暗くなるから灯りが欲しくて
昼食を終えたら陽は更に下がり、三時をゆうに回ったくらいになった。
いや、時計がないのでたぶんなんだけど。
アナログの腕時計を着ける習慣でもあればよかったのになと思う。時刻知りたいならスマホでいいでしょ派だった。
スマホの電源は切ってあるし、カレンも時計を持ってきてはいないようだ。というより、携帯式の時計というのがまだないらしい。ちなみに時の刻み方は聞いた限りあちらとほぼ同じ。……太陽はあるけど月は輪っか付きの変な形だし、天体の運行ってどんな感じなんだろうな。
ところでなぜ時刻のことを考えているかというと、皿を洗い始めた頃に気付いてしまったからだ。
「失敗したあ……」
完全に忘れていた。
この家には灯りがなく、太陽が沈めば真っ暗になるということを。
トゥリヘンドを調理する際、うっかり向こうにいる時のつもりでメニューを組み立ててしまった。つまり少し遅めに昼食を摂ったし晩ご飯は夜でいいな、と。
昼食を済ませたばかりでお腹はいっぱい。再び空腹になるのは最低でもあと六時間くらいかかる。だけどもはや太陽は低く、そろそろ陽が沈み始めるだろう。六時間後には間違いなく真っ暗で、そんな状態で食事なんてできない。
アウトドアコンロも火を入れっぱなしだ。蒸し鶏はもうすぐできるが、そこからコンロを片付けて——とかをやっていると間違いなく日が暮れる。
「明日にまわすか? でもなあ」
コンロの片付けを明日やると、畑仕事に差し支えるかもしれない。というか今日のこの調子を
現状、気候はほんの少し肌寒いくらい。煮物の残りと蒸しトゥリヘンドも腐りはしないだろう。明日の朝に回せばいいかもしれないが、それにしたって温めなおす必要があるし、温めなおすならまた火を使わなきゃならないし。
とにかく時間が足りない。日が昇ってから沈むまでしか一日を使えない生活は、最低限のことにしか手が回らない。
——いやこれほんと、参った。
「考え始めるとあれこれ問題が浮かんでくる……」
たとえば洗濯。
僕は元々、ここに一泊することもあるかと思って替えの下着と服を持ち込んでいた。だがそれだって一泊分だし、なによりカレンは着替えをそもそも持っていない。
彼女は、僕がこっちに来たことを知ってすぐスピード優先で駆け付けてくれている。
僕に会うために——僕が危険な目に遭っていないか心配で。
洗濯したいし、してやりたい。でもきっと、手もみでじゃぶじゃぶやるのはめちゃくちゃ時間がかかるし、少なくともふたりのうちひとりはかかりきりになる。
そして時間も人手も、とてもじゃないが今は足りない。
着替えというならお風呂だってそうだ。
カレンはまだ、濡れタオルで身体を拭くくらいしかできていない。もちろん僕もだけど、女の子なんだから僕なんかよりも遥かにつらいはず。
せっかくこの家にはお風呂があるのに。シャンプーやリンス、ボディソープなんかも何本か備蓄があった。ボイラーに電気さえ入ればお湯が沸かせるのに。
灯りも、洗濯も、お湯も——すべては電気、電気、電気。
実感した。地球の文明はあらゆるすべてが電気を起点にしている。電気は人の一日を延ばし、あらゆる仕事にかかる時間を縮め、人を作業から解放し余暇を生む。
ここに来てからずっと、まあ仕方ないかで諦めていたけど。
今は切実に思う。電気が欲しい——と。
それは、願った瞬間に、繋がった。
ずくん。
身体の中を、なにかが駆け抜けていった。
電流のような、水のような、風のような——熱のような。
既視感がある。
この家に初めて訪れて、玄関に鍵を差し込んだ時に起きたあれと同じ。
違うのは、解像度。
あの時は発生点がわからなかった。どこでこの
今はわかる。
発生点は——僕だ。
そしてこのなにかがなんなのかも、理解できた。
あの時、ギリくまさんとの戦いを経て自覚した、己の中にあるもの。
つまり、僕の魔力。
魔力は僕から発生し、僕の中で増幅し、そこから体外へと広がって、家とその周辺を震わせた。
「ああ……」
結界の話をした時の、カレンの反応を思い出す。
家にも不思議な力が備わっているのでは、と僕は推測した。
それに対して彼女は「今はその認識でいい」と曖昧に濁した。
——大まかには違ってる訳じゃない。だけど、正確には違う。そんな感じ。
そうだ、大まかには間違っていない。
家に不思議な力が備わっている、というのは正しい。
だが正確には違う。
何故なら、
「家に不思議な力を備えたのは、僕だったんだ」
家の周囲を守るよう、無意識に結界を張っていた。
それは闇属性の■■魔術による全自動防御。「対象に被害が及ぶ」という■■を■■して発動するもの。
水道から水が出てきたし、井戸も使えた。使った水も排水口から流れていく。
これも闇属性の■■魔術による■■混線。「この家は■■■の■■に■■」と環境を誤■させ、■■を飛び越して■果を繋ぐ。
まだすべては把握できない。
これは記憶が欠落しているからではなく、自分自身の能力の話だからだろう。自分の力とその
ただ理屈はともかくとして、思い出したことはある。
思い出したことで繋がった。理論はともかく、できるようになるはずだ。
だってこれは、父さんがこっちで使っていた魔術と同じものだから。
「そっか。子供の頃……僕はこの家で暮らしていたんだ」
父さんと、■さんと、カレンと、ショコラと。
水も、電気も、お湯も、すべて問題なく使えていた。
それはあっちの世界だったからじゃない。
こっちの世界で、父さんが魔術を用いて、そうしていたからだ——。
蛇口を引けば水は出る。当たり前のこと。
ならば、スイッチを入れれば電気がつくのも、当たり前のことだ。
電気はどうしてつかないの、とカレンは言った。
彼女は知っていたのだ。僕にそれができると。
父さんの息子である僕に、同じ力があると。
ぱちん。
居間の灯りが点灯する。
まだ昼間だし、縁側へ続く掃き出し窓を開けているからたいした違いはない。だけどこれは僕らが手に入れた、大きな大きな魔法だ。
「っ……スイ! これ!」
庭でショコラと戯れていたカレンが、気付いて駆け込んでくる。
縁側から身を入れ、四つん這いになりながら僕を見上げた。
僕は洗っていた皿を流しに置き、振り返ってガッツポーズを取る。
「洗濯! お風呂! 晩ご飯っ!!」
まずは明るいうちに薪を集めて、ボイラーを稼働させるぞ!
———————————————————
翠くんの能力の一旦が明らかに。
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