混ぜてみたらできちゃった
白菜の浅漬けが大好評となったことは、たいへん喜ばしい。
『漬物でお米を食べる』という文化が、我が家に根付いたからだ。
なのでまずは、白菜を本格的に漬けた。ちゃんと発酵を進めたやつも美味しいってことを知ってもらいたかった。あとはカブと大根、それから野沢菜も。カブは酢漬け、大根はたくあんに、野沢菜は塩漬けで。
思いのほか盛りだくさんになってしまったが、こういうのは食卓に一品あると本当に助かるし、お茶請けやおつまみとしても重宝する。
唐辛子が決め手にはなったけど、この調子だと——唐辛子を加えないたくあんや野沢菜漬も、受け入れてもらえるんじゃないかと思う。
さて、
こいつを仕入れたのは、もちろん漬物だけが目的ではない。
「やっぱり
「わふっ?」
軒先に大根を吊るしながら、足元のショコラに語りかける。
縁側の柱をくんくん嗅いでいたが、律儀にこっちを向いて返事をしてくれた。かしこい。
「豆板醬があれば料理のレパートリーがぐっと増えるんだ。麻婆豆腐、麻婆茄子、それにエビチリ」
「わふっ……」
レパートリーが増えるというより、ジャンルが分岐すると表現する方が正しいかもしれない。豆板醬はメインに使ってよし、隠し味に使ってよしと、とにかく便利な万能調味料だから。
「でも、唐辛子だけじゃ足りないんだよな。そら豆が要る」
「くぅーん」
そら豆はこっちの世界にもよく似た品種がある。が、日本と同じく収穫時期は春。今はさすがに手に入らない。
一応、大豆でも作れないことはないらしいけど、大豆の発酵調味料としてはすでに味噌があるし、というか豆板醬も味噌の仲間みたいなもんなので、ここはしっかりとそら豆で作って味を差別化させておきたかった。
「まあ、豆板醬を作るほどの量がそもそもないか……あれ、ショコラ?」
「わうっ!」
返事がなかったので視線を向けると、もはや軒下にはいなかった。大根の陰干しに精を出す僕を置き去りにして気ままに庭先をうろうろし——自分の尻尾を追いかけながらくるくる回ったりなどしている。
「話、聞いてくれてたわけじゃなかったかあ」
「わんっ!」
そのままガーデンの奥、ポチのいる牧場の方へ行ってしまった。
「困った。もうこれでひとりごとが言え……」
「ん、なら私が聞く」
「……! びっくりした」
唐突に背後から声がかけられたと思ったらカレンだった。
「二階にいたと思ってたのに」
「いま、下りてきた」
「足音、全然しなかったな……」
カレンは僕の隣まで来ると、縁側に腰掛けて吊るされた大根を見遣る。
「スイはよくなにか干してる。面白い」
「そんなにいっぱい干してるっけ……」
「お魚とか、あと、お豆腐も」
「一夜干しに、高野豆腐ね」
ドラゴンの里から仕入れる魚の中にホッケに似たやつがあり、一夜干しすると味がよくなるのだ。高野豆腐は言わずもがな。
「干すと、うまみが増える?」
「よく知ってるね」
「ふふん。干しきのこで学んだ」
ドヤ顔で胸を張るカレン。
まあ、もう一緒に暮らし始めてけっこう経つし、僕のやることを一番間近で見てるのはこの娘だもんね。
「でも、全部じゃないよ。昨日買ってきた唐辛子とかも干して乾燥させてるけど、あれは旨味じゃなくて保存のためだね」
「胡椒とかと同じ?」
「そう。香辛料は少しずつ長期間使うものだから」
他愛ない会話だが、カレンはいつも、僕の言葉にじっと耳を傾けてくれる。
それが心地よくて、嬉しい。
「よ、っと。これで終了。さすがに、おばあさまがあっちに戻るまでには完成しなさそうだなあ、たくあん」
セーラリンデおばあさまは、今月の半ばくらいまでにはシデラに帰らないといけないそうだ。研究局の仕事とか、倉庫の物資の管理とか、いろいろやることが溜まってきているらしい。
年が明けてからすでに十日が過ぎているので、残りはあと四日か、五日。
