備えていろいろ買い込んで

 と、いうわけで。

 嵐を前に、物資調達と様子見を兼ねてシデラへとおもむいた。



※※※



「家は晴れてたのに、シデラはけっこう降ってるね。嵐が近くにあるからかな」

「ん、でも進路からして、こっちにくることはないみたい。よかった」

「そうだね。……ただその分、我が家に直撃しそうな気がするぞ」


 僕とカレンは、大通りを歩きながらそんな会話を交わす。


 四季シキさんから話を聞いてひと晩。その間にも嵐は移動し続けており、この街の天候を崩していた。とはいえカレンの言う通り、かろうじて端っこに引っかかってる、くらいなもののようで、雨足はともかく風はさほどでもない。


 とはいえ空からはざあざあと、絶え間なく雨が落ちてきている。そのままだとずぶ濡れになるので、雨具を使っていた。


「それにしても面白いな、この傘。魔物の素材でできてるんだっけ?」

「確か、白蜘蛛しろくもの絹と鰐蛙わにがえるの皮を貼り合わせて作ってる」

「構造が単純だからなんだか和傘っぽいんだよね。骨もそんなに多くないし」

「わがさ?」

「日本に昔からあるやつだよ」


 ビニール傘やナイロン傘よりも厚手で、不思議な光沢がある。蛙の皮を蜘蛛絹スパイダーシルクで挟み込んでいるらしく、断水性が高くて、かつ乾燥も早いそうだ。


 ちなみに去年の雨季の際に買った市販品。家じゃほとんど使うことがなかったけど、街に出かける時くらいはね。


 けっこう大きいのでひとつにふたりで入っているのだが——相合傘で手を繋いでいると、安心するような恥ずかしいような、嬉しいようなこそばゆいような、そんな気持ちで頬が熱くなる。


「わふっ……わう」

「お前もご機嫌だな。その合羽かっぱ、どうだ?」

「わんっ!」

「ああ、似合ってるぞ」


 傍らを歩くショコラには、合羽——レインコートを着せている。

 こっちは素材を取り寄せて専用にあつらえてもらったやつだ。つまりオーダーメイドなのである。……贅沢ぜいたくものめ。


 身体をぐるっと覆い、頭にはフード付き。ショコラは雨に関しては実に気分屋で、好んで打たれに行く時もあれば、濡れるのをいとって外に出たがらない時もある。だけどこのレインコートはそこそこお気に入りのようで、着せようとしても嫌がらないし、着せれば楽しげに外ではしゃぐのである。


 たぶん、降ってくる雨が弾かれる感触が面白いのだろう。


 濡れた石畳をぺしゃぺしゃ歩くショコラを眺めながら、荷物の詰まった背嚢リュックの肩帯を撫でる。もうすでに買い物は終わっており、なかなかの重量だった。


「家と街で天気が違うのを見ると、やっぱ『うろの森』ってでかいんだなって思う。面積どれくらいあるんだろう」

「森全体で、ソルクス王国の国土の四分の一って前に聞いたことがある。王国の国土は大陸の三分の一くらいあるから……えっと」

「大陸の十二分の一。八パーセントちょっとだね」

「むう。私も計算してたのに……」


 頬をぷくーとさせるカレンに苦笑しつつ、大陸の一割弱ってのはかなりのもんだなあとしみじみする。そこがまるまる未採掘資源の宝庫だというのだから、とんでもない——もっとも、魔物や変異種たちのせいで大部分は実質的に採掘不可能なのだから資源と呼べるのかどうかはわからないけれど。


 そりゃあ、冒険者たちによる表層部の探索だけでシデラが潤うわけだ。


 ちなみに買い物をする前、ギルドに寄ってクリシェさんに嵐のことを伝えてきた。すでにおばあさまが連絡を送っていたので二度手間ではあるが、実際に話を聞いてみたくあったのだ。


 それによると、シデラが嵐になることはたまにあるらしい。五年か十年に一回レベルで暴風域に入るようだ。ただ、それも加味してきちんと都市設計をしているようで、天変地異レベルのものでも来ない限り大丈夫だとのこと。


 ——元々、『虚の森』から魔物が襲ってきても防衛できるようにしてあるからな。重要な建物は煉瓦造りだし、避難場所もある。お前たちは自分らの心配をしとけ。


 そう言ってにやりと不敵に笑ったクリシェさんの頼もしさに、僕らは安堵したのだった。


「ギルドマスターにしか挨拶できなかったのが残念」

「まあ、今回はさすがにね。雨の中でジ・リズを待たせちゃってるし急がないと」

「わふっ」


 ジ・リズとしては雨に打たれるのも特段気にならないそうだけど、それでもこちらとしては申し訳ない。


「ところでスイ、食料の調達……そんなにたくさんの丸芋まるいもをなにに使うの?」


 と、歩みを進めながらカレンが、パンパンに膨らんだ僕のリュックを見ながら問うてくる。


 彼女の言う通り、荷物の半分近くは丸芋で占められていた。


「うん。せっかくだから、嵐ならではの料理を作ろうと思ってさ」

「……どういうこと? 嵐ならでは? 風とか雨を利用して作ったりするの?」

「いや、そういうんじゃないよ。日本の風習みたいなもん」


 丸芋は、地球のジャガイモによく似ている。ジャガイモよりも幾分ねっとりしているものの、荒く潰せばあの感を出すことは可能だ。


 他にもタマネギ、卵、それからパン粉に香辛料。家の備蓄と合わせて、必要なはすべて揃えることができた。


「僕の住んでた日本はさ、毎年、けっこうな頻度で嵐に見舞われてたんだ……『台風』っていうんだけど。で、なんでそうなったのかはよくわからないんだけど、台風が来るとこの料理を食べる、みたいなやつがあってさ。嵐の話を聞いてそれをちょっと思い出した。だから、せっかくだし作ろうと思って」


「どんな料理なの? 私たち、食べたことある?」

「あるよ。何度か、食卓に出したこともある。でもそうだな……よく考えたら、メインにしたことはなかったかもしれない」


 これは僕が献立を組む時の癖なんだけど、炭水化物をおかずに炭水化物お米を食べるということを極力避ける傾向がある。だからを『今日のおかずです!』ってドンと出すことは、波多野家でも滅多にしてこなかったし、ハタノ家ではたぶん一度もない。


「こっちじゃ、れた肉をいかに消費するかみたいなところもあったもんなあ。丸芋に混ぜるよりも、がっつりした肉料理の方をまず考えちゃう」


 だけど台風——嵐はいい機会だ。

 こっちにはなさそうな料理だし、おばあさまも来ているし。食卓に山盛り、乗せてみるのも悪くはない。


 期待に満ちたカレンに微笑みかけながら、僕はその料理の名を口にする。




「コロッケっていう料理だよ。いろんなやつを作るから、楽しみにしてて」





——————————————————

 コロッケ「台風、お前には俺の引き立て役になってもらう」



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※12/01追記

 次回更新は本日18:00頃となります!



【告知】

①書籍版が3巻まで発売中です!

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 各巻に書き下ろしシーンもあるよ。

 また来年には四巻も発売予定です。

 どうぞよろしくお願いします。


②コミカライズが連載中です!

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 少年エースplusにて。他、カドコミやニコニコ漫画にも掲載中です。

 11/20に最新話更新です。是非とも読んでみてください。


③本作の外伝SSをアップしています。

https://kakuyomu.jp/works/16817330668886932537

 現状はクリスマスの掌編のみですが、今後、季節やイベントごとに新しいものを投下する予定なので、よければこちらもチェックしてみてくだされば。

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