なんだかほっとする味で
できあがった品と、それから作り置きしていた惣菜をテーブルに並べていく。
メインとなる手羽元と根菜の煮物。
細切りにした砂肝の酢の物。
青菜のおひたし。
それから最後に、昆布だしを取ったキノコの澄まし汁。
あとは温めたサトウのごはんを添えて、完成だ。
「このスープ、なんだか変わってるわね」
最初に気付いたのは母さんだった。お椀を持ち上げてしげしげと眺める。
「すごく透き通ってるわ。油も浮いてない」
「いい匂いがする」
カレンはたちのぼる湯気の香りに目を細めていた。
「これは、ホソゼリ?」
「日本にあるミツバって野菜に近いやつを選んだんだけど……そうか、
ミツバはセリ科の仲間で、カテゴリとしては香草になる。
「でも、ホソゼリだけじゃない。キノコの香りもある。あとはお醤油と……他には、わからない。その奥になにかある気がする」
この
それにふたりとも、最初から美味しいとは言ってくれてたんだよね。
「できればその澄まし汁を最初に飲んでみて欲しいな。試してもらいたいこともあるから」
僕が言うと、ふたりはスプーンですくって口に運ぶ。
味わい、飲み込んで——その喉から揃って、ほう、と声が
「……美味しい」
「ええ、それに不思議な味」
続けてひと口、もうひと口と、澄まし汁にスプーンが伸びる。
「上手く言えない。けど、ほっとする味」
「安心する感じね。舌と身体に残る
ほっとする味、か。
そういえば確かに、日本でもよく言われてたな。
「でもそれでいて、深い」
「そうね。この深さは……風味? 塩気? いえ、もっと別の……スイくん、これってひょっとして、前に言ってたやつ?」
僕は頷き、答える。
「うん。母さんとカレンが感じてるものが、五番めの味覚——『
昆布のグルタミン酸と、キノコのグアニル酸。
醤油やホソゼリで香り付けをしているし塩気を補ってはいるが、澄まし汁の核となるのは間違いなく旨味だ。
「……確かに言われてみれば、スイくんの料理によく感じられる『深さ』と、共通するものがあるわ」
「昆布を使ったんだ。乾燥させた昆布を煮出して、成分を抽出させてから取り出す。……こっちも味見してみて」
僕は席をたち、もうひとつの鍋から別のスープをコップに注ぎ——ふたりの前に置く。
それはショコラやポチ、ミントのために用意していたもの。
昆布だしを取っただけで塩もなにも入れていない、澄まし汁の基となったスープだ。
昆布しか使っていないと聞き、ふたりの顔が緊張する。だけど匂いを
「これは……塩もないし味もしない、香りも強くないのに……」
「ん。なにかあるって感じる。これが『旨味』……あの
「面白いわ。すごく新鮮。でも、スイくんの料理なんだなってわかる」
返事を聞いて僕は満足し、確信する。
「ありがとう、付き合ってくれて。それから時間をとらせてごめん。冷めないうちにちゃんと食べようか」
とはいえ食事の時間を実験に費やしすぎてもいけない。
僕はテーブルの上に乗った煮物や小鉢に視線を向け、ふたりを促す。
「旨味成分には食欲を誘発させる効果があるんだ。だからひょっとしたら、いつもよりも美味しく食べられるかもしれない」
ちなみに、食欲を誘発させる一方でより高い満足感を得られるので、最終的な食事量が減るから食べ過ぎも防げる——という話を後になってしたが、ふたりともこっちの方にめちゃくちゃ食いついていた。
そういえばここに来てから体調がいいとか、食べすぎたと思ったけどそんなに増えてない……とか、きゃいきゃいと喜んでいるのを見て、ふたりともスタイルいいのにそんなこと気にしてるんだなと心の中でだけ思った。思っただけだったけど。
男所帯で育ったせいか、こういう話にどうもついていけないんだよね……。
※※※
三人が食事を終えたら、次はショコラたちの番だ。
実はだし汁を好むのは人間だけではない。犬の舌にも旨味を感じる受容体があり、特にショコラは昔から、昆布だしを取ったスープが好きだった。
「わうわうっ!」
匂いでわかるのだろうか、ぶんぶんと尻尾を振って僕に飛びかかってくるショコラ。いや飛びつかれたら準備ができないからね?
もちろん、彼らへの食事は僕らのものからいろいろと変えてある。
ショコラには塩抜きの澄まし汁に茹でた鳥肉を入れたもの。
ポチは既に食事を終えていた……というか好きに牧草を食べるので、香りのある草とキノコを混ぜたサラダを少しだけ。
ミントは味の好みがわからなかったから、無塩のだし汁と味付けをした澄まし汁の両方を用意した。
「はぐっ、わうっ!」
「きゅるるぅ」
「すい、みんとはこっちがいい!」
庭の軒先、
「ミントはやっぱり塩分がない方がいいのね」
「あっちのは、のどがぎゅーってなる」
「ぎゅーってなるのか……わかるようなわからないような」
ミントの好みの味も探らなきゃな、と思う。
旨味は感じられるようで「これすき!」と嬉しそうにしていた。
「フルーツジュース……スムージーとか作れないかな」
ミントにはできるだけ美味しいものを食べてもらいたい——というより、喜んでもらいたい。
「スイ、スムージーってなに?」
「ジュースの亜種というか……果物とか野菜を繊維ごと潰して液状にした飲み物なんだけど」
改めて説明するとちょっと気持ち悪いな?
「ミキサーがないんだよね。あれがあれば顆粒コンソメも作るのが楽になるんだけど。手動とか魔術でどうにかできないか考えてみようかな」
ミキサーに必要なのは鋭い刃とそれを回転させる仕組み、更には密閉できる容器。ノビィウームさんと相談すればなんとかなりそうな気もする。ただ、僕が元の構造とかを詳しく覚えてないんだよね。刃の形状ってどんなだっけな……。
などと考えていると、母さんがぽつりと感慨深げにつぶやいた。
「スイくんは、いろいろ考えてるのねえ」
「そんなでもないよ。思い付いたことを、せっかくだから試してみようってだけ。失敗する可能性も高いし、言ってみれば手慰みかな。……ただもちろん、その中で形になるものがあれば嬉しいけどさ」
「いいえ、立派だわ」
母さんはそれでも首を振った。
「スイくんだけじゃない。カレンもそう。ショコラも、ポチも、ミントも。それぞれが前を向いて、未来に向かってる。成長してる」
「む、私はのほほんと生きてるだけだと思うけど……」
「あなた自身はそんなつもりかもしれないけど、親にしてみれば違うのよ」
その表情に見えるのは——何故だろう、
母さんはなにかを迷っている?
僕が問う前にしかし、母さんの顔に浮かんでいたそれはすっと消えていく。
「さ、みんな食べ終わったんなら後片付けしましょうか。お皿を洗わなきゃ。ミント、お手伝いしてみる?」
「するー! おてつだい!」
嬉しそうにリビングへあがってこようとするミント。
「ちょっと待って、まずは足を拭いてから!」
僕は慌てて、タオルを取りに洗面所へ走る。
だからそのせいで——母さんがなにを迷っているのかを尋く機会は、失われてしまった。
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