みんなで無事に帰ってね

 二角獣バイコーンの群れを討伐し終わった途端、しっちゃかめっちゃかの大騒ぎになった。


「すげえよ坊主! あんたみたいな魔導士見たことねえ!」

「ひゃっほーーーー助かった! 助かったんだ!!」

「なんだよあの魔術! お前さん『魔女』だったりするのか!?」

「うえええええん、がえでる……家に帰れるんだああああ」

「ありがとうございます……ありがとうございます……!」


 僕は揉みくちゃにされた。ショコラは見知らぬ人に撫でられるのが嫌だったようで、するっと逃げていた。


 もてはやされて正直、悪い気はしない。

 ただそれよりもやっぱり、


「ありがとうよスイ。でかい借りができたし、すげえものも見れた。誰彼構わず自慢したくなる気持ちもわかる……こりゃ、大将を笑えなくなったわ」


 そう言って拳で肩を叩いてくるシュナイさんと、


「親子二代にわたって助けられちまったな。俺ぁ一生、お前たちに頭が上がらねえよ」


 冒険者たちを押しのけて、がっしと僕を抱き締めてくれるベルデさん。


 ——ふたりの友人が無事だったことが、なによりも嬉しい。


 ベルデさんはひとしきりの抱擁ほうようを終えた後、顔を真っ直ぐに覗き込んでくる。

 そして僕が最も望んでいたことを、言ってくれた。


「だがなスイ。『さすがあの人の息子だ』なんて言わねえぞ。これは……こんなすげえことは、当たり前にできるもんじゃねえ。確かにお前はあの人の血を継いじゃいるだろうが、だからってそれが、俺たちを助けた理由にはならんだろう? 俺たちは、他ならない救われたんだ。お前が来てくれたから、お前がここに来ると決めたから救われたんだ、スイ」

「うん……ありがとう」

「かあっ! てめえが礼を言ってどうする。それにしても……」


 ぐしゃぐしゃと僕の頭を撫でた後、変異種の死骸に向き直るベルデさん。

 胴体に穴が開き、坩堝水晶クリスタルも、もはや色を完全に失っている。

 それを眺めながら、神妙な顔をして言った。


「……こいつは、えらいことだぞ」


 変異種は死んだ後、坩堝水晶クリスタルの作用により大爆発を起こす。そのため、死体は粉微塵になって消えてしまうのが常だ。

 僕はその爆発からみんなを守ろうとしたのだが、結果として——


 これは前代未聞のことであり、めちゃくちゃ貴重な研究対象になるとのことだ。


「どんな研究をするのかとか、そういう難しいことは俺にはわからねえ。ただ、とんでもない高値で売れることだけはわかる。それ一頭で家でも建つんじゃねえか」

「家は森の中で間に合ってるんですけど……」

「もらっとけ。金なんて持ってて損にはならねえんだから。それに、獲物ってのは仕留めたやつのもんだしな」

「はい!」


 そうこうしているうちに、ジ・リズがカレンと一緒に、支援物資を持って戻ってきた。傷薬ポーションや包帯、骨折した人のための添木そえぎに解熱剤。それから全員が満腹にとはいかないまでも、冷蔵庫に備蓄してあった肉。ひとまずはこれで、街に帰るために英気を養うことができるはずだ。


 一行は素材の剥ぎ取りなどを済ませたのち、場所を移動してから野営キャンプを張ることになったのだった。



※※※



 野営地はバイコーンたちの死骸から十キロほど離れた場所にある、草原地帯に決まった。


 バイコーンから剥ぎ取ったつのたてがみ、尻尾の毛など、大量の荷物を抱えての移動だったが、さすが冒険者は手慣れたもので、たくさんの怪我人がいるにもかかわらず大荷物を背負って平気な顔で行軍していた。


 なお変異種の死骸はベルデさんが担いでくれている。氷属性の魔術が使える人にやんわり冷やしてもらいながらである——ただ貴重な研究資料になり得るからできるだけ早くギルドに届けた方がいいということで、キャンプの設営が終わった後、ひと足先に僕とジ・リズで運ぶことにした。彼はふたつ返事で引き受けてくれたけど、今度なにかちゃんとお礼しないとなあ。


 ともあれ。


 テントは手際よく組み立てられていき、負傷者の手当てもてきぱきと行われていく。手当に参加しているカレンに対して熱のこもった眼差しを向けている男どもがいるけどそれは許されないからね? カレンも目すら合わせず、包帯巻き終わりましたはい次って感じだしまあ大丈夫か……。


 野営地からやや離れた場所ではジ・リズがショコラと戯れている。


「よし、次はわしの尻尾に乗れ。うんと高く打ち上げてやるからな」

「わんっ!」

「いくぞ……そらっ」

「わうーーーーーー……ぅぅ」


 ……いや、なんかすごい遊びをしてない?


