心の準備をしながらも

 門から最も遠い抜根跡を、穴として残すことにした。


 初日にショコラが倒したワイバーン、あれの首を埋めた場所に近い。なんとなく気分で、こういうのはできるだけ近くまとめた方がいいかなと思ったのだ。


 本当ならちゃんとした容器——コンポスターを設置するのがいいはずで、というより『コンポスト』と説明はしたが堆肥たいひになってくれるかはわからない。ただ獣を殺して食べている以上、どうしたって廃棄しなきゃいけない部位は出る。骨はまきと一緒にボイラーで燃やすとしても、内臓なんかをその辺に捨てる訳にはいかない。せめて土に帰ってもらわなければ、殺した獣たちに失礼だ。


 元々の穴を拡張するように、深めに掘る。掘り返した部分の土は他の抜根跡へ埋めて固める。


「ひとまずはこんなもんか」


 正直、コンポストなどとはとても呼べないただのゴミ捨て場であるし、この穴へ無節操に生ゴミを捨てていたらにおいとかがえらいことになるだろう。毎日、ゴミを捨てたその上から土をかぶせていくしかない。それでいっぱいになったらまた別のところへ同じように——という感じ。


「なんかこう……埋め続けて、変なものが生まれないといいな」


 たぶん本格的に使い始めたら、解体の時の血もこの穴へ流すことになると思う。完全に儀式みたいだ。別に遊んでる訳じゃないんです、生きるためにやってるんです。どうか僕らの血肉となった命が成仏してくれますように。


 仏さまがこっちの世界まで見てるのかはわからないけど。


「スイ、なにしてるの?」


 穴に向かって手を合わせていると、背後からカレンが呼びかけてきた。


「あ、いや。お祈り? おまじない? みたいなもん」

「いただきます、っていう食事の前のやつ。あれと同じ所作に見えた」

「うん、意味合いはだいたい同じだよ」


「ここから先、どうする?」

「あー……えっと、この辺に作業台でしょ、その隣にハンガーフックを設置するとして、まあそういうのは工具とかが手に入ってからかな。滑車って街に売ってるんだよね?」

「ん、たぶん。獲物を吊り下げての解体は冒険者ギルドでやってるはず。だから、もし売ってなくてもそっちで譲ってもらえばいい」

「そっか。じゃあ、あとは……このスペース、なにかで囲んだ方がいいよな」

「ん」


 カレンはこくりと頷く。


「本当は、スイの魔術ならそういうのすらいらない。自分が認識した範囲であれば結界は作用するはず。でもたぶん、その『認識』を強固にするには、なにかで囲った方がいいと思う」

「だよねー。正直、境界線のないエリアを『自分の陣地です!』って言い張れる自信がないや。あー、このブロック塀をどうにかして移動できればなあ」


「土壌の操作は土属性の魔術、それもかなり高等なものが必要」

「僕は闇で、カレンは風と水。ショコラが光で、母さんは……」

「炎と氷。土属性の魔術は獣人が得意。あと植物系の魔物も使うことが多い」


「まあ、使えないなら無理だ。煉瓦焼いたりできないもんかな」

「ん、いずれはそういう設備を建てられるかもしれない。けど、今はスイの魔導の練度を高めよう。慣れてくれば家だけじゃなくて家の外にいる家族も守れるし、外出中でも家を守れるはず」

「まじかすごい」


 カレンがこれだけ具体的に語れるってことは——父さんはできてたんだろう。


「まあ、剣だけじゃなくてこの家も父さんから受け継いだみたいなもんだ。僕もできるようにならなきゃな」


 とはいえ最初から千里を走りきれるはずもない。一歩ずついこう。



 ※※※



 倉庫をあさった結果、杭とロープでよかろうということになった。

 逆茂木さかもぎとか柵、あとは堀も検討したが、どれも手間に比して実用性に欠ける。そもそも僕が結界を張れるかどうかがほぼすべてなので、防御性は必要ないというのが結論である。


 むしろ防御性がない方が魔導の修練になる、とはカレンの弁。


 という訳でさっき伐採した木を切り分け、先を尖らせて杭にし、それを等間隔で地面に突き刺す。でもって、倉庫にあったロープで杭と杭を結んでいく。


「ロープも補充したいな。これも消耗品だ」


 けっこうな長さのものがぐるぐる巻きに保管してあったのでまだしばらくは大丈夫そうだが、なにせこいつは使い勝手がいい。獲物を吊るして解体する時、薪を束にしてまとめる時、僕の剣を背中に固定しているのにも使った。僕がまだ必要に駆られていないだけで他にも便利な使い道はごまんとあるだろう。


