その7『虚の森には秘密がある』

集落に落ちる影

はじめての冒険

 秋深し、隣はなにをする人ぞ。

 ——ただし隣といっても、めちゃくちゃ距離があります。


 そんなわけで、僕らハタノ家と同じく森の中に住んでいるという、エルフの集落を調査に行く日がやってきた。

 メンバーは僕とカレン、ベルデさんとシュナイさん、エジェティアの双子、そしてノアとパルケルさんの八人である。


「わうっ!」

「もちろんお前も一緒だよ、ショコラ」


 もとい、八人と一匹である。


 ベルデさんたちの結婚を祝うパーティーから、およそ二週間。

 ポチたちと一緒に一度、森に帰ってから英気を養った僕らは、再びシデラヘと訪れた。


 調査対象の集落はエルフ始祖六氏族のひとつ『アテナク』の棲む村だ。世界G間測位P魔術Mによると『うろの森』中層部付近にあるということだが、なにぶん森は広大で、だからルートが少々厄介だった。


「片道、十日ってところか」


 出発前日。

 打ち合わせのために集まったギルドの会議室で、ベルデさんは地図を広げながら言った。


『虚の森』は、北東グレゴルム地方のほとんどを覆う大森林である。

 ジ・リズたちの集落がある北端あたりは内湾の浸食により大きく抉られているものの、そこを無視すれば概ね円形——僕らの家がある辺りを中心に、放射状に広がっている。


 シデラの街があるのはその南端なのだが、じゃあ他の切れ目はどうなっているかというと、外輪のほとんどが高い山脈に囲まれているのだ。


 ベルデさんの太い指が地図を差す。


「シデラがここ。で、エルフの集落があると思わしいのがこの辺りだ」

「だいぶ西に寄ってますね」

「ああ。だから俺たちの進路ルートは、ここから外縁部を時計回りに北上していくことになる。直線でまっすぐじゃ、ずっと中層部を進むことになるからな」


「あたしたちの強さなら、まっすぐでも大丈夫なんじゃない? スイもいるし」

「すまない、パルケ・ルル殿。それはできないし、したくないんだ」


 パルケルさんの問いに首を振ったのはリックさん——エジェティアの双子、兄の方だった。


「そもそもこの調査は、僕とノエミの仕事だ。だから今回、形として、僕らがきみたちに協力の依頼を出した形になる」

「ええ。そして当の私たちは『魔女』を頂いてはいても、まだまだ力不足で……この森の中層部で戦えるほどの魔導はないわ」


 双子の妹——ノエミさんもそれに追従する。


「これはあくまで僕らの任務だ。だからあなたたちに、おんぶにだっこで頼りきるわけにはいかない。すまない、僕らのわがままだけど、わかってほしい」


「なあんだ。そんなことなら早く言いなさいよ」


 パルケルさんは肩をすくめ、同時に人懐こい笑みを浮かべてリックさんとノエミさんの肩を叩く。


「その意気や良し。気に入ったわ。あんたたち、きっと強くなるよ。任せなさい……あたしたちが全力で援護してあげるから」


 どこか獰猛にさえ見える破顔。

 ベルデさんとシュナイさんが揃って苦笑した。


「まあ、お前らが全力を出すなら、そもそも俺たちも必要ないからな。今回はあくまでシデラうちの流儀……個じゃなく集団での行軍、安全を第一としたものでやらせてくれ」


 謙遜ではなく、事実だった。

 こと魔導の話をするなら、彼らはここにいる魔導士たちの中で最も格下。戦闘能力は遥かに及ばない。


 ——そもそも。

 この世界の『強さ』は、魔術の存在があるせいでなかなかにいびつなんだよね。


 有り体に言うと『質より量』という概念が存在しない。質は必ず量にまさり、ずば抜けた個の実力はどんな数にもまさる。


 たとえばカレンや母さんが単独で、森の深奥部までやすやすと行けるように。

 たとえばベルデさんたちの率いる調査隊が、中層部より奥には進めないように。

 たとえばたった一体の変異種が、竜族ドラゴンの集落を危機に陥れるように。


 強大な戦闘力、突出した魔導は、すべてを凌駕する。

 どんなに統制の取れた軍隊も、訓練された騎士団も、たったひとりの『魔女』を打ち破ることができないのだ。

 

 これはソルクス王国が、世界最強の魔女である母さん——ヴィオレ=エラ=ミュカレ=ハタノを、『鹿撃ち』のくらいを与えてまで留め置こうとする理由でもある。母さんの存在は、それ自体が対国家の抑止力だからだ。『天鈴てんれいの魔女』が王国に居を構えているという事実に比べれば、王家に対する不敬も不遜も安いもの。


 こっちの世界に戻ってきて七カ月半。僕もようやく、その事実を理解してきた。同時に、母さんだけではなくカレンやショコラ、僕もまた、同じくらいだということも。


 ただ、それでも。


 僕らに比べたらベルデさんとシュナイさんの魔導は遥かに及ばず、戦闘能力は言わずもがな——そんなことは、みんなわかっている。


 わかっていてなお、この場にいる全員の目に宿る、彼らへの敬意は揺るがない。


「依頼主はリックさんとノエミさんで、僕らはその手伝い。でもって、リーダーはベルデさんで、補佐にシュナイさん。森に入ってからは、ベルデさんとシュナイさんの指示に従います。頼りにしてますよ、ふたりとも」


 僕には——僕らには、母さんにもできない。

 冒険者たちの集団を率いて森に入り、可能な限りの危険を避け、誰も死なせずに帰還するなんてこと。

 魔物の痕跡をひとつとして見逃さず、あらゆる事態を想定して備えることも。


『虚の森』を生き抜くことにかけて、このふたりは最高のスペシャリストなんだ。


「……実際、目的地は冒険者が普段は行かない場所で、森も荒れてる。なにが起きるかわからねえから、気は張っといてくれ」

「その代わり、変異種が出た時は任せたからな。もちろん、できるだけ回避するつもりじゃあるが」


 ベルデさんとシュナイさんは僕の言葉に笑い、一同を見渡す。


 いつも師事しているリックさんとノエミさんはもちろん、何度か一緒に調査したことのあるノアとパルケルさんも、ふたりを頼もしそうに見ていた。


「ん、楽しみ。シュナイさんの斥候スカウトの技術、勉強させてもらう。家での生活にきっと役に立つ」

「わふっ」


 カレンもふんすと気合いを入れて、ショコラが(わかってるのかわかってないのか定かでないけど)舌を出しながら息を弾ませる。


 僕は正直、心の中が湧き立っていた。

 だって、この世界に来て初めて——冒険者らしいことをするのだから。

 それも信頼できる友達と一緒に。




「今日のうちに物資の調達と取りまとめをする。明日は早くに出るぞ。食い過ぎと飲み過ぎには注意して、ゆっくり休めよ」

「はい!」





——————————————————

 第七章『虚の森には秘密がある』の開幕です!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る