友達の事情
お呼ばれされました
でかい。
——ノアくんとパルケルさんの買った家に対する、それが最初の感想だった。
ショコラの脱け毛がおさまってきて、夏の装いになった頃。
彼から
家でやるべき差し迫った作業もなく、はっきり言ってしまえば割と暇だった僕らは、断る理由もなくそのお誘いに頷いた。しかも『なんなら泊まってくれてもいい』という言葉に甘え、二泊三日である。
メンバーは僕とショコラとカレン。母さんは留守番してミントとポチの面倒を見てくれるそうだ。ただ母さんの生活能力が心配だったので、日持ちする惣菜を大量に作った。あとはサトウのごはんをお湯で温めればどうにかなる——料理ができない母さんも、お湯くらいは沸かせるのだ。IHだから火事になる心配もないぞ。
なお、あまりにも心配していたら
とはいえ実際のところ、母さんが「いいから泊まりに行ってきなさい」と言ってくれたのはすごくありがたかった。
もちろん母さんとしては、ノアくんが心配だったというのもあるのだろう。
あとは同年代の友達が僕にまだ少ないのを案じてくれたとか、カレンとパルケルさんが旧交を温められるようにとか、そういう親心も。
ただ僕自身、彼とじっくり話をしてみたかったのだ。
出会った時は王族という地位に圧倒されてしまったけれど、彼の両親と僕の両親はどうやら古い友人らしい。それにセーラリンデおばあさまを介して、血は繋がらないとはいえ親戚でもある。
ノアくんはそういう——考えていたよりもずっと近しいところにいる人だ。もしも僕がトラブルなくこの世界で育っていたら、あるいは幼馴染になっていたかもしれない相手なんだ。
そしてたぶん、向こうもそのことは意識していて。
だから僕に興味を持って、このシデラまで会いに来てくれた。
「いやようこそ、ふたりとも! そしてショコラ殿も」
「お誘いありがとう。お世話になります」
「ん、よろしく」
「わうっ!」
出迎えてくれたノアくんとパルケルさんに挨拶をする。普段は家族以外に塩対応なショコラもしっかり礼儀正しく吠えている。
でもって、
「ジ・リズ殿。我らが客人の送迎、たいへんご足労をおかけした。偉大なる
「うむ、構わんよ。
ノアくんの家がでかいことを物語るように。
ジ・リズは、いつもの街外れの広場ではなく屋敷の庭に降り立っていた。
「それにしても立派な庭であるな。スイの家のよりも広いのではないか?」
「余裕で広いよ。まあ、牧場は置いとくとして」
「今回でなくとも、我が家の庭をいつでも使ってくれ! こちらに降りた方が都合のいい時もあるだろう」
ノアくんの家は街の端にあるのだが、いつも発着に使っている広場とは逆側に位置している。三日月状をした街のとんがった部分、そのちょうど両端だ。
「うむ、儂としてはどちらでも大差ないが、スイたちにはこっちの便利がいい時もあろうな。ま……ともあれ儂は帰るとするぞ。迎えは明後日でいいんだな?」
「うん、いつもありがとう。途中、家に寄っていって。
「そいつはありがたい。
ジ・リズは翼をはためかせ、ふわりと宙に浮いて空へ舞い上がる。風はほとんど巻き起こらず、あっという間に豆粒ほどの大きさに。いつもながらどうなってるんだろうねあれ。物理法則完全に無視してない?
「……
ジ・リズが去った後、パルケルさんがなんだか呆れたような目でそう問うてきた。
「この前まではあんまり見なかったなあ。夏になってよく出るようになった。それでも、毎日ってほどじゃない。週に一回くらい?」
「ん。
「でかいしパワーがあるからショコラもけっこう頑張らなきゃいけないよね」
「わうっ!」
僕らが答えると、彼女は深い溜息を吐く。
「……
そんなに珍しいのかな。
でもそういえば——こっちに転移してきたばかりの頃は、森に出る獣についてカレンがよく解説してくれてたんだよね。ワイバーンとかトゥリヘンドとか。
最近は名前と習性くらいしか教えてくれない。
「どんなにやばいのか説明しても、あんまり驚いてくれないから……」
「まあ、それはそうか……」
カレンがなにかを諦めたような微笑を浮かべ、パルケルさんは肩をすくめる。
驚いてない訳じゃないんだよ、実感がないだけで。だって母さんもカレンもあっという間に倒しちゃうし!
