クリスマスSS ホーム異世界アローン

 12月24日。

 世間一般ではクリスマスイヴとされているこの日、多くの家ではキッズ達がサンタクロースを待ち侘び、興奮と共に眠りについていることだろう。そんなクリスマスイヴの夜、ここ異世界方面軍のアジトでもまた、三体の怪しい影が蠢いていた。


「目標は既にスヤッスヤの模様です」


「この場合の早寝早起きは、どっちの意味で年相応と言うべきなんスかね?」


「……ちょっと! わたくしの服だけ、妙に面積が小さくありませんこと!?」


 心做しか声のトーンを落とし、ぼそぼそと呟く三人。全員が赤いサンタクロース衣装に扮しており、肩には巨大な袋を担いでいる。クリスが着用しているのは、普段のメイド服をサンタクロース衣装風にアレンジしたものだ。クリスが自ら制作したものであり、フリルを大量にあしらった、大変に可愛らしい出来上がりとなっている。


 先頭を歩くみぎわの衣装は、パンツスタイルの最も一般的なサンタクロース服であった。形から入るタイプなのか、口元には真っ白な付け髭を装着している。帽子も忘れずに被っているあたり、もしかすると一番気合が入っているのは彼女なのかもしれない。


 そして三人の最後尾、やたらと布面積の少ないサンタ衣装を着ている――厳密には着せられている、が正しい――のはアーデルハイトだ。それは衣装というより、もはやただのビキニに近い。ソシャゲ等のクリスマス限定キャラを実体化すれば、大凡こんな感じになるのではないだろうか。そう思わせるような、酷く刺激的な衣装であった。当然ながら今は冬であり、大胆に肌を露出したその服装は猛烈に寒そうである。寒さに弱いアーデルハイトが縮こまって歩いているのも、さもありなんといったところか。


 そんな三人が現在向かっているのは、唯一ここには居ないオルガンの部屋である。現在の時刻は23時を少し回ったところ。見た目通りというべきか、はたまた年相応というべきか。キッズと年寄りの両方を併せ持つロリババァな彼女は、既にすやすや夢の中である。


「というか、この格好は一体なんですの!? その、サンタクロース? とやらの真似事をするだけで、着替える必要がありますの!?」


「様式美ですよ、お嬢様」


「サービス回ッスよ、サービス回」


 クリスとみぎわが何やら両手を合わせ、やたら際どい格好のアーデルハイトを拝み始めた。現在の様子は追尾カメラで配信中であり、三人の後ろにはダンジョン配信用の撮影カメラがふわふわと浮かんでいる。


:ありがたや……ありがたや……

:海(みたいなダンジョン)にはすぐ行く癖に、全然脱がないからな

:なんだそのけしからんスタイルは!!

:貴様のようなサンタがいるか! いいぞもっとやれ!!

:祖国のお父様とお母様に恥ずかしくないのか! えぇ!?

:ジャージもいいけど、やっぱりこういう衣装似合うわぁ……

:配信中とはいえ、家でこんなことしてんの普通に草なんだよな

:ガチサンタ過ぎるだろw

:お色気担当をアデ公に押し付けて、クリスとミギーが逃げたの俺は忘れないよ


 当然というべきか、現在の同接数は凄まじいことになっている。初手からエロ釣りをしていた異世界方面軍だが、その後は意外にもサービス回が少ない。厳密に言えばパンツ事件などといった諸々もあったが、ここまで露骨なものは初めてだろう。ここ最近のチャンネル人気と合わせて考えれば、この凄まじい視聴者数はある意味、当然の結果であった。


「いいから早く済ませて、おコタに戻りますわよ……!」


「そうですね。家の中では撮れ高も何もないですし」


「まぁ、ぶっちゃけプレゼント置くだけッスからね」


 そろりそろりと、まるで泥棒のような足取りで廊下を歩く三人。雰囲気重視のためか、廊下の明かりは全て消してある。もし使用しているのがダンジョン用の高性能カメラでなければ、ただの真っ暗配信となっていたことだろう。リビングから漏れる薄明かりのお陰で、アーデルハイトの尻だけはしっかりと映っているが。


