久しぶりに一家揃って
ソルクス王国の平民に、結婚式をする習慣はない。
結婚する場合は役所へ届け出て終わりで、もちろん双方の両親に挨拶をしたり夫婦で暮らすための引っ越しをしたりなどはあるにせよ、必要なのはそういう実務的な手続きだけだ。婚姻そのものを周囲へお披露目するのは貴族的な振る舞い、みたいな認識らしい。
とはいえ、祝い事であることは確かであり、祝ったらいけない決まりもない。
そんなわけで。
僕らハタノ家は、ベルデさんとリラさん、シュナイさんとトモエさんをお祝いしにシデラヘ赴くことにした。
少人数でジ・リズの背中に乗って——ではない。
一家全員でポチに
「前に向こうからこっちに帰ってきた時は半月かかったっけ。そのくらいを見ておけばいいかな?」
「うーん……今なら一週間くらいで行けるんじゃないかしら」
そのことが決まった日、母さんは思案しながら驚くべきことを言った。
「一週間って、半分だよ?」
「この前はポチも初めてだったから、余裕を持ってゆっくり帰ったでしょう? でも今はもう、あの子も森を進むことに慣れているわ。それに加えて……スイくん、気付いてないかしら? ポチの魔力、この家に来てからぐんぐん上がってるのよ」
「え、まじで……」
指摘されてポチを改めて見る。
「きゅる? きゅるるるっ!」
厩舎の横——ワゴンの点検をしながらだったので、車を牽かせてもらえる気配を感じ取ったそのつぶらな目は期待の光に満ちていた。
「確かに……魔力量、だいぶ大きいな」
普段、食料として狩っている獣たちと同じくらいか、それよりも強いくらいだ。
「ん。ここはそもそも『
「きゅるっ!」
カレンに鼻先をがしがし撫でられて、ポチはご機嫌だ。
「なるほどなあ……」
もちろん、時間が半分になるからといってポチの歩く速さが倍になるわけではない。持久力の上昇により、夜を徹して進む日が多くなるというのが大きい。
「ショコラ、ポチをしっかり守ってやれよ」
「わおんっ!」
任せろとばかりに元気よく吠えるショコラ。まあ、さすがに連日の徹夜はこいつには難しいだろうけど。
旅程を踏まえて、みんなで計画を立てた。
シデラに行き帰りするのであれば、例によって森への禁足措置が必要だ。ただこれがアテナクの調査日程と少しかぶりそう。特例を出してもらうにせよ延期するにせよ、話し合わなければなるまい。
加えて、半月の留守になるから、畑やガーデンの世話をどうするか。
これはあっさりと解決した——なんと、
「代わりに、うちの子たちを街まで連れて行ってもらえるかい?」
「それは全然構いませんけど……僕ら以外に姿を見せるのは、慎重にいきたくあります」
「ええ、もちろん承知しているわ。ただね……わたしたちはあの子たちに、人の営みをちゃんと見てもらいたいの」
「ああ。興味本位や物見遊山ではなく、きちんと思い出として。いつか交流するかもしれない相手として、その時に正面から向き合えるように」
——もちろん、お土産も期待しているわね?
悪戯っぽい表情でそう言ってウインクする、
※※※
さて、そんなこんなで。
あれこれと物資を詰め込み、各所に連絡をして、出発の日がやってくる。
「人の街、ちょっと怖いな……」
「だいじょぶ。でも、私たちからあまり離れないように」
カレンの胸の谷間から頭を出した
「
「うん。あの時とは違った景色が見られそうだ」
母さんの横でぱたぱた飛びながら、興味津々な顔の
「ミントも一回行ったことあるんだよね? わたしは初めてなんだあ」
「うー! まちにはね、ばあばがいるよ! あわせたげるねっ」
「途中、少し南に行ったところにでっかい岩場があるでしょ。あそこ、ぼくらもよく遊びに行くんだあ」
「わふっ?」
「あんた、こんな大きな車を引っ張るの? すごいわね……」
「きゅるるるっ!」
そして
荷物のチェックをしている僕に、母さんが問うてくる。
「スイくん、ノアップたちから返事は来た?」
「うん、昨日、王都を発ったって。僕らと前後してシデラに着くんじゃないかな」
シュトレンを作った日。シデラから家に戻る前、僕はノアに速達を出していた。
ベルデさんたち四人の結婚が決まったこと。エルフの『魔女』が来ていて、森の中層部を調査する依頼を受けたこと。
よかったら彼らの結婚を祝い、ついでに調査も手伝ってくれないか、と。
昨日、
『すぐ戻る』——たったそれだけの短文は、日本のSMSよりもよほど彼らの思いが伝わってくるようで。
「カレンもパルケルさんに会えるの、楽しみだよね」
「ん。お城暮らしで魔導がなまってないか心配。エジェティアの双子とどっちが強いか勝負させてみたい」
「けしかけて高みの見物しようとするのやめようね?」
荷物をすべて積み終えた。
忘れ物もなし。
玄関と窓はちゃんと施錠済。
「こっちのことは任せてくれ。ちゃんと水をやるし、魔力も送るから」
「楽しんできて。わたしたちもふたりきりでのんびりさせてもらうわ」
わいわいがやがやと楽しそうな子供たちを愛おしげに眺めつつ、
「ええ、お願いします。じゃあ、行ってきます!」
僕は御者台に腰掛け、ハーネスをぴしゃりと打ってポチに合図を送った。
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