そんな僕らのコミュニケーションギャップに気付いているのかいないのか、ノアくんは僕らを促した。
「いつまでも庭で立ち話するものではないぞ。さあ、入ってくれ!」
※※※
屋敷——『家』というよりそう呼んだ方が適切だ——は、なんというか全体的に「貴族!」って感じだった。
庭の中央に噴水と花壇があり、それらがあってなお、ジ・リズが発着できるほどに大きい。庭の奥にある建物はたぶん二階建てで、屋根や壁の意匠は明らかに庶民が住むようなものではない。正面玄関の大仰な扉を開けると、吹き抜けのロビーと真正面に大階段。
いやほんと、「貴族の屋敷を想像してください」と言われて想像した通りの完璧なやつだこれ。
「使用人さんとかいるの?」
なので、僕の第一声がそれだったのも許してほしい。
「いや、余とパルケルのふたりだ。たまに掃除夫は雇う予定だが、あとは特段、必要でないからな」
「ふたりとも冒険者だからね。料理はどっちも作れるし、お風呂はノアが沸かせるし」
「生活には不自由しないってことか」
見渡してみて気付いたことがある。
調度品の類が少ない——というかほとんどない。
高価そうな壺とか、なんか絵画とか、立派な彫像とか、僕の貧弱な想像力ではあまり思いつかないけれど、ともかく。
きっと屋敷の立派さに似合わぬ、質実な生活をしているのだろう。
ただ——。
「うむ、まずは部屋に案内しよう! 滞在する間、遠慮なく使ってくれ」
正面の大階段をのぼり、廊下に張り付いた客間へ誘われて。うっかりカレンと同部屋になりそうなところを回避しつつ、別室を用意してもらいつつ。
大きなベッドに面食らい、あまりの広さに荷物をどこに置けばいいのかよくわからなくなりながら、僕は疑問に思う。
この屋敷はきっと、本当に貴族が住んでいたようなやつだろう。
ノアくんたちはそれを買い取ってリフォームし、自分たちの家にした。
豪華で、広くてでかくて、確かに王族が所持していても不思議じゃない。
ただ——そう、ただ。
使用人は雇っておらず、普段の家事もふたりで行い、家具は豪華でも調度品はひとつもない。豪邸を買っておきながら、送っているのは地味で慎ましやかな生活。
そのちぐはぐさ、不合理さに、僕は眉をひそめる。
冒険者らしい生活をしているなら、普通の家を買えばいいのに。こんな大きな屋敷じゃなくて、夫婦が住むような一軒家でいいじゃないか。なのにどうして彼らはこんな、まるで王侯貴族であることを周囲に見せ付けるような屋敷に住んでいるんだろう。
それはこの前、母さんが首を傾げていたことにも繋がってるんじゃないか——。
「この三日間で、その辺の話をしてくれるのかな」
「わふう……」
足元に伏せてあくびをするショコラを撫でながら、僕は客間を見渡す。
豪華なベッド、その横に備え付けられためちゃくちゃ高価そうな化粧台の上に、安っぽい水差しが置かれていた。
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すっかり足に使われることが定着したジ・リズですが、実は本人(竜)の方が楽しみにしており、しばらく連絡せずにいると「次はいつ頃になるのだ?」とか催促してきます。
報酬の肉が目当てなのか、あるいはスイたちが遠慮しないように気を遣ってくれているのか。それとも——寿命の違う友達と、できるだけたくさんの時を一緒に過ごしたいのか。
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