特別な一日を過ごそう

 元旦とはいえ、日本にいた頃とはやっぱり違う。


 年賀状が届くわけでもなく、おめでたい空気のテレビ番組が放映されるわけでもなく、初詣に行くわけでもない。そういったイベントごとがなくなってしまったのは、正直、寂しくはある。


 ただそれでも、家族とゆったり過ごすことだけは、あっちでもこっちでも変わらない。変わらずにいられる。僕はそれが嬉しかった。


 朝食はサトウのごはんにお味噌汁と目玉焼き。でもって洗濯とか掃除とか、日課としての家事をそれぞれが行いつつ、元旦の午前は過ぎていく。


 母さんが庭でミントに魔術を教えたり、カレンがショコラを連れて散歩に出かけたり。おばあさまがお茶の美味しい淹れ方を教えてくれたり、ポチと一緒にのんびりしたり。


 そうして、お昼ご飯。

 早起きして作ったおせちを、いよいよお披露目することとなった。


「もちろん、それだけじゃないからね」


 さすがに食卓が物足りないのでもう一品、できれば正月らしいものをと考えた結果——を作ることにした。


 もちろん、本物の餅じゃない。この大陸には米そのものが普及しておらず、餅米も手に入らない。なので代用食ではあるけども。


 材料はおから。

 いわゆる『おから餅』と呼ばれるやつである。


 おからと片栗粉を牛乳と水で溶き、生地にして捏ねる。

 それを丸く形成して、フライパンで焼けばできあがり。


 砂糖醤油を塗ったもの。

 捏ねる時に刻んだ野菜を入れておやき風にしたもの。

 チーズを乗せてトマトソースを絡めたもの。

 あとはすまし汁に入れた、お雑煮——。


「うん、それなりに近い」


 いただきますをしてまっさきに僕が手に取ったのはお雑煮である。やっぱりお正月にはお雑煮がなくっちゃね。


 具材はおから餅の他に、鳥肉、大根、人参、青菜。日本ではいろんな派閥があったけど、波多野家ではこれだった。


 すまし汁そのものはたいへんいい感じであり、浮かべたおから餅もなかなか悪くない。本物と比べるとやっぱり粘りとかお米の風味とか、そういう面で物足りない気持ちはあるが——もちもちした食感は気持ちいいし、おからの素朴な味わいが生きている。なのでみんなも気に入ってくれるといいな。


 ……などと、考えていたのだが。


「んん〜〜! この甘いお醤油の味と食感、くせになるわねえ」

「ヴィオレさま、こっちの野菜が入ってるのも食べてみて。私はこれが一番好き」

「こちらのチーズを乗せて焼いたものも、とても美味ですね。素晴らしい」


「伯母さま、トマトソースは食べ慣れていないのではなくて?」

「私もシデラに来てからそれなりにはなりますからね。すっかり馴染んでしまいました。むしろ、あなたたちよりもよく食べていると思いますよ?」

「すまし汁に入れたやつもいい。ほっとする……いつもの、スイの味」


「ミント、はい。ちっちゃくしたわ。食べられそうかしら?」

「うー! ……おいし! おとうふとにてるあじ、する!」

「ん。おからで作ってるって言ってたから」


 どうやら大好評のようで、僕をよそに大盛り上がりしていた。

 そしておから餅だけではなく、おせちも。


「海老の煮物、すごく美味しいわ。味が染みていて、海老の風味と合わさって……ああ、お酒が飲みたくなっちゃう」

「この、だてまき……というのですか。なんとも不思議な味ですね。ふわりとしていて、なのにしっかり食べ応えもあって、それでいて後を引く」

「ふふん、おばあさま、その後に残る美味しいのは『うまみ』っていう。スイが教えてくれた、新しい味覚」


「ふおおお……なにこれ、あまい! やわらい! おいもと、くり!」

「ああ、そうね。ミントの言う通り、確かにさつまいもって、栗と似ているのよね。それを合わせて甘く煮ることで味がまとまってる。それに、一緒に食べるからこそ風味の違いが浮き彫りになって面白いわ」

「ん、なめらかなさつまいもの中に栗のごろんとした感じが楽しい。口の中が幸せ」

「これは、お菓子なのですか? でも、ケーキなどとは趣がまったく違いますね」


 みんなが口々にああだこうだと言いながら、料理に舌鼓を打ってくれている。そして感想を交わし合うみんなに浮かぶのは、笑顔だ。


 新しいメニューを出した時、いつも我が家はこうなるよねと——こうなってくれるよねと、改めて思う。


「喜んでくれて嬉しいよ」

「わうっ!」

「お、お前もおかわり、いるか?」

「わうわう!」


 足元でこっちを上目遣いに見てくるショコラを撫でて、皿にご飯を入れてやる。今日のはドッグフードと、同じ大きさに形成したおから餅を混ぜてミルクを注いだやつだ。どうやらたいへんお気に召したらしい。


「ミルクもいるのか? 落ち着いて食べるんだぞ、あとで口をちゃんと拭かせてくれよ」

「くぅーん……わふっ、わふっ」


 おかわりをがっつき始めたショコラに苦笑しつつ顔を上げると、ミントがしょんぼりしていた。もうあとほんのちょっとになった栗きんとんを前に、うんうん唸っている。


「うー……さいごのひとくち……もったいない……」

「大丈夫だよミント。まだあるから。晩ご飯の時にまた出してあげる」


 おせちに関してはけっこうな量がある——そのために早起きして、たくさん作ったのだ。三が日のうちはテーブルに並んで気分を盛り上げてくれるだろう。


「っ、ほんと!?」

「うん。だからもったいなくないよ。でも、あんまりたくさん一気に食べると気持ち悪くなっちゃうからね。お昼の分はこれで終わり。ちゃんと我慢できる?」

「できるよ!」


 大喜びで残った栗きんとんを平らげ、味わいながら身体を揺らし、満面の笑みを浮かべるミント。いつもと同じ、いつもの食卓、だけど今年初めての、特別な食卓。


 そう——つまり我が家の毎日は、いつだって特別なのだ。

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