 そうして無駄に時間をかけつつ、三人はオルガンの部屋前までやってきた。

 オルガンを起こさぬよう――物音を立てたところで、彼女が目を覚ますとは思えないが――最新の注意を払いつつも、まるでどこぞの特殊部隊のように、ハンドサインのみで意思伝達を行う。そうして最後尾のアーデルハイトが、先頭を進むみぎわへとゴーサインを送る。それを認めたみぎわが静かに頷き、ドアノブへとそっと手を伸ばして――――


「あでッ!! あばばばばばば!」


 まるで雷にでも打たれたかのように痙攣し、その場にどさりと崩折れた。その様子を後ろから見ていたクリスが、冷静に告げる。


「……トラップです」


:草

:大草原不可避

:トラップです、じゃねーのよwww

:ミギー逝ったww

:こういう映画あったよな……

:あれは名作やぞ

:言ってる場合かよw

:流石創作エルフ、セキュリティが万全だぜ!

:自室の部屋に仕掛けんなw


 凡そ一般の家庭では見られないであろう、貴重なサンタの脱落シーン。これには尻に夢中となっていた視聴者達も大喜びであった。中にはかつての名作映画を思い出したのか、しみじみと思い出話に花を咲かせる者も居た。


「め、めんどくさいですわ……早くおコタに入りたいですのに……」


「今のは電流でしょうか……となると、ここはやはりお嬢様に突破して頂くしか……」


「お断りですわ!」


 寒さに弱いアーデルハイトは、元々今回の作戦に乗り気ではなかった。その上でトラップの解除係(物理)など、とてもではないが承服しかねる。そうして結局、そのままクリスが突破を試みることとなった。


「まぁ正直に申し上げれば、ある程度は予測済みでした」


 クリスはそう言いながら、懐から取り出したゴム手袋を装着する。どうやら『予測済み』という言葉に嘘はなく、準備は万端だったらしい。なら何故みぎわには伝えなかったのか、という疑問は残るが――――


 そうしてドアノブのトラップを突破したクリスが、ゆっくりと扉を開ける。


「……またこんなに散らかして」


 オルガンの部屋は、足の踏み場もないほどに散らかっていた。得体の知れない魔物素材や、恐らくは実験に使うのであろう様々な容器などなど。まさしく、漫画に登場するマッドなサイエンティストの部屋そのものであった。そんな散らかり放題の部屋へと、クリスが一歩足を踏み入れ――――


「――ッ!! はっ!」


 側面から飛来した『何か』を、素早く手刀で叩き落とす。見ればそこには、やたらと大きな手甲がひとつ、床に転がっていた。どうやらオルガンが自作した怪しい装備品が、何らかの仕掛けによって飛ばされてきた様子であった。


「全く、油断も隙も――かはっ!」


 次の瞬間。

 正面から飛んできた、もう片方の手甲を腹部に受け、クリスが廊下へと吹き飛ばされる。油断していたとはいえ、あのクリスが吹き飛ばされるほどだ。ただのセキュリティというには、どう考えても威力過多である。


 こうして、瞬く間に二人のサンタを失った異世界方面軍。残っているのは、低防御力装備のアーデルハイトのみである。


:トラップガチすぎんか?

:あのクリスがやられたぞ……

:そこらのダンジョンより難易度高くて草

:どうすんだよこれ……

:惜しむらくは、サンタ文化が異世界になかったことか……

:だが俺達にはまだアデ公がいるぜ!

:俺達の団長はフィジカルにて最強

:かかってこいよ、オル公


 残された最後の一人、我らがアーデルハイトに望みを託す団員達。

 しかし――――


「あ、それじゃあこれで終わりですわね。わたくしも、ぱぱっと着替えておふとんへゴーですわ。それではみなさん、チャンネル登録と高評価、よろしくおねがいいたしますわー!」


 よほど寒かったのだろう。視聴者達のツッコミや制止の声にも聞く耳を持たない。その上、先程まではコタツコタツと言っていた筈なのに、いつの間にかすっかり就寝モードである。そうして言うが早いか、アーデルハイトは手早くカメラの電源を落とし、衣装を着替え、そのままベッドへと駆け込んだ。


 ただ廊下には、無惨にも散っていった二人のサンタクロースと、プレゼントらしき荷物だけが転がっていた。余談だが、彼女達が用意していたプレゼントの正体は、死ぬほど下らないジョークグッズであったという。

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【カクヨムコン9受賞】剣聖悪役令嬢、異世界から追放される~勇者や聖女より皆様のほうが、わたくしの強さをわかっていますわね!~ しけもく @shikeshike

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