団欒、記憶、そして笑い声

 ほどなくして、夕食が完成する。


 ハンバーグカレーとサラダ、加えて作り置きの惣菜や漬物もテーブルに並べつつ——みんな揃って、いただきます。


「むーーーーーっ!!」


 真っ先にリビングに響いたのは、カレーを口に入れて悶絶するアリスさんの声だ。目尻に涙を浮かべ、満面の笑みで祈るようにスプーンを握る。


「最っ高! いやー、まさかカレーが食べられるなんて!!」

「ふふ、そうね。スイさんに感謝しなきゃ」


 アリスさんの横ではシキさんが目を細める。


「ひゃー、からい!」

「でも美味しい、かも?」

「うん、なんだか癖になる味」

「複雑な味わいだ、興味深い」

「ふ、ふん。この程度の辛さ、なんともないわ……っ」


「ほら、慌てずに食べるんだよ」

 そして、妖精たちの様子を眺めながら穏やかな笑みを浮かべる四季シキさんもいる。


 ちなみに、うちの家族に四季シキさんたちが加わると、さすがにソファーは狭すぎた。ので、物置にあったテーブルと椅子を引っ張り出してきた。脚が折りたたみ式になっている日本製のやつだ。母さんも見覚えがないそうなので、きっと父さんの用意してくれていたものだろう——僕が、この家にお客さんを呼ぶことを見越して。


 妖精一家とアリスさんにテーブルを使ってもらいつつ、僕らはいつものソファー。


「きつそうだったらラッシー飲ませてあげてくださいね、四季シキさん」

「うん、ありがとう」


 飲み物はお茶やジュースの他にも、ラッシーを作ってある。

 ヨーグルトと砂糖、牛乳、レモン汁を混ぜた、カレーには定番の飲み物。辛さをやわらげてくれる効果を持つ。


「いやあ美味しい。ハンバーグカレーってのがまたいいよね! これ、ミントちゃんが作ったの?」

「うー! みんとが、ぐっぱーってやって、ぽんぽんってした!」

「そっかあ。上手いなあ。形がいいからいっそう美味しいのかな」

「むふー」


 アリスさんの問いかけに胸を張るミント。

 ミントも最近は刺激が強いものにも慣れてきていて、今回はリンゴもハチミツも入れていないのにぱくぱくカレーを食べている。もちろん、妖精たちもいるから辛味はできるだけ抑えてあるけども。……甘口よりも少しだけ辛い、くらい。


「ハンバーグは王都のレストランで何度か食べたことがあるけど、やっぱりミントが作ってくれたからかしら? こっちの方が味が上だわ」

「ほんと? おかさんも、おいしい?」

「ええ、とっても。おてつだいよくできました」

「えへへー……」


 母さんの言う通り、ハンバーグは既にこの世界にもある料理だ。名前もそのまま『ハンバーグ』なので、たぶんどこかのタイミングで転移者が広めたのだろう。レシピ自体は簡単だしね。


「カレン、ありがとうね。ミントが嬉しそうだ」

「ん、でもミント、上手だった。私は見てただけ」


 それでも最後の仕上げをカレンがさりげなく手伝っていたのは事実だ。ハンバーグはきっちり均等の大きさに揃っている。


 ついこの前までおむすびを三角に握るのも四苦八苦していた彼女は、今ではこうした作業はもちろん、簡単な下拵したごしらえも任せられるようになった。皮剥きなんかもこなれてきているし、そのうち、ノビィウームさんにカレン専用の包丁を打ってもらおうかなと思っている。


 カレンが料理を頑張って覚えてくれている理由はきっと——想像して熱くなる頬は、カレーの辛さのせいにしておこう。


「お前もミルクたくさん飲んでおけよ。シデラから持ち帰ったやつは早く使っちゃわないといけないからな」

「わふっ!」


 ショコラはドッグフードにミルクをかけたやつをがふがふ食べている。口の周りが真っ白だ。あとで拭いてやらなきゃ。


「ショコラのご飯、おいしいのかな……?」

「バカね夜焚ヨダキ。犬の感じる味と私たちの感じる味は違うの。ポチが食べてる牧草だって、私たちの舌には美味しくないでしょ? あれと同じよ」

「え、霧雨キリサメは牧草、食べたことあるの……?」

「あ、……なっなななないわよあるわけないじゃない! いくらポチが美味しそうな顔してたって、そんなの食べなくてもわかるでしょっ」


 和気藹々あいあいと騒がしい妖精たちを微笑ましげに眺めながら、ふと。

 アリスさんが懐かしげに言った。


「ねえ、薫子かおるこ。あんた、覚えてる? むかし……この子たちがまだ小さかった頃。カレー食べたいなって、ふたりで話したの」

「それは……ごめんなさい、わたし」


 対するシキさんは顔を曇らせた。

 きっと、記憶にないのだ。


 四季シキさんもシキさんも、出会った頃に比べればたくさんの思い出を取り戻したけれど、それでもすべての記憶が蘇ったわけではない。大魔術の核となった影響は大きく、なにより二千年という歳月はいろんなことを彼方に追いやるには充分な長さなのだ。


 だけどアリスさんは、そんなシキさんになおも笑った。

 笑って、語る。


「うん、覚えてないなら、私が教えたげる。ふたりで話したのよ。カレー食べたいねって。子供たちにも、食べさせてあげたいねって。……夢が叶ったよ。見て、この子たち。あんなに楽しそうに、美味しそうにしてる。家族でカレー食べて、笑ってるんだ。よかったねえ」

「ええ……そう、そうね」


 それは——相手のことを想っているからこその、気を遣わない言葉。

 共通の思い出が喪われていても、嘆かず、哀れまず、悲しみもせず。こういうことがあったんだよと語って聞かせ、ただ一緒に、隣にいようとする。


「わたしもね、具体的なことはおぼろげだけど、だけは焼き付いているの。子供たちに……わたしたちの故郷のことを知ってもらいたいって、そう強く思ってたことは」

「うん、わかるよ。じゃなきゃ、あんな綺麗な桜、再現できないもん。私も、久しぶりに見られて嬉しかったな」


 微笑み合うふたりを、愛おしそうに満足げに、四季シキさんが眺めていた。カレーの匂いが郷愁となって食卓に満ちる中、妖精たちの、ミントの笑い声が優しさを添える。



 ハンバーグとカレーの組み合わせは鉄板だ——子供が大好きなもの、という意味でも。


 妖精たちもミントも。

 それを見守る大人たちも。


 スパイスの香りの中、はしゃぎながら、家族の夕食はあたたかく過ぎていく。

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