天には星、そして
——その日は、朝から晴天だった。
※※※
シデラの街で観測機に特性付与し、街のみんなに託してからおよそ一週間。
ノアとパルケルさん、リックさんとノエミさん、ベルデさんたち。そして僕、カレン、母さん、ジ・リズたちも。
でき得る限りの人員を割き、やり得る限りの速度で、『
トラブルがなかったわけじゃない。
ノアとパルケルさんは二度、リックさんとノエミさんは一度、変異種に遭遇した。そのうちノアたちは一度、逃げきれず戦う羽目になったそうだ。なんとか勝利したからよかったものの、報告を受けた時には肝が冷えた。
ベルデさんたちは予定していた区域のうち、変異種の痕跡が見つかった二箇所で設置を諦めたらしい。ただ安全マージンを大きく取ったおかげで人的被害はなく、ベテランの仕事を見せてくれた。
ちなみに設置できなかったその二箇所については、僕らが代わりに赴いたので問題なしだ。
なんにせよ最終的に、観測機の埋め込みは成功した。
地中にあるし『不滅』の特性も付与してあるから、獣たちに壊されることはほぼないと言っていい。超大型の獣がまるごと飲み込んでしまう可能性はあるものの、大きく移動すればわかる仕組みになっているので、万が一の場合は再設置に行けば済む。この先、予期せぬ事態が起きる可能性はもちろんあるものの、それは運用しながら調整していけばいい。
システムの出力先となる
境界
シデラにおいては冒険者ギルドに専用の部屋を設けてもらったが、我が家ではどこに置くか難儀した。普段は使わない部屋が客間しかなく、でもさすがに客間に鎮座してるのはちょっと……ということで。
結果、ポチの厩舎の横に新しく小屋を建て、そこに設置することにした。ポチの世話をするがてらチェックすることができるし、異変が起きた際はベルが鳴るようになっているので、夜中などでもショコラが教えてくれるだろう。
かくして——。
三日後には年明けというギリギリな感じではあるけれど。
かろうじて年をまたぐことなく、本格的な寒さが来る前に、僕らはやり遂げたのだ。
※※※
冬晴れの空には雲ひとつない。
見上げるとただ
「絶好の打ち上げ日和だ」
「わうっ」
一家——僕、母さん、カレン、ショコラ、ミント、ポチ、それにおばあさま。
みんな揃って庭に出ていた。そこにジ・リズ、
「長いこと生きてきましたが、今年の年の瀬ほど
セーラリンデおばあさまがミントと手を繋ぎながら、しみじみと言う。
「ですが、ひと仕事を終えた今は、気分がよいものですね」
「……ばあば、まだおうちにいる? もうかえっちゃうの?」
「ふふ。年越しを一緒にと、みなが言ってくれましたからね。もうちょっとここにおりますよ」
「むふー! やった!」
ミントがぎゅうっと抱きつくのを受け止めながら、目を細めるおばあさま。
「冬籠りの準備もしっかりやった。おばあさまがいる間は、私たちもゆっくりしよう」
「わふっ! わうわう!」
「きゅるう……」
安堵した顔で力を抜いているカレンと、わかっているのかわかっていないのか鳴き声をあげる、ショコラにポチ。
「懐かしいわ。あの人と一緒に使い魔を打ち上げたのも、こんなふうに晴れた日だった」
母さんは父さんのお墓の
空を仰ぎながら、時折、愛おしげに墓碑へ視線を向けて。
「しかしその形、洒落ているね。UFOだ」
「ええ、わたしも知ってる。アダムスキー……だっけ」
「日本にいた頃、絵本かなにかで見たんだろうね」
「ええ、たぶん、子供の頃。あなたとふたりで」
「……空か」
そんなふたりを横目に、厳かにつぶやいたのはジ・リズだ。
「その奇妙なもの、儂が飛ぶよりも高く打ち上げるのだろ?」
「うん。『虚の森』の全域に魔力が届く範囲じゃないといけないし、ジ・リズと衝突してもまずいしね」
「生きておらんから空気が薄くても問題ないか。まったく、面白いことを考える」
「まあ、僕の考えじゃない。父さんの真似だし……その父さんも、向こうの世界の発想を流用したんだ」
そう笑う。
やがて、一同が誰からともなく静かになった。
「じゃあ、やろうか」
だから僕は、空飛ぶ円盤の形をした使い魔を、頭上に掲げる。
地上に撒いた観測機たちと魔力を交感させた回路。
中に宿るのは
それは、かつて世界を救った人たちからの贈り物。
二千年前、世界を改変したが故に、世界に深く根付いた——大地の魔力と繋がり脈動する、言わば、世界の分け身だ。
カレンが魔導を込め、風属性の魔力で使い魔を浮遊させる。
母さんが魔導を練り、火属性の魔力で使い魔に推進力を与える。
ジ・リズが魔導を
そして僕は魔導を重ね、闇属性の魔力でそれらを永遠となす——。
「さあ、舞い上がれ」
言ったのはカレンか、母さんか、ジ・リズか、僕か。
詠唱ともつかない願い、放たれる意思。
円盤がふわりと僕の手を離れた。
そのまま垂直にゆっくりと、加速しながら、紺碧の空へと打ち上がっていく。
高く、高く、遠くへ。
まるで、星のように。
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