だけど意外に縁は深くて

「……じゃあ本当に冒険者として、王国内外を飛び回ってるんですか」

「うむ、その通りだ!」


 僕の呆れ混じりの問いかけに、ノアップ殿下——ノアさんは自信満々に頷いた。



 場所は変わって、応接室である。

 さすがに廊下でいつまでも騒いでいる訳にはいかず、移動したのだ。


 同席しているのは支部長のクリシェさんと、セーラリンデおばあさま。ベルデさんとシュナイさんは『俺らが同席するのはちょっと』と挨拶だけして辞してしまったけど、僕にはわかる。面倒くさくて逃げたな……。


 まあ元々、ふたりは偶然巻き込まれたみたいなものらしい。ギルドのロビーでだらだらしていたところにノアさんとパルケルさんが来訪した。それでクリシェさんにわたりをつけたついでとして、一緒に僕を待っていてくれたようだ。


 ——ともあれ。


 クリシェさんもおばあさまも、その顔に浮かべる色は困惑。なにせ目の前にいるのはこの国の第三王子と、獣人領の姫君の組み合わせ。どう対応したものかを悩んでいるようだ。


 仕方ないので——あまり気が進まないけど——僕が思い切ることにした。


「ノアさん……ノアくん、と呼んでもいいです? あと、敬語とか使わなくても大丈夫ですかね」

「おお、なんと!」


 ノアさんはめちゃくちゃ嬉しそうにそのハンサム顔を綻ばせた。


「そう言ってくれるとはありがたい! いや、僭越せんえつながらお主の御母堂ごぼどう……『天鈴てんれい』さまのことを、余は魔導の師と仰いでいる。そんな師のご子息ともなれば、殿下だなんだと呼ばれるのはどうにも申し訳がないし、かしこまられるのも居心地が悪くてかなわん」

「わかった、じゃあ、ノアくん」


 僕は無礼を承知で、核心を切り出す。


「単刀直入で不躾ぶしつけなんだけど……政治的な意味合いは一切ないと考えていいの?」


 瞬間、場が一瞬だけ凍った。

 正確には——凍ったのはクリシェさんとおばあさまの気配だ。ふたりが尋きたくて尋けなかったことを、僕が切り込んだのだから。


「……ふむ。まあ、当然の疑問であるな」


 ノアくんは腕組みをして、顎を下げる。

 すると隣に座ったパルケルさんが、呆れたように言った。


「というより、先にその弁明をしなきゃいけなかったんじゃない? ノアはこういうの疎いから頭から抜けてるだろうけど、彼、でしょ」


「ええ、その通りです。パルケルさま」

 おばあさまが同意し、深く息を吐き、問うた。


「ノアップ殿下。スイのことはどなたからお知りに?」

「母上が手紙を寄越してな」

「ファウンティアさまですか……」


 そうつぶやくと、おばあさまは僕に視線を向ける。


「スイ。王妃陛下は、たいへん聡明でいらっしゃいます。それに知っているでしょうが、両陛下はヴィオレに頭が上がりません。ですから少なくとも、スイたちのことを利用しようとか、囲い込もうとか、そういう意図はないでしょう」


 母さんと父さんは、かつて国王さまが即位する際、はちゃめちゃな無茶……もとい、たいへんな貢献をしたそうだ。それもあり、ハタノ家そのものが国にとってアンタッチャブルみたいな扱いになっているらしい。


「まあ、よしんばスイが殿下のことを気に入って、友誼ゆうぎを結んでくれたらという思惑くらいはあるでしょうが……それよりも両陛下のことですから、単に友の息子に、自分たちの息子を会わせたかっただけなのかもしれませんね」


 遠くへ想いを馳せるような顔。

 そんなおばあさまに、ノアくんは感慨深げに言う。


「大叔母上、少しお変わりになったか。しがらみから解き放たれた、そんな顔をしている」

「相変わらず、殿下は勘が鋭くていらっしゃいますね」

「ははは! 代わりに頭が悪いから、褒められたものではないがな!」


 そっか、ノアくんにとってもおばあさまは親戚にあたるのか。

 祖父——先代国王の義妹、だから義理とはいえ大叔母。関係も僕らと似ている。


「まあ、そういうことだ。そもそも余は放蕩ほうとう者だからな。王族の責務を果たすという意味では、養子のエイデル義兄あに上の方がよほど息子らしい」


「エイデルさまは、両陛下の養子で今の宰相閣下です」

 ぼそりとおばあさまが補足してくれる。

 

 と、そこでカレンが口を開いた。


「……パルケルは? 獣人領からなにか言われてるとか、そういうのはない?」

「あはは、ないない」


 パルケルさんは笑いながら即答した。


「あの国がそんなまどろっこしいことすると思う? 第三王子と婚約してるあたしにすらなーんにも言ってこないんだよ。それに、万が一にでも手出ししてきそうなら『妖精犬クー・シーを家族にしてる』って伝えれば一発で手を引くね」


