準備を整えて

「すごい! みんと、ういた、ういた!」

「な、言ったろ? おれたちでなら、持ち上げられる……って!」

「で、でも……っ、長くは、無理ぃ……!」


 水平に両手を広げるミント。

 その左右をジ・ネスくんとミネ・オルクちゃんが掴み、小さな翼をぱたぱたと羽ばたかせている。ミントがきゃっきゃとはしゃぐのをふたりの子ドラゴンが必死で上に引っ張って、地面から三十センチの浮遊。

 すぐにふたりの限界が訪れて、ミントはすたっと地に降り立つ。


「はあ、はあ……つか、れ、た」

「もう、だめえ……」

「たのしかった! ありがと!」


 きゃっきゃとはしゃぐミントに、息切れする子ドラゴンたち。みんなで笑い合いながら草原に腰を下ろしていた。


「あっという間に馴染んだようだなあ」

「ミントも人見知りとかしなかったな。生まれる時にジ・リズの血をもらってるからかな。その子供たちってことがなんとなくわかるのかも」

「わう」


 そんな一同を少し離れた場所から見ている、僕とジ・リズ、そしてショコラ。

 僕はいま——ドラゴンの里へと来ていた。



※※※



 目的は仕入れだ。セーラリンデさんを我が家へ招くにあたり、食事をいろいろ用意したいと思った。なのでまずは材料を調達ということで、里に頼むことにしたのだ。


 本来は僕ひとり(とショコラ)で赴くはずだったが、せっかくだからとミントも連れてきた。里のみなさんに紹介し、子ドラゴンたちともすぐにあの調子。


「ジ・リズには申し訳ないな。だいぶ足になってもらっちゃうね」

「かか! そういう時は『翼になる』というのだ、スイよ」

竜族ドラゴンっぽい言い回しだ……」


「まあ、気にするな。ちゃんと肉ももらっていることだし、頼られて悪い気もせんしな。それにひなたちにもいい経験をさせてもらってる。子の時にアルラウネと遊んだ者など、竜でも聞いたことはないぞ」

「ええ、そうですよ。それにこのひとったら、雨季の間はなんとなく元気もなくて。あなた方に会えなかったのがよほど寂しかったようです」

「おいミネ・ア、格好のつかんことを言わんでくれ」


 そうは言っても今回、ジ・リズにはかなりの長さを飛んでもらうことになっている。


 まずはドラゴンの里と我が家へ物資を載せての往復、加えてシデラまでセーラリンデさんの送り迎え。いや、セーラリンデさんをうちに呼ぼうと言ったのは僕なので、ジ・リズにやらせてるのも僕なんだけども。


「ショコラ、ここはいいからミントたちの子守りをしてやって。食材をまとめ終わったらまた呼ぶから」

「わん!」


 ひと吠えして草原へ走っていくショコラ。笑い合っていたミントと子ドラゴンたちが、その姿に気付いて大きく手と翼を振る。


「しょこらー! じねす、と、みねおるく、のせて、はしって!」

「あうっ」


「アルラウネの子、なんとも可愛らしいものですね」

「うちの自慢の娘です」

「ふふ、ジ・リズの気持ちがわかります。あなた方と交流するのは退屈しない」

「いえいえ、こっちがだいぶ甘えちゃってますから」

「あら、海の変異種を退治してくれたのがどなたか、もうお忘れ? あれは本当に助かったのよ。ラミアたちの命を救ってくれたのだから、うちの夫なんて幾らでもこき使ってくださいな」


 ミネ・アさんが夫の背中を尻尾でばしんとやり、涼やかに笑う。

 なんか、この一家でのジ・リズの扱い、なんとなくわかっちゃったな……。


 ともあれ、今日のところはあまり長居もしていられない。


 いただいた食材をリュック——母さんが森に来た時に担いでいたでかいやつ——に詰め込んでいく。中には貝や海老、それに魚などもあり、思わず顔が綻ぶ。


 ラミアさんに聞いたが、海は平和なもので、漁獲量も盛り返してきているそうだ。大きな魚も獲れるようになったし、もう心配ないだろうとのこと。


 それでも、万が一があったらいつでも頼ってほしい。彼女たちにとって海の幸は命を繋ぐ大切なものだ。


 できればなにか、僕の知っていて彼女たちには目新しい料理を教えることができればいいんだけど。ラミアって肉はもちろん魚も、基本的には生食なんだよね。味覚も僕らと同じかはわからないし。これは気長に取り組むとしよう。


