第308話 服は着たほうがいいらしい

 もうもうと立ち込める煙の中、クリスがじっと敵を見つめていた。

 自らの放った魔法は、狙い過たず全ての首に命中した筈だった。改変を加えたとはいえ、威力も間違いなく足りていた。にも関わらず、想像していたよりもずっと効果が薄かった。これらが意味するところは一体何なのか。様々な可能性を思い浮かべ、ひとつずつ探ってゆく。


「ふむ……首をひとつ犠牲にして他を守った、というわけではなさそうですね。とすると……雷に対する耐性でしょうか?」


「などと供述しており、動機は未だ不明ですわ」


 一方で、アーデルハイトは不満そうな表情を浮かべていた。折角のだったというのに、思いの外結果が振るわなかった所為だろうか。見ればアーデルハイトの足元では、肉もまたフスフスと不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。


:辛辣で草

:容疑者扱いは草生える

:なんでや! クリ公カッコよかったやろ!!

:初めて魔法リアタイしたんだけど、これヤバない?

:おっ、新参か? 異世界へようこそ

:そのヤバい魔法が、どうみても通用してないんですが

:さすがヤタマノオチン……

:やめーやw

:それより俺の鼓膜、どこいったか知らない?

:ないよ(教授並感


 視聴者達に言わせれば、ここまでの一連の流れは怒涛の撮れ高ラッシュだった。喜びこそすれ、不満などあるはずもない。まして、普段は出番の多くないクリスの活躍シーンだ。実はかなりの数がいるクリスファンからすれば、先のワンシーンだけでも十分に満足出来るものだった。


 とはいえ、殆どダメージを与えられなかったのもまた事実である。


「むぅ……私のミスではありません! これはきっと……そう、あの敵は恐らく、ギミックボスだったんですよ」


 自分の攻撃に落ち度は無かったと、クリスは頬を膨らませ憤慨してみせる。基本的にクールな顔を見せていることが多い彼女にしては、随分と可愛らしい姿であった。


 クリスの言うギミックボスとは文字通り、倒すために『特定の手順』を踏む必要がある敵のことだ。例えば『特定の武器が必要』だとか、或いは『まず特定の部位を攻撃し、その後出現する弱点を狙う』などといった、所謂ゲームや漫画的な話である。現代日本ではすっかりお馴染みの設定ではあるが、しかしダンジョン内に於いては違う。ここまで露骨にギミックだらけのダンジョンは、恐らく初めてなのではないだろうか。


「まーたそれギミックですの? 道中からこれまで、随分と面倒なダンジョンですわね……面倒なダンジョンですわねっ!!」


「ゲームなんかだとよくある設定なんですけどね……流石に、現実でやられると辟易してしまいますね」


 うんざりとした表情を浮かべ、わざとらしく肩を竦めるアーデルハイト。決して頭を使う戦いが苦手というわけではない彼女だが、折角戦うのであれば、やはりスッキリと戦いたいのだ。とはいえ、今更ここで文句を言っていても始まらない。戦いが始まってしまった以上、途中で投げ出すのは彼女の流儀に反する。


「仕方ありませんわね……こうなったら、片っ端から試してみますわ」


「お嬢様の初撃でも、ちゃんと首は落ちてましたからね。幸い動きは大したことありませんし、色々やってみましょうか」




      * * *




 一方、戦場から遠く離れた場所にて。

 オルガンが『ぶるり』と身体を震わせる。彼女は現在、全身濡れ鼠状態となっていた。


「ふむり……危なかった。ちょっと出たかも」


「じゃあアウトじゃん?」


 オルガンがくるくると吹き飛ばされた先には、ちょうど大きな泉があったのだ。そうして幸か不幸か、オルガンはそのまま泉の中へとダイブ。無抵抗のままに沈んでいたところを、駆けつけたくるる達の手によって引き上げられ、今に至るというわけである。


「ふむり……くさい」


「すっごい匂いだよね。これ全部お酒なのかな?」


「折角買ったインナーがお酒まみれに……」


 その場で上着を脱ぎ、それをぎゅっと絞る茉日まひる。彼女らの衣服から染み出す液体、それは紛れもなく『酒』であった。そうして三人が見つめる先には、オルガンが飛び込んだ泉がある。そう、その泉は『酒』で出来ていた。


