次回はのほほんと遊びに来ます

 かくして、エルフ国アルフヘイムを去る日が来る。


 訪れた時と同じ、ノースバレル発着港。空はよく晴れていて風も暖か、飛ぶには気持ちのよさそうな日和ひよりだ。

 ハジメさんとエミシさん、それにエジェティアの双子が見送りに来てくれた。


「わざわざありがとうございます」


 他に人気ひとけはない。エミシさんが気を利かせて港を封鎖してくれていた。

 加えて、


「きみたちは本当に良かったのか? 始祖さまに会っておかなくて」


 まさしく今、始祖の凱旋——アリスさんの生存と帰還を周知するためのパレードが行われており、国民たちはみんな、そっちに注目しているのだった。


「僕らはいいんですよ、今生の別れってわけでもないし。それに、人に囲まれるのはさすがに恥ずかしいし……」


 実はこのパレード、僕たちにも『一緒に参加してくれないか』と打診があった。始祖を救出し魔王の討伐に貢献した『天鈴てんれいの魔女』とその子息、更にはクィーオーユの遺児たる『春凪はるなぎの魔女』——きみたちのことも救国の英雄として民に紹介させてほしい、と。


 秒で断りました。

 だって、ねえ。


「それよりも、早く家に帰って家族に会いたいです。な、ショコラ」

「わんっ!」


 尻尾をぶんぶんと振る愛犬を撫でながら、僕は背中に担いだリュックの肩帯を直す。中にはずっしりと、お土産が詰まっていた。


「そうか。……帰路、気を付けてくれ」

「あんたたちも達者でやりなさい。ユズリハによろしくね」


 母さんがエミシさんの胸を拳でとんと叩く。

 一方でカレンはハジメさんと別れの抱擁を交わしていた。


「ハジメ、元気で。気が向いたらシデラに遊びに来るといい」

「そうだね。自分も父の後を継ぐためには、世界を見て回る必要があると感じている。その時は是非。……エジェティアのふたりもシデラへ赴くんだろう?」

「ああ、この国のあれこれがもう少し落ち着いたら、また冒険者家業をやる。夏になる前には行けるといいな。スイさん、ベルデさんたちによろしく言っておいてくれ」

「ええ、もちろん。今度は直接、我が家に来てください」

「無茶を言うわね、あなた……。でも、そのくらい強くならなくちゃね。これから国の難事を、私たちの世代が背負うことになるのだもの」


 僕もリックさん、ノエミさん、ハジメさんと順番に握手する。


 ——やがて。

 空の彼方に黒い影がぽつりと現れ、見る間に近付いてくる。雄大な翼を広げた竜が、僕らを迎えにやってきた。


「また遊びに来ます。次回はトラブルとかと無縁に、のほほんと」

「スイくん——スイ=ハタノ殿。この国は、きみたちへの恩を忘れない。だからきみに気兼ねなく来てもらえるよう、私たちもこれから努力しよう」


 堅い挨拶はいかにもエミシさんっぽくあって。

 だから僕は苦笑しつつ、手を振りながらジ・リズの背に乗るのだった。


「お世話になりました。じゃあ、また!」



※※※



「うちーへかーえろー! あすーになーればぁー」

「きゅるるる! きゅうっ」

「わう! わんわん!」


「もうっちまうのか。少しはゆっくりしてきゃいいのに」

「さすがに、ひと月も開けてたんで。時間できたら遊びに来ます」


 蜥車せきしゃの幌の上に足を伸ばし、嬉しそうに歌うミント。

 久しぶりにハーネスを繋がれて大はしゃぎなポチ。

 ポチの周りを楽しげに駆け回るショコラ。


 そして、苦笑するベルデさんたちを前に、荷物を積み込む僕ら——。


 シデラへ戻り、母さんとカレンはミントの突撃を受け、わっちゃわちゃに彼女を抱き締めた。嬉しそうに鳴くポチにキスを送り、セーラリンデおばあさまに頭を撫でられて(母さんは恥ずかしそうに身を任せていた)、すぐに家へと出発することにする。


「忘れ物はないですか?」

「はい。おばあさま、さっきの話、よろしくお願いします」

「ええ、もちろんです。物件を確保したら連絡しますね」


 おばあさまにはひとつ、頼み事をした。

 小さくていいから、家を一軒——に必要なものだ。クリシェさんの伝手ですぐに見付かるだろう。


 見送りにはみんな来てくれた。

 おばあさまをはじめとして、ベルデさん、シュナイさん、クリシェさん、リラさんにトモエさん、ノビィウーム夫婦に、ノアとパルケルさん、ドルチェさん。


 代表して、ベルデさんが僕の前に立った。


「リックとノエミに通信をもらったから、お前らが空の上でなにをやったのか、軽く聞いちゃいる。いるが……先史の魔王なんて、俺たちには途方もねえよ。まったく、あねさんやカレンだけじゃなくて、お前の名前もこれから、大陸に轟くかもしれねえ」

「なんですかねえ。正直、僕はそういうのはちょっと」

「だろうな」


 けれど彼は困惑する僕へにやりと笑い。

 続けた言葉は、最も欲しかったものだった。


「でも、俺たちに言えるのはひとつだ、スイ。無事に戻ってきてくれてよかったぜ。それだけでいい。それで、充分だ」

「……はい!」


 蜥車せきしゃが動き始める。


「家に着いたら、ちゃんと連絡するのですよ」

 おばあさまが微笑みながら僕らへひらひらと手を振った。


「またな」

「ご苦労だったな、いろいろと」

 シュナイさんが腕を組んだままそこに添えた指をぴんと立て、クリシェさんが労いの言葉とともに片手を挙げる。


「ではな! 王国との折衝せっしょうは任せておけ!」

「カレーのレシピありがとうね! さっそく今日作ってみる!」

 ノアとパルケルさんは力強い声を張り上げる。


「気を付けて帰るんだよお!」

 声を張り上げるスプルディーアさんの横で、無言で頷くノビィウームさんの笑み。


「ミントちゃん、またいらしてくださいね」

「そうそう、いっぱい遊ぼうねー!」

 トモエさんとリラさんは名残惜しそうにミントへ手を振ってくれる。


 そして——。


 がらがらと石畳を刻むわだちの音に紛れて、よく聞き取れなかったけれど。

 ドルチェさんは口を開いてなにごとかを僕らへ言った後、ぺこりと。

 深く、お辞儀をした。


 僕らの伝言は、彼女にもう伝えてある。


 目覚めた始祖は、ドルチェさんの直系のご先祖さまで。

 彼女はあなたにとても会いたがっている、と——。




「久しぶりの蜥車せきしゃねえ。ポチ、よろしくね」

「きゅるるるっ!」

「ね、ミント、シデラではどんなことがあったの?」

「むふー、あのね、みんなと、いっぱいあそんだ! あ、でも……ともえのしんさくのことはないしょ!」

「え、なにそれずるい」

「そういや『雲雀亭』からミルク分けてもらったぞ、ショコラ。今日の野営でな」

「わうっ!? わんわんわん!」


 久しぶりに揃った家族とともに、森を進んでいく。

 初春の風を頬に感じたくて、僕はたまらずワゴンから身を乗り出す。

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