 そうこうしているうちにすべての食材の詰め込みは終わる。


「ミント、じゃあな! 今度はポチも一緒に遊ぼうぜー」

「また、来てね!」

「うー! じねす、みねおるく! ありがと、たのしかった!」


 子ドラゴンたちにぶんぶん手を振るミントを膝に抱え、ジ・リズの背に乗る。ショコラもわんわんと別れの挨拶を吠える。


「近いうちに、ジ・リズのご家族も招待したいな。やっぱり子供連れで深奥部は危なさそう?」

「うーむ、そろそろいいかもなあ。懸念は、うちの雛らがはしゃぎすぎてぬしらの家の敷地外に出ちまうことだったんだが、最近は随分と聞き分けもよくなった。やっぱりぬしらの戦いを見せたのがよかったな」

「え、戦い? なんで?」

「かか、こっちの話よ! ……そうだな、考えておこう」


 世間話をしつつ空を飛び、里から我が家に帰宅する。ジ・リズはそこから更に母さんを乗せてシデラまで往復だ。いやほんとごめん。往復で四時間使うんだよね……。


「なに、天鈴てんれい殿ひとりであれば全力で飛んで構わんだろ。行きはいつもの半分もかからん」

「あんた、私をなんだと思ってるの?」

「なんだもなにも、世界で最も強い『魔女』殿だろ……」


 そんなやり取りをしつつテイクオフ。僕は見送った後、リュックから食材を出して大急ぎで料理を作る。もちろんカレンにも手伝ってもらう。


 再会した当初はただ僕の調理を見ているだけだったカレンも、最近は少しずつやれることが増えてきた。野菜を適当にざく切りにして、とかそういうのも任せられる。


 お陰で、かなりのいいペースで準備は整っていく。今日はよく晴れているし、家族みんなで食べたいから外でのパーティーにしよう。


 この日のため——という訳でもないのだけど、屋外で食事をする時にと、少し前から造っておいたものがある。あらかた完成した直後に雨季になってしまいずっと倉庫で寝かせていたのだが、満を持しての出番だよね。


「カレン、あれ、出してきてもらえる?」

「ん」


 倉庫へ向かったカレンが、でっかい円形のを頭上に抱えて庭へ歩いていく。僕らが両手を回してようやく半径になるかというほどの、木の——を加工した、ラウンドテーブルだ。


 ずしん、と音をたてて庭の中央に置かれる。


「このまえのやつ! おっきい!」


 きゃっきゃとミントがテーブルの表面に手をつけてぱしぱし叩く。はしゃいでいても上に乗ったりはしない。食事に使うものだと理解しているのだ。かしこい。


「本当はニスを塗って仕上げたかったんだけど、間に合わなかったんだよね」

「ん……どのみち雨季じゃ難しかった。夏にかけてやろう」


 こっちのニスは、琥珀を使っているらしい。保護剤としてはもちろん、艶が出て年輪も綺麗に見えるようになるとか。ただ倉庫の中だったとはいえまた湿気も吸っちゃってるだろうし、改めてじっくり進めるか。


 料理もあとは仕上げを残すのみ。もちろんポチやショコラ、ミントの分も、それぞれに合わせたメニューを用意してある。

 たとえ食べるものが違っていても、同じ場所で一緒に食事をすることに意味がある。


 そして、待つこと三十分ほど。

 ジ・リズの宣言通り、予定よりも一時間ほど早く、上空に竜の影が見えて。




 母さんとともにセーラリンデさん——僕らの大伯母さんが、庭に降り立った。

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