やがて風と雨が来る

 ひと晩経ち、森の中はざわめき始めていた。



 あくる日の朝。


「……だいぶ、うるさくなってきたわね」


 誰からともなく目覚めた僕らはリビングに集まっていて、母さんが少し眉をひそめながら掃き出し窓の前に立つ。

 外から聞こえてくるのはびゅうびゅうという風の音、ざあざあという雨の音、そしてそのふたつが森の木々を打ち付けて揺らす、ごうごうという不気味な音。


「ちょっと、怖い」


 カレンが不安げに僕の袖をぎゅっと掴む。


「大丈夫だよ」


 とそれに応えつつ、


「ミントは外で寝てたけど、平気だった?」

「かぜ、すごくなってめがさめた!」


 リビングのソファー、セーラリンデおばあさまの膝に鎮座ちんざしたミントに問う。


 にこにこと焼き菓子クッキーを頬張っている様子はまったく怯えていないようだけど、肝が据わっているのか嵐のことを知らないが故なのかはちょっとわからないな……。


「音とか風の強さが不安かもしれないけど、我が家は結界が働いてるし、問題ないよ。安心して、カレン。僕は日本にいた頃、何度も経験してるから」

「……ん」


 微笑みかけて肩を抱くと、嬉しそうに薄く笑むカレン。


「ちょっと厩舎に行ってくるね」


 嵐の音は騒がしくとも、リビングの雰囲気はほっこりしていて悪くない。なのでサンダルを引っ掛けて玄関から外に出る。


「ひゃー、こっちやっぱ台風直撃したか! おはようスイくん、平気そう?」

「あ、おはようございますアリスさん。まあ見ての通りですよ。結界がちゃんと守ってくれてる」


 イングリッシュガーデンを横切る際、茂みからひょっこりと顔を出したのはアリスさんだ。忙しい中、様子を見にきてくれたのだろう。


「確かに、散ってる葉っぱは全部、外からのものばっかだねえ」

「ええ。雨も減衰げんすいしてるみたいだ」


 家の外——というか、我が家とその周囲はけっこう興味深いことになっていた。

 結界が、激しい風雨によって可視化されていたのだ。


 吹き荒ぶ風と打ち付ける雨は、森の木々を激しく揺らしている。葉が舞い散り、枝が今にも折れそうで、幹すらもしなっていた。だけど僕の結界はそれらすべての侵入を許さない。故に、風と雨を遮断する様子が透明なドームとして目に見えるのである。


「すごい魔導だねー。こんなの四季シキたちにも、昔のうちらにもできなかったよ」

「アリスさんは嵐にった経験、あるんですか?」

「そりゃあね、二百年も生きてると。……っと、さすがにそんな世間話をここでするのは空気読めてないね。雨が完全に防がれてるわけでもないし」


 降雨も、庭や家屋に影響が出ない程度には結界を通過する。感覚としては傘が必要かどうか迷う、ってくらい。立ち話はさすがにちょっとアレだな……。


 アリスさんに挨拶とお礼をし、別れる。『妖精境域ティル・ナ・ノーグ』は天候なんて関係ないから心配の必要はない。まあ、嵐が去ったらまた改めて食事にでも誘おうか。


 ともあれまずは、ポチとショコラだ。


 牧場へ行くと、すでに二匹ふたりとも起きていた。ポチは屋外に出て草を食んでいる。ショコラは厩舎の中で雨を避けていて——、


「……あ」

「わおんっ!」


 僕を認めて吠えるショコラの背後に。

 別の巨きな影が、にゅうっと現れる。


「なるほど。昨日どっか行ってたのは、か」

「わふう……」


 苦笑する僕へ、ちょっとご機嫌伺いするみたいに上目遣いするショコラ。

 そうしてすすっと横にずれる。


 影——刀牙虎スミロドンの一家と、僕を引き合わせるように。


「こいつらのねぐら、嵐はきつそうだもんな。それでお前、昨日、ここに避難しないかって誘いに行ったのか」

「くぅーん……」

「大丈夫。もちろんいいよ。お前はかしこいなあ」


 厩舎に入り、ショコラの頭をわしゃわしゃと撫でる。


 すると後ろにいた母猫もでかい図体をのっそりと寄せてきて、ぐるるるるる、と喉を鳴らす。三匹の子猫たちもわきまえているのか、さすがに僕を威嚇いかくしたりはしない。


「……というかひょっとして、昨夜ゆうべにはもう来てたとか?」

「わうっ」

「広さ的にはぜんぜんOKではある、けど……」


 厩舎はかなり余裕をもって建ててある。ポチの他に甲亜竜タラスクがもういち二頭にとうは飼えるくらいだ——いまのところその予定はないけども。


 だから刀牙虎スミロドンの親子が寝起きするにも充分なのだが、

 

「ポチは平気だったの?」

「きゅる?」


 僕の姿を認めてのそのそ歩んできたポチが、大きな頭を傾ける。


 甲亜竜タラスク刀牙虎スミロドンはそもそも捕食関係にない。それでも、草食動物のさがとして肉食動物が近くにいると不安がるかもと懸念を抱いた……のも一瞬。


「……平気そうだなあ」

「きゅるるっ!」


 みいみいとポチの足元を駆け回る子猫たちと、その様子を穏やかな視線で眺めるポチ。母猫の方も優しげな目をしてそれを見守っている。


「まあ肉食っていうならショコラだってそうだしな。それに強さも、刀牙虎スミロドンには悪いけどうちのポチの方が……」


「きゅるっ」

「わんっ!」


 ハタノ家にやってきて以降、ポチはこの土地の魔力をもりもり吸収している。たぶん普通の甲亜竜タラスクとはもはや別物だ。


「嵐が過ぎるまで仲良くやれるように、ショコラがしっかり見てるんだぞ」

「わふ、わおんっ!」


 厩舎に入り、雨漏りがないか、干し草ベッドが腐ってないかを確認する。雨は大丈夫だけどさすがに干し草はじっとり湿ってしまっているから、あとでカレンに水分を抜いてもらわなきゃ。


 ——などと思案していると。


「すい! みんともぽちとしょこらに、おはようってい……ふおおお!? みゃあたちだっ!!」


 家の方から僕を追いかけてきたミントが刀牙虎スミロドンの一家に気付き、ぱあっと顔を明るくさせた。


「みゃあたち、どうしたの?」

「わふ」

「しょこらがつれてきたの? そっか、だからうちにおとまりだ!」

「わうっ!」


 とてとてと走ってきて、母猫の首へ抱きつく。子猫たちもミントに飛びついてじゃれ始めた。


「かぜ、びゅうびゅうだね。でも、みんとのおうちならへいきだよっ」


 ごろろろろろ、と喉を鳴らす母刀牙虎スミロドン

 みいみいみい、と楽しそうにする子猫たち。




「……こいつらのご飯も、用意してやんなきゃなあ」

「わふっ?」

「さすがのお前も、そこまで気が回らなかったか」

「くぅーん?」


 こっちを怪訝に見上げてくるショコラの顎下をわしゃわしゃしながら、僕はなんとなく楽しい気分になった。

 外ではびゅうびゅうと、嵐がやかましいっていうのにさ。




——————————————————

 本章はじっくり日常を描きたいと思っており、そのためお話の進みもかなりのんびりしたものとなっております。

 一年めのスイくんの暮らしはなんだかんだいろいろあり、けっこう慌ただしく過ぎていった感じがあったので……。


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【4巻1/17】母をたずねて、異世界に。〜実はこっちが故郷らしいので、再会した家族と幸せになります〜 藤原祐 @fujiwarayu

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