その13『雨の降る天の下で』

嵐の森

おばあさまと帰宅です

 雨が本格的に降り始める前に、家へ辿り着くことができた。


「おとさん、ただいまーっ!」

「わおんっ!」


 元気いっぱいで先陣を切って門を潜るミントとショコラに続き、ポチの牽引する蜥車せきしゃが愛しの我が家、敷地内へと入っていく。およそひと月ぶりに目にした庭の風景は、旅立った時と変わらない。


「ガーデンも畑も、四季シキさんたちが世話してくれてたもんなあ」

「ん。ありがたい。早いうちにお礼をしなきゃ」

「明日あたり、カレーでも作ってみんなを呼ぼうかな」

「それがいい。……おばあさま、おかえりなさい」


 蜥車せきしゃを停めながらそんなことをカレンと話しつつ、彼女はワゴンから飛び降りると、中にいるおばあさまを手招きする。


 セーラリンデおばあさまがそんなカレンに頷き、穏やかに笑んだ。


「ええ。年始めぶりですね。ただいま帰りましたよ」

「おかえり、ばあば!」

「わんわん!」


 庭に着地した瞬間におばあさまの腰へ飛び込んでいくミントと、その周囲をぐるぐる駆けるショコラ。


 そんな微笑ましい様子を見ながら——御者台で手綱を握る母さんは、苦笑まじりに言うのだった。


「ほらみんな、まだ終わりじゃないわよ。荷物を下ろして、ポチを休ませて、窓を開けて家の中の空気を入れ替えて……やることはたくさんあるんですからね」

「きゅるるっ!」


 だから僕も、ひと仕事終えていななくポチの鼻先を撫でて頷くのだ。


「じゃあ、おばあさま。ミントと一緒に家の換気をお願いできますか?」

「ええ。任せてください。さあミント、ばあばと一緒にお手伝いですよ」

「うーっ!」


 おばあさまはお客さんではなく、家族。

 だからこういう作業も一緒にやらなきゃね。



※※※



 さすがに長期間留守にしていたのもあって、諸々の作業にも時間がかかってしまった。後片付けが終わり、ようやく人心地ついた時にはもう、高かった陽は傾き始めている。


 少し休んだらすぐ夕ご飯の支度かなと考えていると、庭からミントの声がある。


「すい! みいみいたちがきたよっ」

「お。……そうか、長いこと留守にしてたから、心配してくれてたのか?」


 刀牙虎スミロドン母子おやこだ。

 掃き出し窓から出てきた僕を認めると、喉をぐるると鳴らして歩み寄ってくる。


「来てくれてありがとうな。いつ帰るかを教えられたらいいんだけど、こればっかりはなあ」


 頬をぐにぐにと撫でると心地よさそうに目を細める。


 昨年の夏、飛角兎ヴォルパーティンガーに付けられた傷跡はいまや古傷となって背に走っており、実に勇ましい。どこか歴戦の風格すら漂っている。上顎から伸びた二本の牙もいかついし、身体もでかい。……でも、完全に僕らに心を許してるその仕草は、虎っていうよりやっぱり猫なんだよなあ。


「みいみいたち、すこしおっきくなった?」

「そうだね。じわじわ成長してる。ミントと一緒だ」

「むふー」


 三匹の子猫たちもよちよち歩きを脱し、元気に走り回っていた。もう日本にいる猫の成体より大きいし、牙も口から出始めている。とはいえそれでもまだまだ外見は子猫ではあるんだけど。


刀牙虎スミロドンが遊びにくるなんて、世界広しといえどもこの家だけでしょうね。……あの時の親子ですか。健やかなようでなによりです」

「そっか。おばあさまは一度、見てるんだったね」

「ええ、昨年の夏に。あの時は私にも余裕はなかったから、どうしてまた庭にいるのかあまり考えないようにはしていましたが……本来、ワイバーンやグリフォンなどと並ぶ恐ろしい魔物なのですよ?」


 苦笑するおばあさま。


 確かに、ミントが大変だった頃だから家族にも余裕はなかったし、つっこみたくてもつっこめなかったんだろうなあ……。


「わう! わんわんっ」

「おっかけっこ? わあ……みいみいたち、はやくなったっ」

「わん!」


「微笑ましいものですね」

「でも相変わらず僕には懐いてくれないんだよなあ」


 ショコラとミントにじゃれつき、庭を駆ける子猫たちだが、僕の方は見向きもしない。さみしくない。さみしくないぞ。

 ……ただまあ、以前は毛を逆立てられていたからマシにはなったとは思う。


「そうだ、ちょっと待ってろ」


 母猫にひと声かけ、家の中に戻る。さっき冷蔵庫に入れたばかりの包みを取り出し、開きながら刀牙虎スミロドンの前に差し出した。


「ほら、お土産だ。蹴鷲けりわしの股肉だぞ」


 昨日、帰り道で獲れたもの。

 蹴鷲けりわしとはダチョウとかヒクイドリに似たシルエットの飛べない鳥で、脚がもの凄く発達しており木を折るほどにキック力が凄まじい。けっこう獰猛どうもう——というか恐れ知らずな性格で、僕らの蜥車せきしゃへ襲いかかってきて返り討ちにされた。


 片方の脚はその日の晩ご飯になったが、もう片方は食べきれず、冷蔵保存したまま家に持ち帰っていたのだ。


「こいつの肉、旨味は強いけど硬いんだよね。……圧力鍋で煮ようかと思ってたけど、お前たちならいい感じの歯応えになるんじゃないのか?」


 肉を目の前に置かれた刀牙虎スミロドンは、匂いを嗅いだ後、がおんっ、と吠える。そうしてがぶりと食いつくと立ち上がり、踵を返した。


「気に入ったみたいだな。っていうか、もう帰るのか」


 こういう時のそっけなさはいかにも猫科動物っぽい。門を出ていこうとする母親に気付き、駆け回って遊んでいた子猫たちもスイッチを切り替えたように、三匹揃って母の後を追い始める。


「またね、みいみ!」

「わうっ!」


 こっちを振り返りさえしない刀牙虎スミロドンたちだが、ミントもショコラもそれを気にした様子もない。あっけらかんとしているというか、あっちの生態をちゃんと理解しているというか。


 ……まあ、湿っぽい馴れ合いよりはいいのだろう。


 刀牙虎スミロドンたちはあくまでご近所さんだ。家族ではない。気まぐれで遊びにきたり森で出会ったら挨拶したり、そういう関係性は正直、家族として常に一緒にいるのとはまた違った心地よさがあった。


「よかったのですか? スイ。あれは今晩のおかずだったのでは」

「うん、二日連続あの硬い肉っていうのもちょっとなあって思ってたんで。それに帰り道じゃどうしても肉が多めだったから、今日は少しヘルシーに行こう」


 ひと月ほど実るに任せていた畑の野菜も、とうが立つ前に食べてしまわないといけないしね。


「楽しみにしててください、おばあさま。この家には、シデラには持ち出せなかった日本の野菜や調味料がたくさんあるんだから。ユニさんたちにも秘密にしてた家族だけの料理を、たくさん食べてもらうよ」

「ふふ、楽しみだわ。……殿下たちには申し訳ないわね」


 そのまま庭で遊んでいるミントとショコラに手を振りながら、おばあさまと一緒に屋内へ入っていく。母さんとカレンがお茶を飲みながら迎えてくれるのへ、おばあさまは幸せそうな笑みで返していた。





——————————————————

 長らくお休みをいただきました。

 第十三章の始まりです!

 雨季がやってきて、雨の日が多くなります。なので本章はインドア生活を中心にお送りする予定。


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