『森に住む風変わりな貴族』

 城を出て、宿に戻った時にはもうすっかり夜半になっていた。

 カレンとおばあさまが起きて出迎えてくれた。ふたりはただ穏やかににこやかに、僕へ問うだけだった。どうだった? と。


 だから僕は笑って頷くのだ。

 会えてよかった——と。



※※※



 一夜明けて、家に帰る日がやってくる。

 怒涛の十日間だった。だけど楽しくて、充実していて——なにより、かけがえのない出会いがあった。


 ユニさん、エイデルさん、シャップスさん、ファウンティアさん。

 ルポさん、サラさん、ふたりのお子さんとまだ見ぬ赤ちゃん、ロラーボさん。


 王族とかそういうのは関係ない。

 彼らは僕の親戚で、父さんと母さんの代からの友達で——家族ぐるみで付き合いをしている人たちなんだ。


 そんなことをしみじみ思いながら、森へと繋がる門の前。

 見送りに来てくれたみんなと挨拶を交わす。


「まさか父上と母上に会いに行ったとはなあ。さすがに驚いたぞ」

「そのうち、獣人領にも遊びに行く? もうここまできたら、あたしの両親とも会わせたいな。うちはすごいよ。なにせ一夫多妻だからね。母さんが十五人もいる」


 苦笑混じりなノアとパルケルさん。昨夜のことを聞いて呆れ顔だった。でも、嬉しそうだった。特に、ノアは。


「わたくしは本当に疲れ果てました。とはいえ、楽しかったですわよ。王女殿下に賞賛していただけたのは痛快でしたし。……王都の都会ぶった、気取った菓子店にざまあみろですわ」

「王都になんの恨みがあんだよお前は、行ったこともないくせに……」


 トモエさんにはプレッシャーだったと思うし、申し訳なかった。でも本人もなんだかんだ手応えがあったようで、彼女に任せてよかったと思う。夫——シュナイさんも、妻のケーキが認められたことが嬉しかったようだ。


「俺らは今回、なんもしてねえが……『帝江ていこう』の観測装置の動作確認ができたのはよかったな」


 腕組みして真面目な顔をするのはベルデさんだ。


「目下の課題は、今回みたいな表層部の異常をどう解決するかだな。お前にいちいち出張ってもらうわけにもいかんし、できればシデラだけでやっつけちまいてえところだ」

「まあ、そこは新しい領主さまが頑張ってくれるんじゃないー? にしし」


「うむ、そうだな! 俺としても責任が生まれたからにはしゃんとせねばならん。クリシェ殿とともに頭を捻って対策を練ろうか」


 隣で悪戯っぽく笑うリラさんに、揶揄からかわれたノアが大仰に頷く。

 急に矛先を向けられたクリシェさんは顔をしかめた。


「おい、こいつが余計なこと言うからとばっちりが来たじゃねえか……ベルデ、お前からちゃんと後で言い聞かせとけ」

「ギルマスさんよ、うちのリラは気遣いのできるいい嫁だろう?」

「おっさんが惚気のろけるなよ、くそっ……」


 無念そうなクリシェさんを、セーラリンデおばあさまがたしなめる。


「クリシェ坊や、堂々となさい、みっともない。……大丈夫ですよ。『孕紮おうさつ』の魔女殿もじきに帰ってくると仰っていたではないですか。戦力にはしばらく余裕があります」

「その呼び方はやめてくれよ、あねさん。……まあどのみち今のところは、上位の魔導士たちに出張ってもらうしかねえ。だがいずれ、個にだけ頼らずに街全体でどうにかしていく、そういう仕組みとやり方を考えていきてえもんだな」

「ええ、しっかりおやりなさい」


 そんなおばあさまは今回、見送る側ではなく見送られる側に立っている。

 何故なら——、


「えへへー。かえり、ばあばといっしょ!」

「しばらくご厄介になりますよ、ミント。一緒にたくさん遊びましょうね」


 王族の来訪、滞在。それにともなう各種調整という大きな仕事を終えたおばあさまは、国王陛下から直々に褒美ほうび——長期間の余暇を授かった。なので僕らとともに家へ帰り、雨季の間はあっちで過ごしてもらおうということになったのだ。


 きっとシャップスさんなりの気遣いなんだろう。

 娘と義息むすこがお世話になったお礼に、家族水入らずでゆっくりしてくれ、という。


 他にも、ノビィウームさん夫婦に、ドルチェさん。それと時間に余裕ができたのか、アリスさんも。みんなが出発する僕らに、思い思いの声をかけてくれる。


「『神無かんなぎ』が役に立ったようでよかった。ワシの髭も伸びるってもんよ」

「気を付けて帰るんだよ。また今度ゆっくり遊びに来な」

「ドルチェも、スイさんの料理、食べたかったっす……また来て作ってほしいっす」

エルフ国アルフヘイムの件もだいぶ落ち着いてきたし、近いうち遊びに行くよ。でもその前に、私も娘とゆっくりしようかな」


 そうしたたくさんの声に見守られながら、僕らは蜥車せきしゃに乗り込んでいく。



 ※※※



「じゃあ、帰ります。お世話になりました」

「ばいばい! またくるよっ!」

「わうっ!」


 僕が頭を下げ、ミントが手をぶんぶん振り、ショコラが元気よく吠える。

 カレンが両手をひらひらさせ、母さんが微笑みながら手綱を握る。


「頼むぞ、ポチ。おばあさまを乗せての旅は初めてだしな」

「ふふ、よろしくお願いしますね」

「きゅるるるっ!」


 街の石畳を踏み締めて、門を潜って森の中へ。

 世界有数の危険地帯——『うろの森』の奥深くにある、我が家へと。


 ハタノ家一向は、帰っていく。


 もしかしたらこの先、王都で、僕らのことが噂にのぼるかもしれない。

 森に住む風変わりな貴族、と。

 だけど僕ら自身は、これまでと変わらない。

 ありふれた家族として、森の中、当たり前に暮らしていくのだ。





——————————————————

 第十二章『受け継がれるもの』をお送りしました。

 王家の人たちとの出会いを描いた章でした。スイくんは爵位の継承をきっかけに、かつてお父さんが築いたものに触れ、その思いとともに人生を歩んでいきます。

 

 次回からは第十三章です。

 セーラリンデおばあさまと森へ帰還したスイたちの、のんびりした暮らしをお送りします。


 ……が、十三章に入る前にお知らせです。

 今日まで一日一話の更新を続けてきましたが、さすがに走りすぎたというか話数も膨大となったため、いったんペースを落としたいと思います。今後は週一〜二回を目処にしてじっくり続けていこうかなと。


 毎日の更新を楽しみにしてくださっていた方には申し訳ないのですが、どうかご理解の上、今後ともお付き合いください。

 代わりにというわけでもないですが、新作も企画中です。そちらも開始した折には是非よろしくお願いします!

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