おかえり、母さん
いろいろ不足してきたところで
電気が使えるようになってから三日が経った。
この三日で、生活環境は随分と整った。
一番でかいのは、僕の新しい魔術——『
ストック、とは父さんがそう呼んでいたらしい。まさしく文字通り、戸棚の中の物資である消耗品の数が減らないというもので、そんなでたらめなことがあるかよとたいそう驚いた。気付いた時には使えるようになっていたのでなおさらである。
詳しい仕組みはよくわからない。ただ、電気や水道と同じような魔術だという直感はある。闇属性の■空魔術による■果混線。戸棚の中の状態を「■■と同じ」であると■認させ、内部の状態を一定に■つのだ。これは戸棚の扉を閉じた瞬間に発動する。世界観■を失った空間の、波■関■を再■散させることで——ダメだ。やっぱりいまひとつ、知識と感覚の間に
まあともかく、結果だけを言うならば。
キッチンの戸棚にストックしてあったレトルト食品やペットボトルの水、ショコラの好きなドッグフード。
それから砂糖、塩、みりん、醤油などの各種調味料。
加えて洗面所の棚にある、シャンプーやリンスにボディーソープ、洗濯用洗剤。
そういった、日本でしか手に入らない消耗品が『なくならずに済む』のである。
なお補充はパッケージ単位だ。水ならペットボトル、醤油なら瓶、シャンプーならボトル。取り出した後で棚を閉じれば次の日くらいにはストックの数が戻っているが、半分に減った水を戸棚に入れておいたとしても、中身が復活したりはしない。
「これ、シャンプーとか無限に手に入るなら
「おすすめはしない」
「やっぱり市場と経済が混乱するから?」
「ん、それもある。でも一番の要因は、スイの魔術の限界」
「どういうこと?」
「たとえば今すぐペットボトルの水を全部、戸棚から出したとする。そうして一日経った後、水が復活しているかというと、たぶん難しい」
「なんでそうなるんだろう。魔力が足りない、とか?」
「んー……大雑把に言うとそう。細かく言うと術式の構造になるから少し違う。ただ『数が減りすぎると戻らない』っていうのは意識しておいて。下手をすると、戸棚の中が空っぽになった状態で固定される可能性もある」
「なにそれ、こわっ。……あ、だから『備蓄の消費を控えた方がいい』って言ってたのか。僕がこの魔術を使えるようになる前に数を減らしすぎちゃってたら、その状態がデフォルトでスタートしてたかもしれないから」
「ん、そういうこと」
——とは、この魔術を使えるようになった時に交わしたカレンとの会話。
要するに、これは
ただ父さんもさすがに、家がこんな森の奥深くに転移するとは想像していなかっただろう。たとえ電気が使えても、綺麗な水が確保できても、生活用品がなくならなくても——森の中に住んでいれば、足りないものが自ずと出てくる。
まずは服。
これは最も
現在、僕とカレンはふたりで三着の服を着回している。そのうち一着はカレンの女ものだから僕が着る訳にはいかず、下着に至っては言わずもがなだ。
どうにか洗濯の回数を多くしたり、あまり動かなかった日は洗濯を我慢したりなどで凌いでいるが、そろそろ厳しいなと感じるようになってきた。
ちなみにカレンとも話し合ったが、
「ん、私はスイの服を着るの、問題ない。スイのにおいがするから好き」
「いや洗剤は同じだからね?」
「冗談。でも、不便なのは確か」
——と、僕の顔が熱くなるようなことを言われただけで結論は出なかった。
で、続いては工具、DIY用品。
つまり釘とか金槌とか、メジャーとかロープとか
これは工具そのものが必要というよりも、必要なものを作るために工具が欲しいのだ。主に、狩ってきた獲物を
現状、カレンとショコラには比較的小さめのもの、鳥や兎の類をお願いしている。が、効率を考えるなら猪とか鹿とか、そういうでかいやつを仕留めて肉を冷凍しておくのが一番いい。
ただ大きな獣を解体するとなると、さすがに本格的な解体台やハンガーがいる。地面に板を置いての解体は今もやっているが、姿勢が悪くて疲れるし難儀する。外で枝に吊るすのも、今のサイズでぎりぎりだ。
そして解体台やハンガーを製作するのに、剣一本ではどうしようもない。
というか欲を言うなら更に、解体用のでかい包丁が欲しい。ハンガーの基礎となる滑車も欲しい。こういった文明の利器は、不足してみないとなかなか重要性を思い付かないものだなあとしみじみ思う。
カレンにそういったものを補充できないか尋いてみた。
「最寄りの街って、ここからどのくらいなの?」
「ん……身体強化を全力で使って、不眠不休で走ればたぶん三日くらい」
「えっと、普通の手段では?」
「ちゃんと夜は野営してとなると、えと、一週間から十日くらい?」
「そんな違うんだ。身体強化すごっ……じゃあ荷物ありの馬車とかだと?」
「それも同じくらいだと思う。こっちだと
「それもすご……。てか、片道十日かあ」
「スイ。ヴィオレさまがもうすぐ来るから、それまではどっか行っちゃダメ」
「いや、それはわかってるよ。行き違いなんて申し訳ないし。……行商人にこっち来てもらったりとかってできないのかな」
「それは無理。ここは秘境。スイはたぶん実感がないと思うけど、普通の人間が来ることのできる場所じゃない。前人未到の魔境って言われてる」
「アマゾンの奥地みたいなもんかあ」
まあ、母さんと会ってからにはなるが、いずれ街には行きたい。
喫緊でなくとも、欲しいものはたくさんある。
たとえば薬や包帯の類。戸棚には薬箱が一応あったからなくなることはないにせよ、いつ重篤な病気や怪我が襲ってくるとも限らない。あっちの薬が効かない、異世界特有の病気なんかもあるはずなのだ。
それからフルーツ。果実そのもの、できれば種。
そろそろ甘いものが恋しくなってきた。スイーツを作れれば言うことなしだし、果物を生のまま齧り付いたりもしたい。
スイーツといえばミルク、更には乳製品もだ。
たとえ街で買っても持ち帰るのに十日もかかれば腐ってしまうだろう。だったら牛とか山羊とか、庭で飼えないものだろうか。
あとは料理の幅を広げるために味噌や乾物。出汁が取りたい。グルタミン酸とかイノシン酸とかをぶち込めるなにかが欲しい。それを言い始めたら海産物が食べたいな。この際、川の幸でもいい。魚、そうだ魚だ。この近くに川が流れてないだろうか。水道が使えるからと探索をおろそかにしていたが、川があって釣りとかすれば魚が獲れるのではないか——ああ、だったら釣り竿に針と糸!
「人間の欲って、際限がないな……」
「わう?」
「お前は甘いものも魚介類も食べられないもんな」
「わう……」
「それともクー・シーって平気なのかな」
「わう!」
「あとでカレンに
ソファーに沈みながら、ショコラを撫でて
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます