街の灯りが揺れる
道中は順調だった。
最も
もちろん彼女ひとりにはせず、ローテーションで付き添いを付けながら、
ちなみにミントがもう少し成長すれば、
ともあれそんなこんなで、計算通りにジャスト一週間。
七日め、陽が沈んだのとほぼ同時に——僕らはシデラの街へと到着したのだった。
※※※
出迎えてくれたのはセーラリンデおばあさまと、ノア、パルケルさんだった。
「ばあばー!」
「あらあらミント、ようこそいらっしゃい」
姿を見るや駆け寄っていくミントを、おばあさまはしゃがんで抱き留める。ミントが嬉しそうに頬擦りする姿は微笑ましい。
「スイ!」
「久しぶり、ノア」
そして僕とカレンもまた、ノアとパルケルさんに出迎えられる。
ノアが僕にがっしと抱擁してくるが、こいつ爽やかイケメンだから絵になるんだよな……。僕? たぶん傍目には、ぼんやりしてる感じだと思います。
「パルケル、魔導はなまってない?」
「なにを。ちゃんと訓練してたよ……まあ、実戦から遠ざかっちゃったのは否めない」
カレンとパルケルさんはお互いの拳をこつんと打ち合わせる。
「ノアたちはいつこっちに?」
「昨日だ。屋敷はすぐにでも使えるぞ」
「ありがとう、ご厄介になるよ」
こっちでの滞在には、彼らの屋敷へ泊めてもらうことになっていた。
ノアたちがシデラを空けていたのは三カ月近く。留守の間も、人を雇ってちゃんとメンテしていたらしい。
「ああ、クー・シーさま……ショコラ殿! お変わりなくご健勝なようで安心しました。またお会いできて光栄ですっ」
「……わふぅ……」
「パルケル、やめて。ショコラが戸惑う」
相変わらず
そろそろ慣れとかないと支障が出そうな気がするな……。
そんな婚約者を完全にスルーして、ノアは母さんに声をかけていた。
「
「こっちにいる間お世話になるわね、ノアップ。ファウンティアのことは気にしなくていいわ。母親同士のちょっとした世間話よ」
ちなみに『連絡』の内容は僕についてだったりする。
シュトレンの情報がいつの間にか王都まで届いており、仰天した王妃さまが母さんに
「シュトレン、今夜にでも作ってひとつ贈呈するよ。王都に送ってくれていいから」
「いいのか? すまん……」
「さすがに製法までは開示できないからね?」
「無論だ。母上も、商売に絡もうとは思っていない。将来、普及するかもしれない品なら見ておきたいんだろう。……というかここだけの話、母上と姉上がな、お前の菓子を食べたがっているのだ」
「嬉しいな。じゃあ、普通便で送った方がいいかも。王都に届く頃にはこなれて美味しくなってると思うよ」
「くくっ。普通便で生菓子など、正気の沙汰ではないというのに。……まったく面白いな、お前は」
愉快げに僕の肩をぱんぱん叩いてくるノア。
屈託も憂慮もない、心の底から楽しげな顔だった。
ああ——いい顔をするようになったな、こいつ。
僕が密かに感慨深くなっていると、母さんがミントの背中を押しながらやってきた。
「ほら。こっちよ」
ミントは珍しく、少し固い表情だ。
けれど深呼吸をしながらノアたちの前に立ち、姿勢をしゃんとして、
「はじめまして。みんとだよ! そのせつは、おさわになりました!」
ふたりへ、行儀のいい一礼をした。
「『お世話になりました』ね? ノアップ、パルケル。うちの娘よ」
緊張した面持ちのミント。
対するノアとパルケルさんは穏やかな表情を浮かべ、しゃがんで彼女と視線を合わせる。
「おお、あの時のお子か。壮健そうでなによりだ。俺はノアップ。ノアと呼んでくれ」
「あたしはパルケル。ミントちゃん、よろしくね?」
「のあ、ぱるくる……ぱるける!」
挨拶をもらったミントはにぱっと笑い、いつもの人懐こさを取り戻す。一歩をパルケルさんに歩み寄り、こてりと首を傾けて、
「ぱるけるのおみみ、しょこらといっしょだね!」
——それは。
彼女への、殺し文句であった。
「……っ! ああ、なんて、なんていい子なの! そうなのよ、
「ふおお……いいの?」
「もちろん! ほらほらっ」
「……ねえカレン。獣人って頭に触れる行為は特別なんじゃなかったっけ」
「ん。そのはずだけど、めんどくさいしどうでもいいから放っておこう」
「
パルケルさんの耳をわきわきとするミントと、そんなミントを抱きあげるパルケルさん。まあ本人が楽しそうだしいっか。
「では屋敷へ向かうか。
「まあ殿下、お心遣いに感謝します」
「はは、殿下はやめてくれ。俺はまた、ここで冒険者をやるんだからな!」
森と街を繋ぐ
既に陽は完全に落ち、月は出ていても夜は暗い。だけど大通りの左右には街灯が点っていて、建ち並ぶ家屋の
隣を歩くカレンに、ふと問うた。
「そういえばこの街灯って、どういう仕組みなの?」
「これは
「
「ん。夕方になると、管理してる人が火をつけて回る」
「なるほど……そうなんだ」
今まで全然、気にしてなかった。
もちろん街灯の存在は認知していたけれど、そこにどんな技術があって、どんな人たちが関わっているのか。この街が、どんなふうに日々を回しているのかについて、あまりにも無頓着だった。
灯りひとつにも、人の手がある。
夜間になると自動で街灯が点くような環境で育ったせいか、僕はそのことに今の今まで気付けずにいた。
考えてみれば、地球でも同じだったんだよね。ライトを開発した人がいて、製造してる人がいて、設置する人がいて、管理する人がいて。そして、電気を作る人たちがいて——。
僕らの行く先、足元を照らす光の向こうに誰かがいる。
人の営みは、この秋空の肌寒い夜にも息づいている。
「明日は街を散歩しようか、ショコラ」
「わう、わうわうっ!」
久しぶりにリードを繋いで。
久しぶりに街の中を。
のんびりとじっくりと、眺めながら。
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