木箱を抱えて帰宅しよう

 そんなこんなで、森へ戻る時間となる。


 今回は持ち帰るものが多い——というか、重い。

 大量の本が詰め込まれた木箱、それとミルク缶だ。大きさはそれほどでもないけど、みっちり詰まっているので運び甲斐がある。


 でかい木箱を肩に担ぎながら、もう片方の手でミルク缶を提げて通りを歩く。缶に持ち手があって助かった。


「無理をせずとも、おばあちゃんに任せてくれたらいいのに」

「それは僕がちょっと……気持ち的に」


 おばあさまの外見は若いし、腕力も体力もその辺の若者より遥かに優れている。『零下れいかの魔女』の名は伊達ではない。だけど、どんなに強くても、どんなに元気でも——僕にとっては、おばあさまなんだ。


「ふふ……わかりました。私を大切にしてくれていること、嬉しく思いますよ。スイ」

「わうっ! わんわん!」


 嬉しそうに微笑むおばあさまを他所よそに、ショコラははしゃいでいた。

 なにが楽しいのか、僕の周囲をぴょんぴょん跳ねてぐるぐると——昔からこいつ、主人が大きい荷物持ってるとやたらテンション上げてくるんだよね。


「そんなに元気なら、お前に荷車つけて引っ張ってもらってもよかったな」

「わうわうっ!」


 その返事は肯定ではない。たぶん通じていない。木箱を担いだ僕を見てきゃっきゃするのに夢中である。


 道ゆく人々にあまり注目されていないのが救いだった。

 この世界、身体強化魔術が普及していることから、いまの僕みたいな、でかいものを生身で運ぶ人があまり珍しくないのだ。……もっとも、本のぎっしり詰まった箱となれば持てる人も限られてくるとは思うけど。


「わふ! わふっ!」

「はいはい、残念だけどもうすぐ終わりだぞ」


 やがて街外れ、ジ・リズの待つ原っぱへと到着する。


 滞在時間が短めだったので、待ってもらっていたのだ。丸くなって休んでいたが僕らに気付くと頭をもたげ「おう、戻ったか」と頷く。


「ただいま。街の子供たち、今日は来てないんだね」

「うむ。わっぱらが顔を見せるのは、夕刻が多いぞ」

「さすがに学校行ってるか」


 シデラでは教育施策しさくが充実している。

 識字率も王都と遜色がなく、貧民が少ない分、むしろこちらの方が上なのでは、と言われているそうだ。


 いい街だなと思う。ギルド長のクリシェさんがかなりのやり手なんだよね。


「それが頼んでいたという書物か。『零下』殿は仔細を?」

「うん。おばあさまには話した」


「……きっとスイの口から聞いたのでなければ、信じられなかったでしょうね」


 おばあさまが苦笑混じりに言う。


 つまりは『妖精』の実在と、彼らの成り立ち。

 二千年前に起きた、世界の改変について——。


「口外はしませんよ。もちろん研究対象にも。……学術の徒として興味深くはありますが、私にとっては家族の生活の方が大切ですから」

「ありがとう、おばあさま」


 遥か後世こうせい、いつか来るのためになにかしらを残しておいた方がいいのかもしれないけど、その是非を含めて、今はまだ考えなくてもいい。


「その書物の中に、ぬしの翼橈骨よくとうこつとなり得る情報はありそうか?」

「ざっと見た感じ、たぶん。少なくとも手がかりは見付かると思う」


 翼橈骨となる、というのは竜族ドラゴン特有の言い回しで、翼の舵取り——つまり指針という意味だ。


「全部しっかり読み込む必要があるけど……こら、いいものは入ってないぞ」

「くぅーん」


 興味津々で木箱を嗅ぎまくるショコラをたしなめるが、それでもやっぱりやめる気配はない。革表紙かインクの匂いが気になるのかな。お前の大好きなやつはあっちの金属缶の中だぞ……?


「ああそうだ、ジ・リズ。本ってけっこう重いんだけど」

「ん? 言うてもぬしら家族を合わせたほどではなかろう」

「いや、重量的にはともかく面積比がね……」


 まあ、背中の鱗あるし大丈夫か。


 さて、ともあれ。

 いつまでもここで立ち話をしている訳にはいかない。そこそこ広い原っぱだし、おばあさまが薄氷はくひょうの結界で音を遮断してくれているから心配はいらないが、どこに監視の目があるかわからない。ノアに協力したことで貴族に警戒されちゃってる可能性あるしね……。


 ジ・リズの背に木箱とミルク缶を載せ、出発の準備を整える。ショコラがジャンプして荷物の横に着地し、最後に僕がよじ登ろうとしたところで、おばあさまに呼び止められた。


「そういえばスイ、いていませんでしたが……その書物を参考に、あなたはなにをするつもりなのです? おばあちゃんとしては、あなたが危険な目に遭わないかを心配しています」

「ああ、そうか。ごめんなさい」


 説明すべきことが多すぎて、肝心な情報が抜けてしまっていた。


 ジ・リズの背に乗り、離陸の準備を整えたところで、僕らを見上げるおばあさまに笑ってみせる。


「大丈夫、たぶん、危険なことにはならないよ」


 僕はなにをするつもりなのか。

 妖精たちに——なにをしてやれるのか。


「彼らの身に起きたあれこれはもう過去の話で、僕にどうこうすることはできない。でも、それを紐解いていくことで、見えるものもあると思うんだ。もう彼らは忘れてしまっていて、きょとんとさせてしまうだけかもしれないけど……だからこそ、過去を知るのは決して無駄じゃないと思う」


 まずは、彼らの過去について。

修正リペイント』された世界に紛れて、こぼれ落ちたもの——彼らが忘れてしまったもの。僕はたぶん、その欠片を拾い上げることができる。全部じゃないけど、いくつかは。


 そして——彼らの欠片を見付けることで、方法が見付かる気がするんだ。


「それと、もうひとつ」

 僕は遥か北、我が家のある方角を遠くに見ながら、言う。





「妖精女王……シキさんが、お城の外に出られるようにしたい。あの人に、外の世界を見てもらいたい。うちに遊びに来て、妖精たちと一緒にお茶をしながら笑ってほしいんだ」

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