僕が知らない父さんのこと
「でな。カズテル殿はいつもいつも、余に無茶なことを頼んできたり、突拍子もない発明を思い付いたり、かと思えば頼りない余のことを叱ってきたりしてな。王宮に来たと聞くと、隠れたり逃げ回ったりしたものだ」
そして——。
テーブルを囲んだ僕らは、お茶を飲みながら話を始める。
「なのに、いつもすぐに余を捜しだして、捕まえおる。それで余が困った顔をしているのを見て、
でもそのほとんどは、シャップスさんの回顧だ。
僕へ向かって嬉しそうに、楽しそうに、
「だけどなあ。余が頑張ってカズテル殿の要求に応えると、いつも笑ってくれた。そして言うのだ。『きみはいい王さまになる』と。……幼い頃より
まるで自慢話のように。
まるでの武勇伝のように——。
「そうして余がひと仕事終えたあとは、こっそり酒瓶を片手に
「そんなことしてたのね……」
「母さんも知らなかったの?」
「……わたくしも存じ上げなかったわ。きっと、夜遅くだったのでしょう」
苦笑する母さんと、驚くファウンティアさん。
「ああ、そうだ。そこな
「わふっ……?」
そして視線を向けられ、きょとんとするショコラ。
「お前、覚えてないのか?」
「くぅーん……」
「それとも、覚えててごましてるのか? 絨毯、汚しちゃったから」
「わふっ、わう!」
シャップスさんは立ち上がり、ショコラの目の前まで行き、しゃがむ。
「そなたも大きくなったなあ。……余が父上から王座を奪ったあの日を思い出す。不安で怖くて逃げ出したくなる中、ティアと握った手と、カズテル殿の腕に抱かれたそなたの可愛らしい顔が、心を落ち着かせてくれたのだ」
手を伸ばして頭を撫でる。ショコラはそれを受け入れた。尻尾は振らないまでも喉を鳴らしながら、どこか優しげな目で。
きっと覚えてるんだな、こいつ。
この人が、
僕は、嬉しかった。嬉しくなった。
だってそれは——僕の知らない父さんの話だったから。
父としてでもなく、夫としてでもなく、ありふれたひとりの青年としての父さん。男友達と一緒にはしゃいで笑う、ごく当たり前な、青春の姿——ああ、父さんにも、僕みたいな頃があったんだ。
でもそこで、シャップスさんは眉を寄せた。
ショコラの頭に手を乗せながら悲しげに、寂しい微笑みを浮かべた。
「……今になって悔やむ。当時の余は、気付かなかった。己がカズテル殿に奮い立たせてもらっていることに、情けない背中を押してもらっていることに。手助けしてもらっている誇らしさに照れて、目を背け、カズテル殿のことを苦手だとさえ思っていたのだ。なのに、あの人がこの世界からいなくなってはじめて……気付かされた。彼は余にとって、唯一無二の友であったと。王子としてではなく、王としてでもなく、ただ同年代の友人として余に接してくれた……たったひとりの人だったんだと」
もう間に合わない、本人に伝えることのできない思いを吐露する。
だから僕は、立ち上がって。
彼の隣に腰を下ろし、ショコラを顎下から撫でながら、言うんだ。
「……僕の知ってる父さんは、あまり人付き合いを深くしない人でした」
かつて日本での暮らしを思い出しながら、記憶にある姿を瞼の裏に浮かべながら。
「たぶん、僕がいたからっていうのが大きいです。家で待つ僕に寂しい思いをさせないよう、あんまり出歩いたりしなかった。会社の同僚と飲みに行くなんてことも全然なかった。なので、いつもすぐ家に帰ってくるものだから……前に一度、尋いたことがあるんです。『父さんには、一緒に遊ぶお友達とかいないの』って」
思い出した。
なにげない遣り取りだったから、ずっと忘れていた。
その時、父さんは笑って——胸を張って、言ったんだ。
「『ちゃんといるぞ。すごく遠くに住んでいるけど、仲のいい男友達とその奥さんだ。いつかお前ともまた、会わせてやれるといいな』……今ならわかります。あの時の父さんが、誰のことを思い浮かべていたのか」
シャップスさんは、目を見開いた。
そして唇をぎゅっと咬み、上を向く。
さっきまでとは——僕を抱き締めて子供みたいに泣きじゃくっていたあの時とは違って、涙を必死で堪えながらつぶやいた。
「そうか。……そうか」
※※※
天井を向くシャップスさんの隣で、僕はあの時の父さんの言葉を思い返す。
—— いつかお前ともまた、会わせてやれるといいな。
また、って言った。
あの時、少し引っかかったんだ。『また』ってなんだろう、って。もしかして僕もそのお友達と、前に会ったことあるのかなって。
「あったんだろうな、きっと」
「わふっ……?」
それこそ
シャップスさんやファウンティアさんに
それは僕の知らない、けれど僕が中心にいる、在りし日の光景。
物心もついておらず、覚えているはずもないのになぜか、ありありと思い起こされる。
もしかしたらこの部屋に残った魔力の見せた、記憶なのかもしれない。
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