だから大切なあなたたちへ

 市場いちばで食材を買い込んだ。

 ショコラと街の周りをぐるりと散歩した。

 ミントと思う存分遊んだ。

 ノアたちとのんびりくつろいだ。

 夜は、カレンとぐっすり眠った。


 そうして、いよいよパーティーの日がやってくる。


「母さん、こっちの皿と飲み物、いい感じに冷やしてもらえる? カレンはこの皿を運んで」

「ええ、了解よ」

「ん、任せて」


「ミント、おばあさまと一緒に、手伝ってくれる? この野菜をすりおろさなきゃいけないんだ」

「うーっ! おまかしあれ!」

「あらあら、張り切っていますね。怪我をしないようにゆっくりですよ。ほら、ばあばのお膝にいらっしゃい」


「ノア、オーブンを見といてくれ。いい頃合いで出しといてほしい。パルケルさんは盛り付けをお願いできますか?」

「よし、わかった」

美的感覚センスが問われるなあ。腕が鳴る」


「ショコラとポチは妖精たちが暇しないよう遊んであげてくれるか?」

「わふっ、わんっ!」

「きゅるるっ」


 みんなにも手伝ってもらい、朝からてんやわんやで準備を進める。気分は飲食店のバイトである——いや、飲食店のバイトやったことないから単にイメージで語ってるんだけど。


 パーティー会場はノアの屋敷だ。

 庭の一角に大きなテーブルを据え、立食形式で行う。人数が多いのと、秋晴れのいい日和ひよりだったから、やっぱ屋外でしょってことで。


 定刻——お昼前となり姿を見せ始める招待客たち。


 まずはベルデさんとシュナイさん。

 それからエジェティアの双子。

 続いてリラさんとそのご家族、四人。

 更にはトモエさん一家、八人。

 最後にノビィウームさん夫妻——。


 初対面の人も多いので、

「この度はお招きにあずかりまして」

「いえいえようこそいらっしゃいました」

 ……みたいな挨拶が山ほど繰り返されたがまあそれはそれ。


 みんな平服で、気取ったところなどなにもない。

 けれどふた組の夫婦を祝うためのパーティーが——始まった。



※※※



 テーブルに食事を並べていく。

 腕によりをかけるのはもちろんだけど、メニューにもこだわった。


 メインとなるのはギーギー鳥の丸焼き。

 お腹に丸芋まるいもと香味野菜を詰め、表面に水飴を塗り、じっくりと遠火で仕上げた一品だ。


 加えて鋸鮭のこぎりじゃけの蒸しもの。これはもちろん、市場で昨日購入したやつ——トモエさんの弟さんが釣った魚だ。

 キノコや野菜と一緒に、バターをふんだんに使用しつつ、隠し味に醤油を用いた。ずっと家の中でだけの消費に留めていた地球あっちの調味料を、今回だけは解禁したのだ。


 つまり和風の味付けを施した品も、いくつか混じらせている。


 つのボアの味噌焼き。

 昆布で出汁を取り、魚の肝を浮かべた澄まし汁。

 醤油とみりんで味付けをした根菜の煮込み——などなど。

 サラダや汁物にも豆腐をちょいちょい入れている。


 僕が境界融蝕ゆうしょく現象で世界を渡った人間というのはみんなが知っていることなので『あっちの料理』と言っておけばまあ、深く詮索されることもないだろう。


 もちろん、コンソメ料理もたくさん用意した。


 ベーコンと野菜を煮込んだポトフ。

 濃いめのコンソメで煮込んだ麦粥。

 コンソメをベースにして味を整えた、肉と野菜の炒め物。


 ただ今回のは、顆粒かりゅうにした即席ではない。

 硬水を使い、牛の腱や魚の頭を用いたブイヨンに野菜を加えて煮込み、出てきたアクをひたすら取り除いて作った、正式な本物のコンソメスープだ。


