家族に食べて欲しいのは
ミントは植物に詳しい。
とはいえ、樹や草の名前をあまねく知っているとかそういうのではない。カレンの検証によると、生まれた時に吸い上げた僕らの記憶や知識は断片的にしかコピーできておらず、それらもミントの知能なりにしか
ただ一方で、アルラウネならではの能力として、ミントは目にした植物のことを直感的に把握できる。だからたとえ名前を知らなくても「あの草は食べられる」とか「あの木は甘い果実をつける」などが『わかる』——という訳だ。
これがなにを意味するのか。
僕らが今まで手を出せなかったある食材が、ミントのおかげで使えるようになった。
旨味成分を豊富に含みながら一方で多くの種類が毒を持ち、しかも外見からは容易に判断できず、素人は決して触れてはならない森の恵み。
キノコである。
※※※
「ただいま!」
……というわけで、ミントとショコラを連れてキノコ狩りに行ってきた。
雨季は日本の梅雨と同様、湿気のお陰かキノコがよく生えている。適当に森を巡り、見付けた端からミントに食べられるかどうかを尋いた後、選別する。ついでに野草なども
「お帰りなさい。楽しかった?」
「うー! たのしかったー!」
縁側で出迎えた母さんに、にこにこ顔で抱きつくミント。雨が降るに任せて歩いたのでびしょ濡れなのだが、母さんは気にしない。
あらあら、と頭を撫でると、くすぐったそうに身をくねらせる。
「スイもお帰り」
カレンがそう言い、タオルを差し出してくれた。
「ありがとう、ただいま」
「服までびっしょり。着替える?」
「うん、そうする」
「それともお風呂にする? 一緒に入る?」
「いや入らないからね?」
「わうっ」
軒下に入るや、ぶるるるるる、と身を震わせて毛の水を切るショコラ。
僕らにかからないようちょっと遠くでやっているのえらいなと一瞬だけ思ったけど、こいつ『お風呂』の単語に反応して距離を取ったな……?
背負った籠を降ろし、お風呂場へ。濡れた服を洗濯機につっこみつつ着替えて——こっちに転移した直後は着替えもなくて難儀したなあという感慨と、こんな異世界の森の中で電動洗濯機が稼働するちぐはぐさに苦笑しつつ、居間へ戻る。
「スイ、このキノコどうするの? 山ほどある」
籠を覗き込みながらカレンが問うてきた。
「すごくたくさん採ってきたわねえ」
「みんと、いっぱいてつだった!」
「そうだね、ミントのお陰だ。ありがとう」
「むふー」
感心した顔の母さんに、頭を撫でられてドヤ顔をするミント。
「今日食べる分を除いて冷凍するよ。キノコは凍らせると繊維が壊れて美味しくなるんだ」
「へえ、知らなかったわ」
「これはモリーユ? わかるのはそれくらい」
「
ミントの能力はすごかった。「これはたべられる」「どくがある」「たくさんたべるとまぼろしをみる」など、ひと目でズバズバと判断していく。
そしてキノコの恐ろしさも理解した。さっき籠に入れたやつと同じ種類かと思ったら有毒の別種だったり、どう見ても毒々しい形状なのに無毒だったり。怖いねほんと。
この前、シデラから持ち帰ったのと似たやつも見付けたけど、本当に同種なのかどうかはわからない——日本でも、エノキなんかは店で売っているものと野生のものとでは色も形も全然違ったりするし。
とはいえ食べられることさえわかっていれば、匂いや大きさ、なんとなくの形から、料理法も判断がつく。
今回、冷凍せずに食材とするのはやや小ぶりな、株状に生えていた——いわゆる
たぶん、シメジ。
そして、そのシメジを使ってなにを作るのかといえば……。
僕はキッチンに立ち、ぱん、と手を鳴らしながら気合を入れる。
夕飯の支度にかかるとするか。
メニューはもう決めていた。
まずメインは冷蔵庫にあるギーギー鳥。これと根菜を煮物にする。
それから、キノコを使ったスープ。
そしてスープの味付けは——。
「せっかくドラゴンの里から持って帰ったんだし、そろそろね」
あれからなんだかんだで、使う機会がほとんどなかった。もちろん何度かは試してみて、充分にいけることはわかっている。
今日はこれを——日本の味ってやつを、家族に振る舞おう。
※※※
まずは煮物だ。
具材はギーギー鳥の
ギーギー鳥はこの世界で広く普及している
手羽元は水気を拭ってから軽く焼き目を入れておく。根菜と丸芋はひと口サイズに切った後で下茹でし、串で加減を見つつ適当なところでお湯からあげる。
でもって、手羽元と野菜類を一緒の鍋に入れ、水とみりんと醤油と酒をぶち込んで再沸騰。アクを取ったら落とし蓋をして弱火にし、五分くらいで具材をひっくり返して、今度は落とし蓋を外して中火で五分。そこまで煮たらあとは火を止めて、味が染みるのをゆっくり待てば完成だ。
そして付け合わせのスープ。
汁物といえば普通はサイドメニューだが、僕としてはむしろこっちがメインの気分だった。
なにせメインの味を支えるのは、ドラゴンの里で手に入れたとっておき。
黒くて波打った板状の硬いやつ——昆布である。
乾燥昆布を適当な大きさに切り、乾いた布で軽く拭く。
白い粉が吹いていて期待が高まる。
水を張った鍋に昆布を投入。浸けたまま三十分ほど待ち(ちなみにこの間に煮物を完成させた)、そこから中火にかけて出汁を抽出していく。沸騰直前で火を止めた時、思わずにやにやしてしまった。これだよ、この工程。
本来ならここに鰹節を加えて更に煮立たせるのがベストだ。いわゆる『一番だし』と呼ばれるやつ。だけど
旨味というものは、別種のものを合わせると相乗効果で跳ね上がる。
日本料理で昆布と鰹節を使うのは、昆布のグルタミン酸に鰹節のイノシン酸を足すことで相乗効果が得られるからだ。だが、鰹節がないのなら代わりを用意すればいい。それがキノコの旨味——グアニル酸である。
昆布のだし汁にしめじ(の仲間だと思う、たぶん)を入れ、じっくりと中火で煮る。充分に火が通ったら醤油と酒、塩で味を整える。ただしこれは煮物と違って最低限。主役は
あとは食べる直前に、香りの強い野草を添えれば完成。本来はミツバがいいのだが森では手に入らなかったため、できるだけ近いものを選んだ。
出汁を取って味と香りをつける、ただそれだけのスープ。
油を使っていないため透き通っていて、よそえば椀の底までが見えるだろう。
そのスープの名前は、澄まし汁。
日本が発見した『旨味』という概念を、形にした料理だ。
味見をして出来栄えを確かめる。
うん、いい感じだ。少なくとも、家で作っていたものと遜色はない。
僕は食器を用意しながら、煮物と澄まし汁を横目に、家族を呼ぶ。
「ご飯、できたよ!」
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