 ショコラに注がれる熱い視線。


「わふ……?」

「なんでもないよ」


 きょとんとしてこっちを見上げてくるショコラをわしゃわしゃしていると、おばあさまが僕らへ向き直り、こくりと頷く。


「まあ、信用してもいいでしょう。私はノアップ殿下を幼い頃から知っていますが、妙なことを企むような為人ひととなりでもないし、まつりごとからも距離を置いています。むしろ政治というなら、私の方がよほど中枢に近い」

「はは、違いない。なにせ王族としては飾りにすらなっていないからな!」


「……本人が言うように、内廷費ないていひも返上しているくらいです。冒険者として完全に自活し、国からいちニブも受け取っていないのですから。……万が一、殿下があなたたちを政治に巻き込むことがあったとしたら、私が責任を持って止めますよ。それが意図したものであろうとなかろうと」

「余も、細心の注意を払おう。そのような醜態、余らどころか王宮が『天鈴』殿に滅ぼされて然るべきだ」


 今の王宮において母さんの影響力は絶大なようで……。

 まあ確かに、あのとんでもない昔話を聞けば無理からぬことだとは思う。


 ともあれおばあさまも保証してくれているのだから、ここは純粋に『わざわざ会いにきてくれた人たち』として彼らに接しよう。

 僕は改めてノアくんたちに言う。


「あの……僕に会ってみたかった、と言ってくれてありがとう。ただ、僕らはこの街に住んでる訳じゃないんだ。今日ももう少ししたら森に帰らなきゃならないし、来訪も不定期だし」


 日本みたいに、電車で三十分、とかそういうレベルではないのだ。


「王都からシデラまでどれくらいかかるのかわからないけど、短くない時間をかけて会いに来てくれたんでしょう? なのに顔を合わせたのは数十分で、次に会えるのもいつかわからないっていうのは、さすがに申し訳ないな、って」


 政治的に利用したいとかの打算がないのなら。

 本当に、ただ会ってみたかった、顔を見てみたかった——というだけであるなら。

 会いに来てよかったと思えるなにかを、せめて提供したいなと思う。


 僕の言葉に、ノアくんは一瞬だけぽかんと口を開けた。

 が、すぐに満面の笑みを浮かべ、


「スイ。お主は好漢であるのだな……迷惑も省みず押しかけた余らのことまでおもんぱかってくれるとは。いや、予想していなかったぞ。そして気に入った! 余はお主ともっと話をしてみたい。同じ時間をともに、もっと過ごしてみたい!」


 そんなストレートに面映いことを言う。

 ただ、だったら余計に申し訳ない。


「ごめんなさい、さっきも言ったけど、そんなに頻繁には……」

「今日でなくとも構わんだろう? 余らが待っていればいい。あるいは、それも迷惑をかけるか?」


「いや、全然迷惑とかじゃないよ。でも、待つったって」

「うむ、それはよかった! では家を買おう」

「…………は?」


 続いたノアくんの言葉に、僕は間抜けに口を開けた。

 家? 買う? どこに?

 この街に?


支部長マスター、土地屋を営んでいる商会があれば仲介を頼みたい。空き家がなければ土地だけでも構わん、建てることにしよう」

「あ? はい? あ、いや……ああ。それは、構わんの、だが」


 急に話を振られたクリシェさんが固まっている。


 最近わかってきたのだが、この人、任侠の親分みたいな顔をしてるのに意外と小心者というか、こういう急なやつに弱いんだよね……いや驚いてるのは僕も同じなんだけど。


「ちょっとノア。家を買うって、あたしの意見は無視?」


 さすがにパルケルさんがつっこんでいった。

 そりゃそうだ。ふたりで一緒に行動しているのだから、急にここに家を買うなんて言い始めるのは想定外——、


「立地と間取りはあたしに決めさせてよね。庭付きじゃないと嫌だよ。それにカレンたちが泊まれるように部屋数も多くね」


 ——ではなかった。


「スイ。もうわかると思うけど、あのふたりはちょっとおかしい」


 カレンが僕に身を寄せて、耳打ちしてきた。


「でも、友達になれると思う。ふたりとも、くだらない打算とか悪巧みとかをするたちじゃない。ノアップ殿下は暑苦しいけど、そこを我慢すれば」

「最後のやつ悪口じゃない……?」


 それでもカレンの声音は明るく転がっていた。



 どんな家を買うかああだこうだと騒ぐふたりはすごく楽しそうで、幸せそうで——だから僕も、彼らと仲良くなれたらいいなと思った。

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