過去から、未来へ

 どれくらいの間、言葉と気持ちを交わしていただろうか。


 いつしか話題は、父さんのことから僕のことへと移り変わる。シャップスさんもファウンティアさんも、僕がこの世界に帰還したことを、無事に成長したことをとても喜んでくれていた。これからも思うがまま、存分に好きなことをやるといい、と——でも、知っているんだ。エイデルさんが少し愚痴っぽく言っていたから。王さまも王妃さまも、僕がコンソメを作ったり胡麻豆腐を開発したりする度に、発生しそうなめんどくさい諸々に頭を抱え、各方面への調整に奔走ほんそうしてくれていたことを。


 なのに苦労をおくびにも出さず、ふたりは僕の頭を撫でて抱擁ほうようをくれた。施政者としてではなく友人の息子として、縁戚として、僕という人間に接してくれている。


 話題は尽きなかった。


 ノアのこと。あいつがずっと思い悩んでいたこと。家族への気持ちのせいで自分を殺していた姿を見るのがつらかったこと。だけど、それを僕が解決したこと。友人になってくれてありがとう、息子を救ってくれてありがとうと、頭を下げてくれた。


 ユニさんとエイデルさんのこと。わがままなところはあるが自慢の娘だということ。義息であっても実子となんら変わらない愛情を注いだこと。ふたりがどうも想い合っているらしいこと。親として王族として、応援したいような反対したいような複雑な気持ちでいると笑っていた。


 他のご家族にも引き合わせてくれた。

 長男のルポさんとその奥さんのサラさんに、次男のロラーボさん。ルポさんとサラさんの間にはお子さんがいて、今は第二子を妊娠中だという。よちよち歩きを始めたばかりのその子を抱かせてもらって、お腹の子を撫でて祝福してほしいと言われた。彼らもやっぱり、王族としてではなく親類として言葉をくれた。


 いい家族だな、と思う。


 王家というと権力とか政治とか血筋とかのしがらみがたくさんあって、身内どころか親兄弟でさえ信用できない、骨肉相食こつにくあいはむなんて悪いイメージがあった。実際、地球の歴史だとそういう国も珍しくなかったはずだ。


 でも彼らは——養子のエイデルさんや、パルケルさんやサラさんまでもを含めて、確かな絆で繋がれていると思う。たとえ血が繋がっていなくても、たとえ人種が違っていても、家族として身内として、みんなで寄り添っている。


「余は愚鈍で凡庸だが、妻が優秀だからなあ。ティアのおかげで、息子と娘たちはあんなにも立派に育ってくれた。余の功績ではないとはいえ、子らに関してだけはカズテル殿に胸を張れるよ」


 ルポさんたちが退出した後——シャップスさんがぽつりとそんなことを口にした。

 だから僕は首を振り、答えたんだ。


「そんなことないと思います。僕に政治のことはよくわからないし、王さまとしてのシャップスさんがどんなふうなのかも知らないけど……でも、子供がいい子に育っているってことは、シャップスさんがいいお父さんだった証です。あなたはきっと、僕の父さんと同じくらい、いいお父さんなんだと思います」


 シャップスさんは照れたような顔で、嬉しそうに笑った。


「そうか……。他でもない、カズテル殿のお子がそのように言ってくれたこと、余はなによりの誇りとしよう」


 その辺にいる——ありふれた、子供思いのお父さんみたいに。



※※※



 やがて、夜も更け、そろそろおいとましなきゃなという空気になってくる。


「すみません、手ぶらで来てしまって……母さんが突然言い出したものだから」

「ははっ、そなたが気を遣うものではないぞ」

「そうですよ。あなたもショコラさんも、今宵はヴィオレのお子としてわたくしたちに会いに来てくれたのですし。顔を見ることができただけで充分」


「わふう……わん!」

「そうだな……お前も僕と同じ、母さんの子供だもんな」


 ファウンティアさんに元気よく返事をするショコラだが、さっき眠そうなあくびをしていた。ジ・リズを待たせちゃってもいるし、あまり長居はしていられない。


 こうなることがわかっていたなら手土産のひとつも持ってきたのにな。まさか内々に、身内としてソルクス家の人たちと会うことになるとは思っていなかった。


 だけど、そんな僕とショコラに——次いでシャップスさんとファウンティアさんに、母さんが頷いてみせる。


「大丈夫よスイくん。ふたりへのお土産はちゃんとあるから」

「え」


 そうしてマントの裏に手を遣り、仕舞っていたものを取り出す。


「それって……」


 封筒、だった。

 しかもその形と紙質は、


「パソコンの中の、お父さんからのメッセージビデオ……お母さんひとりで見てねっていう別の動画があったでしょう? あれの中でね、お父さんに……カズくんに、頼まれてたの。シャップスとファウンティアに手紙を書いているから、渡しておいてくれって」


「カズテル殿が……」

「わたくしたちに、ふみを?」


 目を見開くシャップスさんたち。

 僕も驚いた。


 確かに、母さんだけに宛てたメッセージビデオが別ファイルであった。内容は母さんしか知らない。だから——父さんが手紙を夫婦の寝室の引き出しの中に忍ばせていて、母さんに個人的に託していたとしても不思議じゃない。


「本当はすぐに渡すべきかもしれなかったけど、スイくんのことがあったから。まずは確信できてからと思っていたのよ。この国が……ソルクス王国が、この子が幸せに暮らせる国なのか。根を張って生きていくのに相応しい国なのか」


 ふたりにそう告げる母さんの視線は細く、気配は鋭い。

 だけど一方で口元には笑みが浮かんでいて、どこか嬉しそうだった。


 それはつまり、



「受け取っても、いいのですね」

「ええ」



 、なんだろう。


「中はあらためているのですか?」

「いいえ、開けていないわ。友人への手紙を勝手に開けるほど嫉妬深い妻ではないの、私」

「ですが、これはカズテルの、最後の……」

「だからこそそれは、あんたたちのものよ。カズくんはあっちで、自分の死期を悟っていたわ。そんな中で手紙を書いた。家族以外に向けては、あんたたちにだけ」

「……っ」


 シャップスさんが、ファウンティアさんが、声を詰まらせる。

 やがて——ふたりは差し出された封筒を恭しく受け取った。


 シャップスさんは愛おしげにその表面を撫でる。

 ファウンティアさんは祈るように、そっと自分の胸へ押し付ける。




「じゃあ、帰りましょうか。ジ・リズがいい加減に待ちくたびれているわ」


 母さんは満足げに僕の肩を叩いた。

 その表情は晴れやかで、僕はなぜか、そんな母さんの顔に誇らしげな気持ちになるのだった。





——————————————————

 手紙の内容は、お母さんへのビデオメッセージと同様、内緒ということで……。

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