雄叫びの震撼を経て
「魔王が本格的に目覚める前に、動きを封じるんだ」
——決行の前日。
アリスさんは僕らへ、作戦のあらましを話して聞かせてくれた。
まずは、僕の魔術によりメンバーの時間を加速する。
同時にカレンの手で遅延結界を解除する。
変異種が動きを再開するから、母さんとショコラで対応する。
そして、その次。
「
ジ・リズはどこか不安げな様子だった。
「本当にできるのか? 理屈の上では可能かもしれんが、魔王は……ああなってしまったひいひい爺さまは、果たして
しかしアリスさんは断言する。
「……こういうことを言うのはつらいけど。魔王は間違いなく竜の
かつての友達、その息子を想い、唇を咬み拳をぎゅっと握って——彼女は小さく
顔を上げて、ジ・リズをまっすぐに見た。
「だからきっと通じる。全力で叩き込んでほしい。……『
※※※
かくして、今。
僕が腕を振って送った合図に、ジ・ディアの子孫——ファーヴニル氏族のジ・リズは、深く息を吸う。
直後、彼は口を開け。
「オ——オオォオオオオオオオオォオオオオオオオオオオォ————!!!」
第
それは竜が魔力を乗せて放つ絶叫。
千里どころか万里に乗り、壁を越え山脈を越え空を越え、大陸中に響き渡るとさえ言われる
「オオォォオオオオオオオ、オォオオオオオオオオァ————ッ!!!」」
そう、
絶叫でありながら不思議な旋律があり、耳をつんざきながらもどこか心地いい。思わず身をすくませてしまうほど野太くありながら、いつまでも身を委ねたくなるほどに繊細な響き。
『
用途は、家族の安否確認だ。
血族の
遠く離れた場所で暮らす家族がまだ生きているのか。生きていたとして、健やかに暮らしているのか。長命種である竜は、たとえ親子であっても
——いざ実際に聞いてみれば。
大音声でありながらどこまでも優しいその叫びは、僕らの胸を打った。感動の鳥肌が立ち、問答無用で胸が熱くなる。けれど。
いや、だからこそ。
魔王は——千八百年の時差による一秒の
ジ・リズの
正確には、硬直しているのではない。返事をしようとしているのだ。遥かな血族、
ただそれは、果たせない。
もはや竜のものではなくなった蟲の頭からは声が出せない。喉に声帯はなく、
なのに本能は——身体に残った
「……っ」
胸が詰まる。その仕草、頭部を上向かせたまま固まる姿が痛ましい。
血縁のジ・リズはなおさらだろう。
「わうっ……わおんっ!」
変異種に対応しながらショコラがことさらに吠えるのもきっと、その音色に気持ちを突き動かされてのことだ。難しいことはわからなくても、こいつは他者の気持ちにとても敏感だから。
「……オ、オオオオオオオオ! オオオオオオオオオオオオッ!」
僕の背後で、僕の友達が、よりいっそう喉を震わせる。悲しげに力強く叫び続ける。それはきっと血族の安否を問うためのものではない。目の前の、かつての高祖父に、子孫たる自身の安否を知らせるためのものだ。
ジ・リズは叫ぶ。
あなたの血族がここにいる、
だからどうかせめて、安らかに——。
「……スイくん!
アリスさんの号令は、涙で潤んでいた。
だから僕は歯を食いしばると、飛び出したアリスさんへと追従した。
ジ・リズの咆吼に対し、魔王がいつまで硬直していられるかはわからない。アリスさんは五秒と推測していたが、もっと長いかもしれないし短いかもしれない。だから次の一手、最後のひと押しをやらなくちゃ。
それは——アリスさんの立てた作戦の最も肝要な部分だ。
魔王と戦わないこと。
つまり、相手が本格的に動き始める前に、すべてを終わらせること。
「——寄る辺に
詠唱が聞こえ始める。
その呪文は僕のよく知るもので、しかし僕が発したものではない。
「
アリスさんの背後、
片腕を掲げて唱えているのは——二対四枚の美しい羽を背にした、小柄な少年の姿をした妖精王。
かつてこの世界に転移してきた——
「五度、七度、五度。曲がって戻れば、潰れた、濡れた。
だから僕が術式を教えて、かつ
伸ばした手からきらきらと、鱗粉にも似た輝きが舞う。
僕の具現化する黒い鎖とはまた違った、それは
その鱗粉が魔王の身体に到達した瞬間、妖精王は叫んだ。
「スイくん、魔術を借りるよ……『
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