 顆粒コンソメも美味しいものだけど、さすがにここまで手間をかけるとレベルが違う。ブイヨンだけでも八時間とかかかったし、完成までにほぼ丸一日を費やした。


 とはいえそこでは終わらない。

 もちろんサイドメニュー、パン類や副菜、デザートも充実させている。


 まずは、胡麻ごま料理。

 ノアが王都から山ほどを持ち帰ってくれたので、遠慮なく使わせてもらった。


 り胡麻をふんだんに入れた薄パンチャパティー

 トマトとチーズのピザにもペーストを塗ってみた。

 それにお菓子のひとつとしてハルヴァと、もちろん胡麻豆腐も。

 胡麻豆腐はだし汁をかけたり、蒸し野菜を添えたり、糖蜜とクリームを乗せたり、いろんなジャンルで大活躍だ。


 そしてハルヴァも含めたお菓子類——色とりどりのデザートたち。


 レアチーズケーキ、ミルクレープ、それにシュトレン。この世界に来て僕がトモエさんに教えたものを思い付く限りこしらえた。どれもこれも材料から厳選し、気合を入れた品々だ。シュトレンは半月ほどを寝かせたやつなので、味もかなりこなれている。


 他にも、ポチやミントのために野菜類を充実させつつ、妖精さんたちがこっそり食べられるようカットフルーツも山盛り。豆乳セーキなどの飲み物も取り揃えた。

 ショコラにはミルクとドッグフードに加え、人間用の料理で用いた材料を使って作った無塩の煮込みなど。


 ここにいる人たちすべてが楽しめるよう。

 ここにいる者たちすべてに喜んでもらえるよう。


 家族と友達の助けを借りながら、僕は全力で手を尽くしたのだった。



※※※



 テーブルに所狭しと並べられた品を、みんなが美味しそうに食べてくれる。



「おうスイ、『神無かんなぎ』は役に立ったか?」

「料理上手だと聞いちゃいたけど、美味いもんだねえ。あたしゃ驚いたよ」


 ノビィウームさんとスプルディーアさんの夫婦が、大ジョッキを片手に肉を齧っていた。

 僕は腰に差した包丁を、ぽんと叩いてみせる。


「ようやく約束が果たせました……僕の料理をあなたに食べてもらう約束が。どうですか? 『鉄』の称号持ちが打った傑作に見合う出来に、なってますか?」


 ノビィウームさんは無言で杯を掲げた。

 彼の目には誇りと、それから喜びが満ちていた。



「美味しいわ。今度はお返しに、エルフの料理を振る舞ってあげる。……私たちにできるのは、通り一遍の家庭料理くらいなんだけど」

「いやまったく感服したよ。魔女も怯える魔導士が、凄腕の料理人でもあったとはね」


 エジェティアの双子が呆れ半分、感心半分で僕を褒めてくれる。豆腐を気に入ったようで、冷奴ひややっこを美味しそうにスプーンで掬っていた。ひょっとしたら日本人の遺伝子がそうさせてんのかな……。


「まあカレンは家庭料理もできそうにないし、私たち程度の腕でもまんぞ……いえなんでもないわ。じゃあ師匠たちにお祝い言いたいからこれで!」


 ノエミさんが顔を青ざめさせてそそくさと去っていった。僕の背後でみどり色の魔力が一瞬だけぞわってなったよね。



「これ全部、トモエ姉ちゃんの店で出させてもらってんですよね。……頭が上がんねえや」

「スイさん、ありがとうございます! ケーキ、どれも美味いです」


 昨日出会った兄弟が、トモエさんの一家を連れてきた。

 大家族だ。お母さんと、お子さんが六人。

 トモエさんを含めたら七人きょうだいか。顔だちと年齢を見るに、漁師の弟さんが一番下だろう。

 当のトモエさんはシュナイさんと一緒にいるので、彼女を除いた七人——前に出たのは中年の女性。トモエさんによく似た綺麗な人だ。


 一家のお母さんが、僕へ頭を下げた。

 

