たぶん照れずに言えたと思う
直上からの急降下。
まさにカレンの忠告通り、もう一体のグリフォンによる襲撃だった。
なるほど、つがいでの狩りとはこういうものか。片方が相手を惹きつけている隙に、もう片方が死角から強襲。真上に反応できても先に姿を現した方へ隙を見せることになるし、確かにこれは成功率が高そうだ。
だけど——僕は、慌てなかった。
僕だけじゃなくカレンも、そしてショコラも。視線を向けはしたし身構えもしたが、こいつらの攻撃は成功しないことがわかっていた。なんとはなしに確信があったのだ。結界はある、と。
というか僕は自分のことだからいいとして、カレンとショコラ、僕に対する信頼が厚すぎない? 嬉しいというより責任感で不安になってくるんだけど大丈夫なの?
「Kkkkgggg!!」
甲高い悲鳴が、上と前、二方向から同時に起きる。
それと同時に、ぐわぁん、と透明な壁の振動音。
空からの急襲と前方からの突撃、両方が結界によって弾かれた。
前のやつはともかく上のやつはとんでもない勢いで衝突したけど、無事なのだろうか。いや敵の心配をしちゃいけないのだが。
「Kkiyyyyyyyyyrrrrrrrr!」
無事らしい。さすが変異種。気絶くらいしてくれてもよかったんよ……?
双方、壁の存在を警戒したのか距離を取る。上のやつはそのまま滞空し、前のやつは前脚を屈めて頭を上げる。
「炎が来る」
カレンが短く発したのを合図としたかのように、
視界いっぱいを紅蓮が舐める。
「っ、……と! 熱くはない、か」
熱も伝播してこない。だけど空気はどうなんだろう? 燃焼によって酸素が消費されたらちょっと危ないのではないか。もちろん全周すべてが炎で覆われている訳ではないのだけど。
「さすがスイの魔術。完璧」
「ありがとうね。でもよく信頼してくれたな……身じろぎもしないからちょっと焦ったよ」
「魔力の流れでわかる。ちゃんと発動してた」
「わう!」
「あ、確信あってのことだったのね」
盲目的に命を預けてきたのではなくてほっとする。まあそれはそうか。
「で、どうしようかこいつら」
「グリフォンは本来、温厚で警戒心が強い。
「しつこそうなのも火を吹くのも、変異種だから?」
「ん。おそらくは魔力
「対策は?」
「結界から出ずに二頭とも仕留めるしかない。ただ、私の魔術はあいつらとちょっとだけ相性が悪い」
「僕がギリくまでやった手はどうだろ。なんか黒い魔力の塊を飛ばしたら、相手の動きがめちゃくちゃ鈍くなったんだよね」
「当てられる?」
「……やってみないことには。ただ、自信はないなあ」
あの時は、ギリくまさんがその場から動かずに執拗な暴力を試みる脳筋だったから当てられた。だけどこいつらは素早い。あれをべちゃっと飛ばしても、容易に避けられる気がする。
「ん、わかった。じゃあ私が先手でいく」
「相性が悪いんじゃないの?」
「ちょっとだけ。一対一なら絶対に負けないけど、向こうが二体いるとやや困る、くらい。頑張ればだいじょぶ」
「僕とショコラにできることは?」
「まずは私が手前のやつの視界を塞ぐ。ショコラは上のやつに攻撃を仕掛けて。スイは手前のやつに遅延魔術。避けられてもいい。回避行動を前提に見ていれば動きは読めるから、私が追撃する」
「わかった」
「わう!」
「タイミングは私が見る。合図で動いて」
上と横からの炎はまだ止まない。ただ、永遠に続くはずもない。これが途切れた瞬間がチャンスだろう。
そう思い、三者三様に身構える。
その時。
グリフォンの背後から声があった。
「……
——カレンのものではない、女の人の声。
「
静かで、柔らかく、内に激しさがあって。
それでいて何故か安らいだ気持ちになる——そんな声。
「
知っている。
僕はこの声を、知っている——。
「……『
瞬間。
グリフォンの二体が、同時に氷で覆われた。
悲鳴をあげる間もなく、反応する
地面にいた一頭はそのまま動きを止める。空中にいた一頭は落下してきて、結界に当たってごろりと転がった。
続いて、炎。
それは氷塊の内部で燃え盛った。
外側を凍らせながら内側を燃やす。氷で閉じ込めながら焼き殺す。そんな矛盾、そんな不条理。氷塊の中でグリフォンがもがき苦しんでいるのが透けて見える。けれどどんなに暴れても、内部で豪炎が猛っていても、氷の牢獄は決して溶けることがない。
やがてグリフォンが二頭とも事切れ、それに伴い変異種特有の断末魔——
「……怪我はなかった?」
僕らは、無言だった。
あっけに取られていたのもある。あまりの凄まじい魔術に驚愕していたのもある。
ただ、それ以上に。
こちらへ歩いてくる、その姿。
真っ黒なマントと、これも真っ黒なとんがり帽子。
童話に出てくる魔女みたいな格好だ。
近付きながら、帽子を脱ぐ。
溢れた髪は白銀色。光に灰をまぶしたみたいに、きらきら光っている。
開いたマントから覗くその下の装束は
だけど僕は、色っぽいとかそういうことを、まったく思わなかった。
どきどきもしなかった。カレンの時はあんなにも心臓が忙しくて顔も熱くなったのに、この人からは異性としての魅力などなにも感じない。
そりゃそうだ、と思う。
当たり前だ。だって。
だって、この人は。
「カレン。策は良かったわ。あのままでも勝てたでしょう。いいところを持っていっちゃって、ごめんなさいね」
カレンは静かに首を振った。
「ショコラ、成長したわねえ。今までありがとう。不甲斐ない主人を許してね」
ショコラはくぅん、と鳴き、彼女の足元へ身体を擦り寄せる。
そして。
「スイくん」
目の前で立ち止まったその人は、僕の名を呼ぶ。
ゆったりとふたつに結われた白銀の髪。
身内贔屓をしなくても綺麗な顔立ち。
そして優しい色をした、
「ごめんね」
短い、けれど万感が込められたひと言とともに、抱き締められる。
「つらい時に、
会ったらなにを言おう、とずっと考えていた。
なにを言えばいいのか、ずっとわからなかった。
だけどその姿を見て、顔を見て。
ぽっかりと虫食いみたいに抜け落ちていた記憶の欠片が、急に色と形を成して。
僕は僕を、僕が何者なのかを、思い出した。
波多野
懐かしい体温を抱き締め返しながら、目を閉じた。
「おかえり、母さん」
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