ミントが寂しがるだろうな。ぐずったりはもうしないだろうけど、理性と感情はまた別だから。
「なにかご馳走、作る?」
「うーん……豪華なやつっていうより、珍しいやつがいいかなって」
帰ってしまうまでにもう一回くらいは、思い出に残るようなものを食べてもらいたい。ただ、いかんせん冬場は食材のバリエーションも少なく、珍しい獲物も狩れていない。
だったら今まで食べたことのないものをと思っても、おばあさまが先月の半ばにいらしてから、かれこれひと月ほど。さすがにバリエーションは尽きた。というか、昨日の漬物で打ち止めだ。
「あの赤いやつ……とうがらしで、新しい料理は作れない?」
「キムチとかかなあ。でも、白菜の漬物とかぶってはいるし。あと、辛いし」
唐辛子は辛いことが特徴であり長所だけど、同時にそれは難点でもある。
胡椒や他の香辛料と比較しても、その辛さは質が違う。
あの後を引く感覚——辛味とは痛みであると思い知らせてくれる刺激は、主役にしすぎるともうそれだけになってしまうのだ。
「辛いやつ、おばあさまはけっこう平気みたい。あの香辛料も気に入ってた」
「そうなんだ。でもさすがに、最終日にってのはなあ……」
唐辛子を使うとして、なにかすぐできる、かつ珍しい料理ってあるかな。
やっぱりキムチかな。豚キムチ炒めにするといいかも。
でもせっかくだから畑の野菜も使いたい。
肉と野菜を使って、かつ、とうがらしも使って、辛いやつか——。
「あ……」
「どしたの、スイ」
僕はくるりと、縁側に背を向けた。
そのままキッチンへと歩んでいく。
きょとんと不思議そうなカレンの視線を背中に受けながら、戸棚を開けて、奥にしまってあったペットボトルを三本ほど、取り出した。
「……それ、なに?」
「作りかけだったんだ」
リビングに戻り、ソファーに腰掛ける。
テーブルの上にペットボトルたちを置く。
カレンが隣に座ってきた。興味津々って顔をしている。
「惜しいところまでいってた。でも、どうにもなにかが足りなくてさ。なにかを足せばピタッとハマる気はしたんだけど、それがなんなのかはわからなくて、かといって、新しい香辛料も手に入らなくて」
テーブルに油紙を広げ、ペットボトルの蓋を開け、中身の一部を少しずつ出す。
途端、香ってくるのは強烈な——むせるような、しかし僕にとっては懐かしい匂い。
「これ……香辛料? いろんなものを混ぜてるの?」
「カレンはこの香り、どう?」
「ん、なんだか覚えがある。そうだ……これ、この前の、唐揚げの匂い?」
「あ、そっか、フライドチキンに使ったんだっけ」
最初から、あまり本格的なものは求めていなかった。
だからできるだけオーソドックスな感じになるよう心がけた。
それでもやっぱり、なにかが足りなくて——でも、今なら、それがなんなのか、わかる。
辛さだ。
後を引くような、ぴりっとした刺激が足りなかったのだ。
そして辛さといえば、
「そうだよ。クミンやコリアンダーで香りはそれっぽくなる。ターメリックで色は黄色くなる。でも、胡椒とかニンニクとか生姜とかシナモンとか、そういうのを足しても……最後のひと押しはやっぱり、これじゃなきゃ」
唐辛子。
スパイスとしての名前は、チリペッパー、もしくはカイエンペッパー。
油紙に、唐辛子の粉末を入れる。
すでにそこにあった香辛料たちとかき混ぜて、指につけて舐め、味わって——。
「うん。これだ。これで絶対に、いける」
僕は、確信した。
「……その香辛料、どんな料理にかけるの?」
「かけるのとは、少し違うかな」
問うてきたカレンに微笑むその顔は、きっとものすごくドヤっとしていただろう。
「カレーっていう料理なんだ。これで具材を煮込んで、ご飯にかけて食べる。父さんも好きだった、日本の代表的な家庭料理だよ」
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