「ボスが八岐大蛇で、フロア内には大量のお酒……うーん、露骨だね」


「例の神話ギミック繋がりだよね、コレ。みぎわさんに色々聞きたいところだけど……イヤホンが駄目になっちゃった」


 八岐大蛇は酒に弱い。

 それほど神話には詳しくないくるる達だが、しかしそれでも、話に聞いたことくらいはある。その程度には有名な神話であった。


「最近だと、幻影とか睡眠にも弱いらしいけど」


「それ、なんとかクエストの話でしょ」


 上着を絞りつつ、呑気に雑談を交わす二人。隣には小さなくしゃみをする駄エルフ。つい忘れてしまいそうになるが────一応、ここはダンジョン内である。


「単純に考えれば、あのボスをここまで連れてきて泉に落とす────みたいな事なんだろうけど」


「でも、結構距離あるよね?」


「アーちゃんなら簡単に吹っ飛ばせそうじゃない?」


「確かに……でもイヤホンは壊れちゃったし、どうしよっか……」


 くるる茉日まひるの二人が意見を出し合う。茉日まひるの言う通り、イヤホンさえ生きていれば話は簡単だったのだ。現状と方角さえ伝えれば、あとはアーデルハイトがなんとかしてくれただろうに。そうして『ああでもないこうでもない』と相談を続ける二人の横で、何やらオルガンが泉を眺め、思索に耽っていた。そうして暫く、オルガンがぼそりと呟いた。


「気に入らない」


 むすりと────傍目には違いが分からないが、しかしどこか不機嫌そうな声色だった。普段から何事にも興味がなさそうなオルガンにしては、酷く珍しい一言であった。頭に毒島さんを乗せていなければ、もう少し威厳もあっただろうが。


「オルガンさんが怒ってる……?」


「どしたん? 話聞こうか? てかRainレインやってる?」


「あ、直結厨だ。くるるちゃん、それもうだいぶ古いよ……」


 そんな下らないギャグを挟みつつ、くるるがオルガンの様子を窺う。


「うむり。じつは最初から気に入らなかった。うさぎを追いかけて、サメを倒して────ここまでのルートも、この泉も、何から何まで全てが用意されている。ああしろこうしろと言われているようで、ひじょうにきぶんがわるい」


 そう言って小さく────本当に小さく、頬を膨らませるオルガン。


 エルフとは元来、束縛を嫌う種族だと言われている。オルガンはそんなエルフである上、その中でも輪をかけて自由人である。どうやら彼女は、によって動かされているような、そんな現状が気に入らないらしい。


「あー、なるほど……」


「言われてみれば、確かに……? なんていうか、ゲームっぽい気がする」


「今回は特にそうだよね。誰かに決められたルートを辿ってるっていうか」


「オルガンさんに言われなかったら、多分全く気にしてなかったけどね……確かに、ちょっと気に入らないかも」


 好きな時にダンジョンへ潜り、好きなように探索し、好きなように死ぬ。あちらの世界に於ける冒険者とは、そういったどうしようもない者達の集まりであった。漫画や小説など、創作物の中でだってそうだ。そしてそれは、現代の探索者にも同じことが言えるのではないだろうか。彼らも冒険者と同様に、命を対価としてテーブルに着いている。故に探索者もまた、もっと自由であるべきなのだ。


 とはいえこれは、オルガンの一言に触発され、ちょっとテンションが上がってしまった結果、くるる達が勝手に抱いた決意に過ぎない。オルガン本人は全く、一切そのようなことを考えてはいない。ただ誰かの言いなりになっているような、そんな現状に苛立っているだけである。


「くくく……目にもの見せてくれるわ」


「おー! 私達が思い通りに動くと思うなよー!」


「お、おーっ!」


 怪しく笑みを浮かべ────てはいないが、しかし泉に向かってごそごそと何かを始めるオルガン。それに感化されるかのように、拳を突き上げて気合の声を上げるくるる茉日まひる。斯くしてここに三人、ダンジョンへの反逆者が誕生した。


「服は着たほうがいいらしい」


「すっかり忘れてたよね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る