 家族以外には懐かないショコラだけど、ジ・リズの姿が人間じゃないからか、友達くらいに思っているようだ。仲良くなってくれてよかった。


 そしてみんなのことを横目に、僕はといえば——。


「肉まで持ってきてくれて、本当にありがとうね」

「いえ、お代はちゃんともらうから大丈夫ですよ」

「そうだな、そうしてくれた方がおんぶにだっこにならずに済む」

「払うのは私らじゃなくギルドだしねえ」

「しかし深奥部で獲れた肉か……どんな味がすんのかな」


 火を囲んで料理を作っている冒険者の方々と、あれこれ会話をしていた。

 カレンが持ってきてくれた肉と野草を鍋にぶち込みそのまま煮るという豪快な料理だ。野営地での食事だしこんなもんかなとも思う一方、僕としては細かいところがめちゃくちゃ気になって、あれこれ口出ししてしまっている。


「トゥリヘンドの脂身は取った方がいいですよ」とか。

「その野草は煮えすぎると風味が落ちるので最後に」とか。

「疲れてる人がいるでしょうから、肉は柔らかくするのがいいかも。フォークで穴を空けておきましょう」とか——。


「おお、兄ちゃんは料理もできるのか。すげえな」


 冒険者のひとりが感心したように言う。

 だけど僕はそれよりも、鍋の味付けが気になっていた。


「塩と香辛料しかないんですか?」

「香草があるだろ、充分すぎるくらいだ」

「いやまあそうなんですけど……」

「これでも豪華なのよ? お肉がお肉だし」


 料理番のひとりであるお姉さんはにこにこしているが、正直、これじゃ煮込みというよりただの塩茹でだ。確かに森の中の野営で贅沢は言ってられないんだろうけど。


「せめて出汁だしとかあれば違ったのにな」


 なにげなくつぶやいた言葉だった。

 昆布とか鰹節は無理としても、コンソメだったりキノコだったり、肉の他になにかあればいいのにと思ってのことだった。


 だが僕の台詞せりふに、料理番のみなさんがきょとんとする。


「ダシ、ってなんだ?」

「え……?」


 僕は——むしろ僕の方が間抜けな声をあげたかもしれない。


「出汁は出汁ですよ。肉とかからも取れるやつ」


 この世界に出汁の概念がない、なんてことはないはずだ。

 シデラの宿で食べた肉料理には濃厚なソースが使われていたし、トマト(っぽい野菜)を使った煮込みなんかもあった。


 だから通じてしかるべきなはずなのに、


「ああ、兄ちゃんの言ってるのはあれか、骨付き肉やらを煮込んで作るやつか? 確かにそういうのがありゃ味も段違いになるが、街の厨房じゃあるまいし、さすがに無理ってもんだよ」

「そうねえ。乳でも入れればシチューになるんだけど、腐りやすいし」

きのこをぶち込んでも美味くなるぞ。ま、『うろの森』で茸狩りは命が幾つあっても足りんからなあ」

「そうそう。どれに毒があるのか私らじゃ判別つかないのよね」


 ——違う。


 僕は出かかった否定の声を飲み込んだ。

 何故なら、上手く説明できる自信がなかったからだ。


 正確には、


 確かに骨付き肉を香味野菜と一緒に煮詰めればソースになる。ワインを加えればデミグラスソースだ。


 牛乳とバターを入れ、小麦粉でとろみを付ければ日本でもお馴染みのシチューになる。いま作っている、塩茹でもどきの香草煮込みよりよほど美味しいだろう。


 キノコも優秀だ。足すだけで出汁が出て、味が膨らんでくれる。毒かどうかの判別ができないんなら仕方ないけども、あるのとないのとでは大違いだ。


 だけど料理番のみんなが口にする、それらのこと。


 彼らが持っている知識と、僕の頭の中にある感覚とでは、なにかがずれている。なにかが違っている。

 なにかが——。


 ——スイくんが作る料理の味付けは、なんというか……深いのよね。


 シデラの宿に泊まった時。

 母さんが僕の料理についてそう評したのを、不意に思い出す。


「……もしかして」


 あの時は、よくわからなかった。

 ただ、母さんの身内贔屓ではないような気がする、って程度だった。


 料理番の冒険者たちの言葉と、あの時の母さんの感想。

 それらを合わせると、もしかして、という推測が生まれる。 


「あの、すいません。ちょっと尋きたいんですけど。……、……」


 僕はだから、彼らにあることを問う。


「ん? なんだその変な質問は。そうか、兄ちゃん、融蝕ゆうしょく現象でこっちに来たんだっけ。だったら文化の違いってのもあるだろうな。いいか? ……」


 そして返ってきた答えに、推測は確信に変わった。






「なるほど、そうか。……だったら」

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