にかき消されていった。
「おっ!いいッスね!サインの一つでもくれてやったらいいッスよ!!」
「よくってよ!よくってよー!!」
その日、アーデルハイトと
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます