星の守りがありますように
そうして、パーティーは続いていく。
各々が語り合い、
会場が静かになるのを待ち、照れくさそうに口を開く。
「あー、今更あれこれ挨拶するのも照れくせえし、柄でもないんだが……今日はありがとう。俺もシュナイも、それにリラちゃんとトモエちゃんも、感謝してる」
これが普段の飲み会であれば野次のひとつでも飛んでいるところだろう。でも今回は五人組のうちの四人が主役である。しかも参加者の全員が身内とあって、みんなが穏やかな顔で、ベルデさんの言葉を聞いていた。
「お前らも知っての通り、俺は流れ者で、シュナイも親なしだ。だから今まで……いつくたばるともわからねえ、前のめりで明日知らずの気楽な暮らし……そう思って、生きてきた」
この国の庶民に結婚式とか披露宴とかの習慣はなく、だから必然、こういう挨拶も気楽なものだ。みんなは緊張するでもなく茶化すでもなく、リラックスした雰囲気で、ベルデさんとシュナイさんを見守る。
「だけどこれからはそうもいかねえ。所帯を持つってことは、根を生やすってことだ。枝を伸ばして葉をつけ、家族が木陰に集えるよう、どっしり構える必要がある。俺はリラちゃん……リラとその家族たちのために」
ベルデさんが語り、
「俺はトモエと、おっかさん、それに今じゃすっかりでかくなったちびどものために。これからは前のめりじゃいられねえ。大将とふたり、これまで以上にしゃんとして……生きて帰ってこられるよう、頑張るよ」
シュナイさんが頷き。
「トモエちゃんの家族に約束する。俺は相棒を……シュナイを、生きて家に送り届ける」
「リラの家族に約束するよ。俺は大将に……ベルデさんに、怪我をさせねえよう力を尽くす」
ふたりは声を揃えて、言った。
「「だからまあ、なんだ。みんな、これからもよろしく頼む」」
もちろん『
この世界はそういう場所で、彼らはそういう生き方をしているんだ。
そしてその上で、生きて帰ると、日々を過ごすと——誓ったのだ。
なんとも胸にくるふたりの挨拶に、僕は拍手しようと両腕を挙げた。
というか、僕だけじゃなくみんなが同じようにすると思った。
だけど。
「……でだ、スイ」
肘の角度が四十五度くらいまで曲がった辺りで。
不意に名前を呼ばれ、動きが止まる。
きょとんとする僕に、ベルデさんとシュナイさんが、にかっと。
すごくいい笑顔を向けて、言った。
「俺たちの結婚のきっかけをくれて、しかもこんな会を催してくれたお前から、言葉が欲しい。なにかひと言、くれねえか」
「…………はい?」
えっなんで急にこっちにくるの。
※※※
ソルクス王国では、パーティーにおいてひとつの慣習がある。
それは『宴の主催者はなにかスピーチをする』というものだ。
ちなみにこれは後から聞いたことであり、
もちろん準備なんかしてきていない。
こういう時にそれっぽいことをすらすらと語れるような技能も度胸もない。
なので。
いきなり
「え……まじ?」
言外に視線で助けを求める。
ベルデさん、シュナイさん——いやこれは振ってきた本人だ。
招待客の皆さん——期待した目でこっちを見ておられます。
ノアとパルケルさん——後方腕組み見守り感がすごい。
エジェティアの双子——わくわくした顔をしてるんじゃないよ!
妖精さんたち——姿が見えない。そういやさっき、庭へ遊びに行ってたな。
ならば家族はどうか。
母さん——完全に僕のことを信じ切っている顔だった。
ミントとおばあさま——ジュースをこくこくするミントを背後から抱きながらこっちに優しい視線を向けている。
ポチ——に頼っても仕方ない。草おいしい?
ならば最後の砦。
僕の最愛の人と相棒であれば、
「わふっ、わう!」
「しっ、ショコラ。いまからスイがいいことを言う。ちゃんと聞いてて」
「くぅーん」
駄目でした。
お腹いっぱいになったショコラはカレンにじゃれつき、カレンはそんなショコラを諌めつつ、完全に僕への期待値が振り切れている顔。
あかんわ。絶体絶命だよ。
「……ふう」
僕は大きく深呼吸した。
——仕方ない。
腹を括る。別に上手いこと言わなくてもいいや。
それに、みんなの期待に応えるために話すんじゃない。
彼らの結婚を祝う気持ち。彼らの新しい生活を
「……皆さんご存知の通り、僕は
だから。
自分のことを、話そう。
「生まれたのはこっちの世界で、王国のネルテップという町だそうですが……五歳の頃、地球という星の日本という国に転移して、それから十三年。七カ月前に帰ってきたばかりです。正直、生まれ故郷のことはあまり覚えていません。町外れの原っぱに家があったなってことくらい。その家も今は、再度の転移で『虚の森』のど真ん中にあります」
自分のことを話して、
「僕は……生まれも別の町だし、育ったのは別の世界だし、家もここから遥か北、誰も来られないような場所にある。シデラにとって、はっきり言ってしまえば余所者です」
自分の
「シデラに顔を出すようになったのも、たまたまです。たまたま、家が転移してきた場所が『虚の森』だったから。たまたま、一番近くにある人の街がここだったから……物資を補充したり必需品を調達する街が、たまたま、ここしかなかったから」
あまり考えないまま、つらつらと。
「でもそんな僕に、ベルデさんと縁がありました。そして、皆さんと知り合うことができました。皆さんは……ベルデさん、シュナイさん。リラさん、トモエさん。それに、ノビィウームさん。みんな、僕を受け入れてくれました」
身体の内から湧いてくるものを、込めながら。
「ベルデさんたちに受け入れてもらったら、この街にも受け入れてもらえるようになりました。余所から来た僕を……いや。僕は——それまで、ここじゃない別の世界で育ったせいで、足元がいまいち定まらなくて。生まれ故郷に帰ってきたって頭じゃわかってても、なんだかふわふわしていて。家族と一緒に過ごしてても、なんだか妙な気持ちで」
不格好でもいい、辿々しくてもいい。
「それが。この街に受け入れてもらって、ベルデさんたちと友達になって。ここだ、って。そう思えるようになりました。ここが僕の、故郷です。生まれた場所でも育った場所でもないし、暮らしてもいないけど。この街は、僕の居場所で、もうひとつの故郷です」
みんなの顔を見て、しっかりと——。
「ベルデさんとリラさんに、健やかに暮らしてほしいと思う。シュナイさんとトモエさんに、仲良く過ごしてほしいと思う。もちろんもう長いことご夫婦をやっている、ノビィウームさんとスプルディーアさん、そしてご家族のみなさんにも、いつまでも笑っていてほしい。だから……」
そう願っています。と、言いかけて。
何に? と思ってしまい、ふと唇が止まった。
いるかどうかもわからない神さまに頼るのも違う気がする。
この世界の宗教に詳しくはないし、なにかの信徒でもない。だったら……。
そう考えながら、右手の指が無意識に、首元のペンダントを握っていた。
『妖精の雫』——
家族のために世界を変えた優しい人が、世界にこぼした欠片。
なんとなく思った。
たぶん、
たまたま
この世界には、たくさんの欠片たちが沈んでいる。
この星に生きる人たちが誰かを愛し、涙を流し、そうして
「想いが積み重なって、世界はできてる。だから……」
ペンダントを握りながら、みんなの顔を見詰めながら、僕は言った。
「みんなに、星の守りがありますように」
※※※
言葉と同時、ぶわりと。
会場に、花びらが舞う。
どこで咲いたのか、どこから摘んできたのか、いったい誰が集めてきたのか——季節外れの花びらたちが、みんなの頭上に舞う。
「わあ! ありがと!!」
ミントが両手を広げながらくるくるとその場で回り、喜びの声が溶けていく。
その場にいた半分以上の者たちは、訳がわからないとばかりにぽかんと驚き、それでも微笑みを浮かべ、或いはすごいすごいと騒ぎながら、花吹雪の降り注ぐに任せる。
ミントの頭上、ショコラの背中、カレンの胸元、母さんの肩、そしてポチの鼻先。
得意げににやにやする小さないたずらっ子たち。
僕は空を見上げた。
秋晴れの青を眺めながら、花の香りを吸い込みながら、人々の笑い声を聞きながら。
——————————————————
第六章『街に灯り、星の守り、人は巡り』でした。
スイたちにとって近くて遠い場所、シデラ。そこに住む人々にスポットを当ててお送りしました。
脇役を中心に据えた少し箸休め的な章でしたが、彼らもまたこの世界に生きて暮らしており、その光景を描けたのはとても良かったと想います。
次回からは第七章です。
今度は少し趣を変えて、冒険です。
森の中にあるエルフの里へ向かいます。
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