「娘がお世話になりました。この会も、娘のためにありがとうございます。歳が一番上だったばかりにあの子には苦労をかけたんです。それがようやく、自分の幸せを考えてくれた。あの子が幸せになってくれる……私はそれが、嬉しくて」


 言いながら、声を詰まらせる。

 僕ごときでは推し量るのもおこがましいけれど、きっと長年の、忸怩じくじたるものがあったのだろう。


 だから首を振って、そっと声をひそめ、教える。


「僕はなにもしてません。それに、僕が初めて会った時からトモエさんは幸せそうでしたよ。言ってました……家族と一緒に食べた色とりどりのケーキが、自分にとって幸せの味なんだ、って。本人には内緒ですよ?」



「スイっちー! ありがとねーほんと。あ、こっちうちのお父さんとお母さんとおばあちゃん」


 手をぶんぶん振りながらやってきたのはリラさんだった。

 後から続くご家族が三人、口々に挨拶してくれる。


「父です。騒がしい娘ですまない。いやあ、こんな会を開いてもらって」

「これは私たちが歳を取ってからできた子でねえ。頭はよかったけど、魔導はからきしで、おまけにこんな性格で、本当どうしたもんかと。それがあのベルデさんを捕まえるんだから、わかんないもんですよ本当に」

「ありがとうね。生きているうちに、孫が嫁ぐのを見られて感謝しとるよ」


 おそらく五十歳前後くらいのご両親と、七十はいっているだろう、腰の曲がったお婆さん。みんな歳相応の見かけで、きっとリラさんと同様、魔力がそんなにないのだろう。


 僕がご家族に頭を下げていると、


「あのさ。ウチね、お礼言いたいんよ。パーティーのことももちろんなんだけど、これ」


 リラさんは片手に持っていたお椀を、僕に見せてきた。


 白い陶磁器でできたそれに満たされていたのは、スープ。

 透き通った琥珀色をした——豆腐と胡麻豆腐の浮かんだ、コンソメスープだ。


「これ、あの粉のやつと同じ味だけど、もっとすごいじゃん。深いっていうか、濃いっていうか。なんか、すごい綺麗だし」

「ああ、元々、顆粒コンソメはこのスープを即席でできるようにしたやつなんだ」


「ウチでも作れる? あとこの中に入ってる柔らかいやつも!」

「めちゃくちゃ手間と時間がかかるし、材料もいっぱい使うけど、丁寧にやれば大丈夫。豆腐と胡麻豆腐も作り方自体はそんなに難しいものじゃないから、今度、レシピを教えるよ」


「ほんと!? やった! ありありねー!」


 満面の笑みを浮かべて僕の手を握ってぶんぶん振ってくる。

 ひとしきりそうやった後、背後を振り向き、足を屈めて。


 自分の祖母と、視線を合わせた。


「おばあちゃん。ウチ、これ、いっぱい作るからね。旦那さまだけじゃなくておばあちゃんにも作ったげるからね。お嫁に行っても毎日、顔を見せにくるからね。だから……うんと長生きしてね。ずっとずっと、ウチのおばあちゃんでいてね?」


 僕から背中を向けているリラさんが、どんな顔をしているのかはわからない。

 ただ、彼女のお婆ちゃんは。


「やれやれ。あんたにそう言われたら、この老いぼれももう少し頑張らなきゃいけないじゃないか」


 もごもごとした声。確か、歯がお悪いんだっけか。

 それでもお婆さんは——曲がった腰をあげて手を伸ばし、リラさんの頭を優しく撫でながら、言った。


「リラ。いい子だね。……幸せにおなり」


 そのひと言には、万感が込められていて。

 たぶんこの場にいるみんなが、ふた組の夫婦に思っていることでもあって。


 リラさんが肩を震わせながらお婆さんに抱きついた。

 ご両親が穏やかな顔でふたりを見守っている。




 僕もまた目を閉じて、思う。

 ——どうか彼らが、幸せでありますように。

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