充分に備えを済ませたら
シデラから家へ戻ると、雨足はだいぶ弱くなっていた。
ただこれは単に、まだこの近辺が暴風域に入っていないというだけだ。
おそらくあと
「
「うむ、心配ではあるなあ。だが嵐は発生した時が最も強く、北上するに従って弱くなっていく。
庭に降りたジ・リズと、そんな会話を交わす。
「里が嵐に見舞われたことはあるの?」
「ああ、ある。故に、備えに関しては案ずるな。いざとなればラミアたちは、儂らの棲まう洞穴に避難させればいい。家は壊れるかもしれんが、元々そのように造ってある」
「そっか。家を建て直す時とか、手伝えることがあったら遠慮なく言ってね」
僕の魔導で小屋に『不滅』の特性を付与する——なんてことも一瞬だけ考えたものの、かえって彼女たちの生活を害するだろうとすぐに思い直した。
災害に
ここで僕が壊れない家なんかを提供したら、彼女たちの培ってきた建築技術を途絶えさせてしまう。遥か未来、僕の魔術が解けた後、数世代後のラミアさんたちは生活を行き詰まらせることになるのだ。
「材木の提供とかならお節介にはならないかな?」
「おう、そいつは助かる。いざその時になったら頼むとしよう」
……なので、そのくらいに留めておくのがいい。
僕の意図を察したのか、ジ・リズは優しい目をしながら牙を覗かせた。
「では、儂は帰る。ぬしらも気を付けるのだぞ。いかに結界があるとはいえ、油断は禁物だ」
「うん、ありがとう」
そうして翼をはためかせ、宙へ舞い上がると北の空へ去っていった。——小雨の中、鱗をきらめかせながら。
竜の姿が見えなくなった後、僕はよし、と頷く。
荷物を抱えたカレンと、出迎えてくれた母さんたちに視線を遣るのであった。
「まだ雨の少ない今のうちに、我が家も準備をしておこうか。万が一が起きちゃいけないからね」
※※※
まずは畑だ。
暴風雨になったとして、結界があるから家の敷地内に被害が出ることは考えにくい。冬に積雪した時みたいに、いろいろ防いではくれるはず。ただそれでもノーガードというのは怖かった。
そこで風除けのネットで四方を囲う。
「ミント、じゃああっちに向かって張っていくよ」
「うーっ! くるくる、するよっ」
ネットは木綿と蜘蛛糸を編んだもので、シデラの倉庫に眠っていたものを発掘した。
そのものずばり、農業用だそうだ。防風、防虫、日除けなど、用途は多岐にわたる。蜘蛛のフェロモンのおかげか、特に防虫に効果が強いらしい。
「夏に向けても使い回しできそうだな、これ」
丸まっているそれの端を杭に縫い付けて、伸ばしながら広げていく。ミントがお手伝いをしてくれているが、巻かれた網を解く作業が楽しいようできゃっきゃとはしゃいでいた。
「このあみで、ぐるっといっしゅうするの?」
「うん。風を弱めて野菜たちを守ってもらうんだ。出入り口は……まあ今回はいっか、またげば」
僕の胸ほどの高さで四角く囲ったものだから、普通に歩くのじゃ侵入できなくなってしまっている。まあ、
雨季が明けたら本格的に、畑の囲いを作ってみようかな。きちんと柵で囲んで、出入りできるゲートも付けて、必要に応じてネットを取り外しできるような感じで。
「スイ、ポチの水飲み場。上の沢を
「ありがとう」
カレンが牧場の方から戻ってくる。肩に担がれているのは水路と水桶を繋いでいたホースだ。
嵐が来て、もし沢の水量が増えたりしたらU字溝が溢れてしまう。ゴミも詰まるかもしれない。なので一時的に流れを断っておくことにした。
「ん。ホースはどこにしまっておく?」
「家の倉庫にしまっておこう。水路を開けるのは、雨季が終わった後でいいかもね」
「ね、すい。ぽちのおうち、へいきかな……?」
「雨漏り対策はしてるし、冬も積雪に耐えたから大丈夫だとは思う。でも念のため、夜の間はショコラに一緒にいてもらおうかな……あれ、ショコラは? カレン、一緒じゃないの?」
ミントの問いに答えていてふと、我が家の愛犬の姿がないことに気付く。
「カレンと一緒に行ったと思ったけど……」
「私は知らない。スイたちのところにいるとばかり」
「いないよ? いえのなかかな?」
