インタールード - 王立魔導院:境界融蝕現象研究局
異変が起きた時、
「き……きちゃあああ!」
喉から漏れた悲鳴は意図してはいなかったがあちらの
ともあれ彼女は弁当籠を抱えたまま踵を返し
そうこうしているうちに、警報を聞きつけた職員たちが駆け込んできた。
いずれも他部署、しかも高官のお歴々である。その顔ぶれが事態の
「
うんざりした顔で問うのは壮年の男。
「訓練ではありません!」
背を向けたまま返す当直の女性。
「では誤報ではないのか?」
「言葉に注意したまえ」
なおも否定しようとした壮年男性を制したのは、駆けつけたうちのひとり、神経質そうな青年男性。
「この装置を作成したのがどなたかお忘れか、経理部部長」
「しかしだな……」
「我らが局長の手ずからお作りになった装置だ。誤作動などあり得ない」
言いながら青年の視線はあくまで装置へと向けられている。
「……それとも貴殿は、『
「大袈裟な! それに王国を滅ぼすなどと不敬も……」
「その不敬が問われないからこその『鹿撃ち』
「お小言はその辺に、監査部部長」
背後から静かに声を発したのは副局長——老年の男性である。
「疑うべきは計器の故障ではなく
副局長はひと呼吸を置き、宣言する。
「十三年ぶりの——
この場における実質的な最高権力者の言葉に、全員の身体が強張った。
老人は冷厳に滔々と、観測室に声を響き渡らせる。
「これはかのお方が待ち望み、万策を備え尽くしてきた福音の時。発生報告の通知は自動的に局長にも行っているはずですが、念のために副次用の
指示を告げ、それでもやはり副局長の視線は、他の部長たちと同様、動作する装置とそれを見守る女性職員の背中へと向けられていた。
そして研究局の高官たちに環視されながら、彼女は機器の動作終了を確認する。
振り返り、唇を噛むと深刻な面持ちで告げた。
「位置座標、出力完了しました。王国内です。ですがこれは……」
部屋に集っていた全員が機器の前、世界地図の広げられた
「北東グレゴルム地方……『
誰かが、喉を鳴らしながらつぶやく。
「よりによってここか……変異種どもの
それを皮切りに、高官たちから次々と
「どうするんだ? 騎士団を送り込むのか? 自殺行為だろう」
「冒険者
「国軍はどうだ……いや、動かせても果たしてやれるかどうか」
「エルフはどうだ。『虚の森』にも集落があると聞く」
「それでも表層部だろう。地図が差しているのは深奥だぞ」
「……この際、
「国際問題にするのか?」
「いや、特別顧問殿の伝手でなんとかなるだろう。彼女も局長と志を同じくしている」
「そうだ、局長だ。あの人ならこの場所にも……」
「できるのか? 今まで幾度となく陛下から調査を依頼されても袖にしてきたと聞くが」
「理由がなかっただけだろう。理由があれば、局長が変異種ごときに遅れを取ることはない」
「それは貴様の希望的観測に過ぎん! 私は客観的事実としての疑問を発しておる! 天鈴の魔女と褒めそやされてはいても、実力のほどを直に見たものがどれだけいるか……」
「貴様、いみじくも当局の局員に連なる者が局長を愚弄するか!」
観測室が
せっかく、異界と扉が繋がったというのに。
だが混乱する高官たちの背後、観測室の入り口付近から。
「——どいてくれる?」
あくまで静かな、それでいて柔らかい、なのに有無を言わさぬ圧力を持った声が、それまでの喧騒を一瞬で止める。
全員が息を呑み、振り返った。
女性がひとり、そこに立っている。
髪は白銀。光に灰をまぶしたような輝きが、緩やかに結われて両肩に垂れる。
瞳は
そして身に纏うのは、漆黒の
極致の魔力により不老を得た肉体は、瑞々しくも蠱惑的に、
覗き込み、座標を確認し、彼女は頷いた。
「なるほど」
「局長……ヴィオレ様、指示を」
女性——王立魔導院、
顔を上げ、振り返り、薄く微笑んで告げる。
「私とカレンのふたりで行きます。彼女は近くにいるから先行させましょう。支援物資や人員はすべて森の南端……シデラ村に。必要となるかはわかりませんが、もし必要となった時に間に合っていなければ意味はないわ。だから、なるはやでお願い」
「
その場にいた全員が一斉に
※※※
マントを翻し、観測室を後にする魔女。
その唇から小さなつぶやきが洩れたことに、副局長の老爺だけが気付いていた。
「必ず会いに行く……待ってて」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます