領土拡大を目論んでみる

 いろいろ不足するものが見えてはきたが、日々の暮らしはじわじわとルーチン化してきた。


 まあ、シンプルにまとめてしまうと『狩って食って寝る』という単調なやつなんだけども。ただ、ルーチン化できるということは効率化が進んでいるということだ。効率化が進むということは、余裕ができるってことだ。


 カレンとショコラが狩りに要する時間は短くなり、僕の調理もぱぱっと済ませられるようになった。さすがにレパートリーはまだちょっと少ないけど、食べ飽きるほど単調にはならない。


 冷蔵庫にお肉を貯めておけるようになったのもでかい。あまった肉を冷蔵なり冷凍なりして備蓄が増えている。


 なお残念なことに、冷蔵庫の中身に僕の『食糧庫ストック』は作用しなかった。どうも認識の問題らしい。日々不安定に減ったり増えたりするようなものを固定するのは難しい——そういう実感が、僕の中にある。


 ともあれ、だ。

 異世界生活七日めにして、僕らはとうとう休みを得た。

 カレンとショコラが狩りに行かなくてもいいくらい肉と野草があるし、僕のやるべきことも薪の乾燥やプランターに植えた野菜の発芽など、ひとまず待って見守るやつだけ。


「というわけで今日は、領土の拡大をしよう! 家の外に解体スペースを作る!」

「え、今までの話はなんだったの……?」


 朝食を終えたのち。

 居間での僕の宣言に、カレンが呆れ顔でつっこんだ。


「七日めでようやく休めるようになった、って話だけど」

「ん、どうしてそれが領土の拡大になるのかわからない」

「だって休みができたなら、今までやれなかったことをしたいじゃないか」

「……、ねえスイ。スイは向こうでどんな歪んだ思想教育を施されてきたの」

「ええ……普通だと思うけど……」


 せっかくなにもしなくていい日なんだから普段やれないがっつりした作業をしたい派である僕と、私がスイの歪んだ心を元に戻してみせる派のカレン。


 その戦いは僕の「今日やっておけば絶対に明日以降の生活が楽になる」という熱心な説得と、ショコラの「わうわう!(外に出て遊びたい)」という主張(たぶん)により、カレンが敗北することになる。


「でも、休みとは本来なにもせずゆっくりするもの。そこは譲れない」

「ごめん、休みって単語を使ったのが悪かったね……」



※※※



 さてそんなこんなで、領土拡大、すなわち開拓だ。


 といってもそんな大袈裟なものじゃない。家を囲むブロック塀の外——その一画を切り拓いて、獲物を解体する作業場を作ろうというのである。


 面積にして四、五メートル四方、だいたい八畳くらいか。

 作業台、それからハンガーフックを常時設置できて、大きめの獲物もどうにかなるのが理想。とはいえ作業台もハンガーフックも今はどうにもならない。ので、まずはスペースを確保し、それからちゃんと僕の魔術が作用するか——つまり塀の外側の空間も結界で守ることができるかの検証をする。


 検証というより、できるようにならなきゃいけないんだけど。


 場所は門の横。ちょうどワイバーンの首を埋めたところの周辺だ。解体場が門のすぐ隣にあるのはどうかとも思ったが、狩りから帰ってきて獲物をわざわざ裏手に運ぶのは効率が悪い。客が来る訳でもなし、これでいいや。


 本当は水を潤沢に使いたくて、だからキッチンの流し場なり井戸なりからどうにかして引っ張ってきたい気持ちはある。ただこれは今は無理。ホースもないし。


 まあ、できないことは後回しだ。


「この辺くらいまでかな」


 スペースを決めて、その中に生えてある樹をまずは処理する。

 全部で五本。薪のストックが増えると思えばやる気も出る。


「よ、っと」


 魔剣リディル(ほんとこの名前はどうかと思うよ父さん)を振るって樹木を次々と伐採していく。倒れた木々はその場で二、三分割しつつ庭に運ぶ。


「ショコラ、できる範囲でいいから枝を落とすことってできるか?」

「わうっ!!」


 たったか走って木々のところへ行き、牙をしゅぱっと一閃。さすがにそれほど細かくはないし、裏返して反対側の枝も——とまではいかないが、それでもめちゃくちゃ助かる。うちの犬はたいへんかしこい。


「わうっ! ばうばう!」

「ちょっと、葉っぱについてる虫を食べちゃいけません!」

「くぅーん」


 かしこい、はず……。


「だいじょぶ。クー・シーはなんでも食べる。よほどの猛毒でもない限りは平気だし、毒かどうかもちゃんと嗅ぎ分ける。スイは過保護すぎ」

「そうなのか……でもさあ」


 普通の犬として十三年間一緒にいたから、なんだか心配だし感覚がいまいちわからないんだよなあ。


「わう?」

「うん、わかった。お前の鼻を信用することにするよ。でも変だと思ったら食べちゃダメだぞ」

「わん!」


 わしゃわしゃと撫でる。

 まあ枝をばさばさ楽しそうに切ってるし、放って作業に戻ろう。

 

 次は抜根だ。切り株の周囲へ剣を適当に刺し、地面に埋まっているであろう根っこを切る。それからショベルで切り株を掘り起こす。魔術のお陰で一連の作業がめちゃくちゃさくさく進むし楽である。


 ただ、身体強化したままに力任せでやるとたぶんショベルが保たない。加減をうかがいつつ、硬そうな部分は剣で代用する。


「この剣、なんか土木作業にしか役に立ってない気がする……」

「ん、おじさまも似たような使い方をしていた。だからだいじょぶ」

「父さんがこの剣使ってたの、記憶にないんだよな」

「私もそこまで詳しくは覚えてない。ぼんやり。私はスイより少しお姉ちゃんだから、ぎりぎり覚えてた」

「……カレンって、幾つなの?」

淑女レディに年齢を尋くのはダメ」


「もしかしてエルフって長寿だったりする? 見かけより長く生きてるとか……」

「たまに言われる。けどそれは誤解」

「あ、そうなんだ」


 この世界において人の寿命は、魔力の質と量、魔導の熟練度によってある程度の延びを見せるそうだ。おまけに魔力が充実している間は若さを保つので、六十、七十になっても二十代の外見をしているような人もいるとか。

 平均寿命もあちらよりも長く、百歳ほど。百五十過ぎまで生きた例もあるらしい。


 でもって、エルフは他の人種よりも魔力を溜め込みやすい体質をしている。なので百を超えても元気な人や、若い期間の長い人の割合が多い。

 これらに加えてエルフが少数民族なこともあり——あいつらどいつもこいつも若いし長生きだな、からの『二百年も三百年も生きるのでは?』という誤解が生まれ、一部で根強いとのこと。


「じゃあ、やっぱりカレンは僕と同じくらいなの?」

「ん。でも私の方が少しだけお姉ちゃん」

「少しだけって何年くらい?」

「二年くら……あ」

「なるほどね」

「むう……誘導尋問は卑怯。スイはあっちでやはり歪んだ教育を施されている。私が叩き直す必要がある」


「いいじゃないか。家族の年齢や誕生日はちゃんと覚えておきたいよ、僕は」

「ん……そう。家族、かぞく」


 背中を向けてうつむき加減に、カレンは身体をもじもじさせる。

 かわいいな、と思うけれど口には出さない。


「切り株引っこ抜いた後の穴、どうしようか」

「別のところから土を運んで埋めないと。危ない」

「ゴミ捨て場として利用できないかな? コンポストというか。えっと……生ゴミとか、あとは獲物の食べられない部分とかを集めて堆肥たいひにするってやり方が向こうではあったんだよね。まあ堆肥として使うかどうかは置いといて、だけど」

「ん、じゃあひとつの穴を大きく深くして、その土で他を埋めるのは?」

「いいね、そうしよう」


 わいわいと話しながら作業は進んでいく。

 こういうの楽しいな——ひとりにやけながら、僕はショベルを土に突き入れた。

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