母さんとおばあさまには家の中の準備——雨戸のチェックをしてもらっている。窓という窓を見て回って、雨戸がちゃんと締まるかの確認作業だ。ショコラには退屈なやつだろうから、わざわざついて回るとも思えないんだけど……。
「どこ行ったんだろ」
「わん!」
——と、視線を巡らせていると。
門をくぐってひょっこりと、ショコラが入ってくる。というより、帰ってくる。
「お前、どこ行ってたんだ?」
「わふっ」
街に行く時に着せていたレインコートはもうとうに脱がせていたから、毛並みには小雨の雫が滴っている。それだけではなく、あちこちが泥で汚れていた。
「森の中を歩き回った後みたいだな……遊んでたとか?」
「ふすっ……わうわうっ!」
「違うのか。なんだろ」
僕の問いを否定するように吠えるショコラだが、残念なことに、具体的になにをしていたのかはいまいち伝わらない。
ミントとカレンと顔を見合わせても、ふたりとも首を傾げるばかり。
ともあれ、だ。
「ひとりでふらっといなくなると心配しちゃうから、ひと声かけてくれな」
「くぅーん……わふう」
僕はショコラの前にしゃがみ、頭をわしわしと撫でた。冷たい水が毛を伝い、指の隙間へじっとりと滲みていく。
ショコラは賢いやつだから、たとえひとりであっても迷子になったりはしないし、どんな魔物に出会っても危機に陥ることはないだろう。大声で呼べばどこにいても必ず、家まですぐに帰ってきてくれもするはずだ。
それでもやっぱり、行き先もわからずいなくなられるっていうのは少し、怖い。
「くぅーん。きゅう……」
「うん、僕もごめんな。過保護なのはわかってるんだ」
身体を寄せてくるショコラを思う存分わしゃわしゃする。跳ねてくる水滴を頬に受けながら、僕は立ち上がった。
「さて、あらかたの準備は終わったし、ひとまず家に入ろうか。これできっと本格的に嵐が来ても大丈夫だよ」
「すい、ころっけ、きょうつくるの?」
「うーん、まだおあずけだなあ。嵐が本格的に来てからだね」
「そっかあ……。でも、みんとは、まてるよっ! あしたかな? そのつぎかな?」
嵐のことを初めて聞いた時にはちょっと不安げだったミントも、すっかりコロッケに塗り替えられたようだ。たぶん日本のミーム——台風コロッケにも、こういう効果があったんだろうな。気を逸らして、怖いことを楽しみなことに変えてしまうみたいな。
母さんが家の中、掃き出し窓の向こうから、畳んだバスタオルを手にこっちを見ている。僕は手を振ると、みんなを促した。
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ショコラはいったいどこでなにをしてきたんでしょう。
次回からいよいよ台風。楽しいおこもりです。
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ランキングが上がり、より多くの方の目にとまるようになると知ってもらえる機会が増えていきます。どうかこの作品を一緒に育てていってください!
※12/14追記
ちょっとドタバタしており更新が遅くなってしまってすみません!
次話は明日(12/15)18:00頃に投稿いたします。
【告知】
①書籍版が3巻まで発売中です!
https://www.kadokawa.co.jp/product/322404001213/
各巻に書き下ろしシーンもあるよ。
また来年1/17には4巻が発売予定です。
どうぞよろしくお願いします。
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少年エースplusにて。他、カドコミやニコニコ漫画にも掲載中です。
最新話更新は12/20。コミック1巻は来年1/24の発売予定です。
是非とも読んでみてください!
③本作の外伝SSをアップしています。
https://kakuyomu.jp/works/16817330668886932537
現状はクリスマスの掌編のみですが、今後、季節やイベントごとに新しいものを投下する予定なので、よければこちらもチェックしてみてくだされば。
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