やきもきしても仕方ない

 そうして、ハジメさんとリックさん、ノエミさんの三人は旅立っていった。


 シデラでの滞在はわずか二泊、実質的には一日半。とんぼ返りというか、右往左往というか、慌ただしくさせてしまい申し訳ないと思う。全部が解決して落ち着いたら食事でも誘ってみようかな……。


 彼らが出発した後、カレンはぽつりと言った。


「ハジメは義理堅くて真面目な子。でも本来はその分、他人には優しいし、思いやりがある。きっと私たちにも、内心で悪いと思ってたはず」

「融通が効かなさそうなのは父親似なのかしらね。……当の父親は、随分とすれてしまっているようだけど」


 母さんがそれに続き、僕はだから頷いて返す。


「なんにせよ、一週間か。やきもきしても仕方ないから、準備を整えておこうよ」

「わうっ!」


 たぶんよくわかっていないショコラがぴょんぴょんと僕にじゃれついてくる。

 まずは、そうだな……。


「僕らが出る前に、ミントに街に慣れてもらわなきゃね」



※※※



「こんにちは、みんとだよ!」

「あらあらあら可愛らしい! 改めてこんにちは。お食事会以来ですね」

「ミントちゃん、ウチらのこと覚えてる?」

「うー、おぼえてる! でも、おなまえは……えっと、えっと……」


「名前まではさすがにかあ。こっちがトモエさんで、こっちがリラさんだよ」

「ともえ……りら。もうわすれない!」


 と、いうわけで。

雲雀亭ひばりてい』をお借りして、お茶会をすることにした。


 呼んだのはトモエさんとリラさん。要するに女性陣のふたりだ。

 家族を代表してセーラリンデおばあさまが微笑み、頭を下げる。


「私にとっては孫も同然です。おふたりとも、どうかよろしくお願いしますね」

「もちろん! スイっちたちが留守の間は、おばーちゃんが面倒を見るの?」

「ええ、ポチも一緒に、のんびり過ごそうかと思います」

「困ったことがあったら遠慮なくわたくしたちを頼ってくださいましね」

「そーそー。これでもウチらふたりとも、それなりに顔が利くからさ!」


 トモエさんは『雲雀亭』の看板娘として、リラさんは冒険者ギルドの職員として、方々にコネクションがある。本人たちの(方向性はそれぞれ全然違うにせよ)人柄もあって、街の住人たちにも慕われているのだ。


 シデラの街が僕らは好きだけど、それでもやはり不特定多数の人間が暮らす場所であることは変わりない。竜族ドラゴンの里みたいに、害意のある存在が皆無だという保証はないのだ。


「……まあ、ミントにかなう奴なんていないんだろうけどさ」


 いただいたお茶の香りを楽しみながら、僕は苦笑する。

 ミントはさっそく、トモエさんとリラさんからもみくちゃに可愛がられていた。ミントもすぐに心を開いたようで、にこにことされるがままにしている。


「僕らの留守を狙ってミントたちに手を出そうなんてやつらがいるかどうかだよね」

「ん、エルフ国アルフヘイムはそこまで嫌な国じゃないと思いたい。けど、私も国内情勢に詳しくはないから、断言はできない」

「心配はあるけれど……いまスイくんも言ったみたいに、ミントは強いから。それに伯母さまも『魔女』なんだし、気にしすぎる必要はないと思うわ。もちろん、油断はしないけれど」


 おばあさまたちに面倒を見てもらうだけではない。

 僕らが街を発った後は、四季シキさんの手配で妖精たちにもついてもらうことになっている。僕ら以外には決して認識できない不可視の護衛だ。


 もし、本当の本当に万が一があれば、妖精経由で四季シキさんに連絡が行き、四季シキさんの『穴』を使って『妖精境域ティル・ナ・ノーグ』経由で瞬時にシデラへ瞬間移動することもできるのだ。もちろんリスクがあるから最後の手段だとはいえ——ここまで厳重に手を打っていてなお、第三者にどうこうできるとは思えない。


「やっぱり、ミントには外の世界もちゃんと見てもらいたいしね。籠の中から出さずにいるのは、大切にするのと違う」

「ん。この機会に、街にも馴染んでほしい」


 いつか、遠い未来。

 僕らがいなくなったとしても、この街はきっと今のままあり続ける。

 だからミントには——僕らよりもずっと長生きするこの子には——シデラの街を、愛してほしいんだ。


「ギルドには解体場があるんよ。冒険者が森から持って帰った獲物をそこでバラすんだけど、やっぱり廃棄する箇所が出ちゃうんよね。それをミントちゃんのところに手配しとくからさ」

「ありがとう、助かるよ。いろいろ食べられるようにはなってきてるけど、メインの栄養源はまだそっちに頼ってるから」

「ウチのとーさん、解体場で働いてっからねー。役得よ役得」


 片手でミントの頭を撫で、もう片方の手でフォークをひらひらさせながら、リラさんがけらけらと笑う。


「うちの一番上の弟と一番下の妹が、牧場で働いてますの。ポチちゃんのご飯はお任せくださいな。運動もさせてあげられると思いますわよ」

「助かります。じゃあ弟さんと妹さんの牧場に、正式な仕事として依頼しなきゃ。仲介をお願いします」

「ほんと、スイさんは律儀というか、しっかりしてらっしゃいますねえ……」


 ミントを挟んでリラさんの反対隣に姿勢よく座り、優雅にお茶を飲みながらトモエさんは肩をすくめる。


「だから、お肉はウチが持ってってあげるね」

「うー、ありがと、りら!」

「あら、お肉だけじゃ栄養が偏りますわよ。野菜や果物はわたくしにお任せくださいな」

「ともえもありがと! やさいもくだものも、すき! とーにゅーせーきがすき!」

「豆乳セーキですか?」

「うんっ! あのね、すいがね、いつもつくってくれるの」

「まあ。じゃあ、うちの店のものと同じですわね。うちの豆乳セーキも、スイさんに作り方を教わったものですのよ。スイさんがお留守の間は、うちにいらしてくださいな。スイさんのものには負けるかもしれませんが、ご馳走しますわ」

「ほんと!? うれしい!」


 こくこくとフルーツジュースを傾けながら、にこにこするミント。


「食べ物で懐柔されてる感があるなあ」

「わふっ」

「お前は人のことを言えないんだぞ。口の周りを真っ白にして」

「わうっ!」

「あ、ミルクのおかわりが欲しいってことね……」


 なんにせよ、トモエさんもリラさんも、ミントのことを可愛がってくれてよかった。

 僕はほっとしながら、きゃっきゃと黄色い声をあげる三人を見守るのであった。

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