おだやかに、未来を

ひと月振りの我が家に着いて

 父さんの一周忌を境に、僕もこちらの世界の感覚に馴染もうと思った。日付けにあまりこだわらず、記念は季節でざっくりと、というやつだ。


 ただ、カレンダーを見ると——この奇跡的な一致はやっぱり、意識せざるを得ない。


 三月二十一日。

 つまり、あれからぴったり一年。


 一年前の今日、僕とショコラはスマホの地図を片手に山へ入り、木々を分け行って登り、この家を発見した。

 そして今日——シデラからの一週間の旅程を終え、僕らは森の深奥部へと到着する。


「みんとがさいしょに、ただいまするーっ!」


 見えてきたブロック塀を前に、蜥車せきしゃから飛び降りたミントがたかたかと走っていき、門境をぴょんと飛び越えて。


「ただいま! おとさん、かえったよ!!」


 高らかな宣言とともに、三月二十一日。

 ハタノ一家は、愛しい我が家に帰宅するのだった。



※※※



 母さんとカレンはさっそく、父さんのお墓の前で膝をつき、エルフ国アルフヘイムでの出来事を報告する。僕らはそれを横目に、旅装の後片付けを開始した。


「みんと、おてつだいする! なにかある?」

「じゃあ、縁側を開けてきてくれる?」

「うーっ!」


「くぅーん……?」

「お前は……特にやることないから、『待て』しておきなさい」

「きゅーん……」


 庭に蜥車せきしゃを停め、ワゴンに積んであった荷物を降ろす。旅道具一式、家族の着替えなどが詰まった袋、シデラで買い込んできた物資など。車の中が空っぽになったところで、牧場へ行ってポチのハーネスを外す。


「長旅お疲れさま。ありがとうな」

「きゅるるるっ!」

「ショコラ、ポチと遊んできなさい」

「わんっ!!」


 先だって臨時帰宅した際、いちおう家の周辺は見て回ってある。牧場はいつも通りの環境なはずだ。

 出かける前に刈り取っていた牧草もひと月を経てまたかなり成長しているし、止めていた水飲み場のせきも外してあるから、桶で喉も潤せる。


「ポチが休みたかったら邪魔するんじゃないぞー!」

「わうーっ!」


 庭に戻り、他の場所も改めてざっと点検した。


 畑——僕の魔導でそこまで荒れていないとはいえ、さすがに手入れは必要。

 イングリッシュガーデン——こちらは大丈夫そう。留守の間、四季シキさんとシキさんが世話をしてくれてたんだよね。彼らはあっちとこっちで大忙しだった。なにかお礼をしないと。

 あとは庭の雑草とか、井戸周りの手入れとか——まあ、この辺りはおいおい、気付いた時にやっていけばいいか。


「スイくん、お待たせ。荷物の運び入れ、手伝うわ」

「ありがとう。じゃあ、とりあえず全部リビングにお願い」


「わうっ!」

「お、どうした? ひょっとしてポチはお疲れだったか」

「わふう……」


 ひょっこりと庭に戻ってきたショコラを撫でつつ、


「僕はお湯を沸かしてくるよ」

「お風呂!」


 カレンがぱっと顔を輝かせる。


「ショコラもだいぶ汚れてるからなあ。今日は旅の垢を落とすだけで大事になりそうだ」

「きゃうっ!?」


 そして、戻ってこなきゃよかったという悲鳴とともに飛び退くショコラと、


「すい、ほかになにか、おてつだいある?」

「よし、じゃあ二階に行って、ベランダのドアも開けてきてくれる? 家の中に空気を通さないとね」

「うーっ!」


 きゃっきゃと楽しそうに駆けていくミント——。


「……一年前、この家に来た時は、まさかこんな未来が待ってるだなんて思いもしなかったな」


 賑やかな家族を眺めながら、頬が緩む。


「わうっ?」

「お前と僕のふたりきりでさ。……なんでこんなところに家があるんだろうって思ってたら、異世界転移しちゃうし」

「わふっ」

「お前がワイバーンから僕のことを守ってくれて。ギリくまさんと戦って。カレンが駆け付けてきてくれて、家に電気が通って、母さんと再会して……でも、なんでだろうな。いちばん思い出すのは、最初の夜のことなんだ」


 下手に外に出るわけにもいかない中、電気もなく真っ暗で、空には変な月が出ていた。


 これからどうなるんだろう、非常食はいつまで保つんだろう。

 そんな不安や心細さに、ショコラが寄り添ってくれた。


 お前を抱き締めながら眠ったあの時の気持ちは——きっと一生、忘れることはないだろうな。


「よし、お風呂沸かしに行くか」

「わんっ!」

「今日はちゃんとお前もシャンプーだからな? 逃げるなよ?」

「くぅー……ぐるるる……」

「我慢しなさい。綺麗にしなきゃ、家には入れないんだから」


 今日はしっかり洗わせてくれな。

 お風呂に入らなきゃ、一緒に寝られないだろ?


 ——あれから、一年。

 故郷での二年めは、家族とともに。

 僕は新しい一歩を踏み締めていく。



※※※



 次の日の昼。

 帰還一周年のお祝いとして、ご馳走をこしらえた。


 肉はカレンとショコラがはりきって狩りへ行き、仕留めてきた捩れ角牛グガランナ。『うろの森』に棲息する野生の牛だ。


 解体し、リブロースをどでかいステーキにする。

 他にはチーズをふんだんに使ったピザ、野菜のソテー、丸芋まるいものポテトサラダなんかを付け合わせにして、なんとも豪快かつ豪勢な食事になった。


 せっかくだから、野外。庭で食べた。


 もう寒さなんてどこにもなく、昼間の空気は過ごしやすい。いっそ陽気なほどで、家の周囲に生えた森の草木も青々として、元気よく芽吹きつつあった。

 すっかり春である。


 食事のあとはまったりしつつ、ティータイム。

 ミントとショコラは庭を駆け回り、ポチはのんびりと草をみ、母さんはゆったり読書に勤しみ、僕とカレンは縁側に並んで腰掛け、のんびりと空を眺める。


「……そういえば、一週間くらいって言ってたっけ?」


 楽しそうに足をばたつかせながら僕の肩に頭を乗せるカレンに、ふと問う。

 カレンは顔を上げてこくりと頷いた。


「ん、言ってた。一週間か十日かそこらで片付くだろうって。そろそろかも」

「そっか、そろそろか……」


 偶然なのか、あるいは虫の知らせというやつなのか。

 ふと思い出して話題を始めた直後——ガーデンの奥、東屋ガゼボへ繋がる細道から人影が現れる。


 小柄な身体、四季シキさんとシキさん。

 それに続く、すらっとした体格の女性。

 ポニーテールの黒髪を揺らしながら、にこやかな笑顔で、彼女は片手を振る。


「や、スイくん、カレン。約束通り、来たよ!」


 エルフ国アルフヘイムから『妖精境域ティル・ナ・ノーグ』を介して、綿貫わたぬきアリスさんが我が家へと来訪した。

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