「なんでもかんでも魔術でチートとはいかないよなあ。まあ、少しは苦労があった方が楽しくはあるんだけど」


 ものを作る、なにかを生産するのはけっこう好きだ。


 日本あっちで父さんのために頑張っていた料理も、むしろ自分がやりたいからというのが大きかった。今までは単に『料理するの好きなんだよね』で終わっていた自身の趣向だが、異世界こっちに来てからと気付かされた。


 それも、どうも料理だけじゃなかったらしい。


 割った薪がどんどん積み重なっていくのが心地いい。こうして樹を伐採してスペースを作るのも、解体場をどんなふうにするのがいいか考えるのもわくわくする。畑やプランターに植えている野菜の種が発芽するのが待ち遠しい。しかもそれらすべてが、生きることに直接繋がっている。


 学校の勉強が嫌いだった訳じゃない。ただ、将来なりたい職業と言われてもずっとピンと来なかった。父さんに楽をさせなきゃなとは思っていて、だからそこそこの大学の、なんだか就職に困らなさそうという理由で経済学部を受けた。合格は嬉しかったが、一方で安堵の方が強かった。


 今日は何月何日だっけか。あっちとこっちで時間の流れが同じなのかはわからないけど、もうそろそろ三月も末、今頃は入学願書も締め切られているかもしれない。だけど正直なところ、あまり惜しくない自分がいる。


 だって僕は今、自分の家を守りながら地に足をつけて暮らしているのだから。


 父さんに胸を張って言える。

 僕は生きていて、毎日を楽しく過ごしていますって。

 あなたの大切な家を、僕は受け継ぎましたよって。


「よし」


 ロープを結び終えた。


 振り返ってスペースを見渡してみる。なんとも不恰好で、みっともない。でも、今はこれでいい。これから先、どんどんよくしていけばいい。


 このスペースは——塀の外ではあるけれど紛れもなく、僕らがこしらえた、我が家の一部だ。


「カレン。結界、たぶん大丈夫だと思う。なんとなくそんな感じがする。どうやって試してみる?」

「ん、私がその杭とロープに魔術を撃つ。結界が作用すれば防がれるけど、作用してなかったら杭が壊れる」


 確かに、杭だけならもし壊れてもそこまで惜しくない。


 僕は数歩を退がり、杭の脇に行く。カレンは掌をかざす。

 さて成功か失敗か。まあ成功するだろうなと、割と気楽にカレンのことを眺めていると。


 その背後、森の奥の茂みが——がさりと揺れた。


「カレン!」

「……っ!」


 僕が叫ぶのと、カレンが動くのはほぼ同時だった。


 魔術を撃つのを中止し、彼女は僕の方へと跳躍する。入れ違いざまに今まで立っていた場所を舐めるように、ゴウ、と。

 炎が、吹き付けられた。


「Giykrrrrrrrrrr……」


 奇襲が失敗した怒りの唸り声とともに、そいつは茂みの奥から姿を現す。


「すっげえ。絵に描いたようなグリフォンだ……」


 鷲の上半身、獅子の下半身、そして猛禽の羽根。

 ただ僕の知っているファンタジーのグリフォンと違う点がひとつ。


 背中にびっしりと細かい、赤褐色の坩堝水晶クリスタルが生えている。


「グリフォンの変異種」


 僕の隣に着地したカレンが振り返りながらつぶやいた。


「わう! ぐるるる……」


 いつの間にかショコラも駆け付けてくれていた。僕とカレンの前に立ち、守るようにグリフォンを威嚇いかくする。


「ギリくまさんと同じやつか……」

「この辺にはもういなかったはず。離れた場所から遠征してきた? 声をかけてくれてありがとう、スイ」

「いや、カレンの方が先に反応してたよねあれ。背を向けてたのに」

「私は慣れてるから。向こうで育ったスイが気付けたのはすごい」

「まあ、やっぱり森に囲まれて生活すると周囲を警戒する癖がついちゃうしね……」


 それでも、はっとなったのはたまたまだろう。


「倒せそうかな。というか、僕の結界はこいつの攻撃を防げるかな」

「熊の変異種に対しては無敵だったのなら、だいじょぶ。自信を持つのが大事」

「じゃあ」

「でも気を付けて。倒す時に結界から絶対に出ちゃダメ。倒した後も。ショコラもいい?」

「わう……?」

「理由は?」


 目前のグリフォンは、こっちへまだ襲いかかってこない。

 ショコラの威嚇が効いているのだろうか。身構えたままじっとこちらを睨んでいる。


 その様子を警戒しながら、カレンは応えた。


「グリフォンはで狩りをすることが多い。変異種だから単独かもしれないけど……もしそうじゃないなら、連携を取ってくる」


 その言葉と同時。

 空——真上から風切り音が迫ってきて、僕は視線を上げる。

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