まずは料理をはじめよう

 トゥリヘンドの解体はカレンにやってもらった。とはいえもちろん、僕も見学した。いずれできるようになるため、あれこれと教えてもらいながら。


 羊をさばく映像を中学生の頃に動画で見たことがあったが、あれよりも遥かに小さいとはいえ、実際に目にするとなるとやはりなかなかつらいものがある。でも、本来はこれが当たり前なのだ。慣れなきゃね。


 ともあれ、トゥリヘンドは最終的に鶏肉けいにくみたいな状態となった。胸肉、もも肉、手羽肉——いやほんとほぼ鳥だなこいつ。


 では調理である。


 庭にアウトドアコンロ、俗にいう薪ストーブを設置。

 キャンプの経験はほとんどなく、これも触るのは初めてだ。二階の書斎にアウトドア入門の本があったのでそれを読んで付け焼き刃でチャレンジする。


 新品の状態だと工業油が焼けるのでいきなり料理するのはよろしくないようだが、これは何度か使われた形跡がある。父さんがやってくれたのだろう。


「スイ、枯れ木を集めてきた」

「ありがとう。なんか、おんぶに抱っこだな……」

「私のこと抱っこする?」

「そうじゃありません」


 カレンは隙を見てぐいぐい来る。僕のピュアハートは内心ばっくばくである。


 作業に集中しよう。木屑や、枯れた針葉樹の葉を火種にしてライターで着火。ちょっとどきどきしていたが、普通に薪へと火が燃え移ってくれた。


「よし」


 あとは適当に薪を足しつつ、調理開始。

 まるで未知の異世界食材だけど、形状は鶏だし、カレンも「鳥に近い」って言ってたから、同じように扱うことにする。


 胸肉は蒸して、手羽肉は煮物、もも肉は焼きでいこう。


 塩、醤油、みりん、酒。キッチンにあった調味料を使い、下ごしらえをする。あまり使わない方がいいと言われていた台所の備蓄だが、今回は大目に見てもらった——というか、うちの調味料を使わなかった場合、味付けがカレンの携帯していた塩しかない。僕がこっちに来るより前から、森の中で仕事(という名のほぼサバイバル生活)をしていたそうで、今は下味の付いた肉をきらきらした目でじっと見ている。


「わう……」

「はいはい、お前の分も忘れてないからな」

「わんっ!」


 ショコラには——安全性とかがわからないから、これも鶏だと思って処理しよう。鶏肉を犬に生で与えてはいけない。骨もダメ。鋭いから喉や胃を傷付けるおそれがある。なので胸肉と、それから骨を外したもも肉をぶつ切りにして、無塩で茹でる。……あの強さを見るに骨くらいじゃ怪我しなさそうだけど、念のためだ。


 ショコラが背負ってきてくれた野草の中には香りの強いものがあって、ローズマリーにちょっと似た匂いがした。それと一緒に、下ごしらえした胸肉を酒で蒸す。直火ではなくストーブの上に乗せてじっくりいこう。


 手羽肉は煮込み。酒、みりん、醤油で和風の味付けだ。煮込みというより煮物になるか。出汁がないのが少し寂しいが、これもカレンとショコラが採ってきてくれた野草——茎が太い、根菜っぽいやつ——数種類と一緒に煮る。


 もも肉は塩を振って、シンプルに焼き。出てきた油で、葉物の野草をソテーする。ちなみにさっきから全部『野草』とまとめているが、どれも違う種類で、でも名前を知らないので『野草』としか言えない。


「くくっ……」


 だんだん笑えてきた。

 よくわからない竜の肉に、よくわからない香りの野草とよくわからない野草の根っことよくわからない野草の葉っぱ。材料がすべてよくわからない。僕はいったいなんの料理を作っているんだ。


 まあ調味料や調理器具、調理法は間違いなく見知った地球のものだし、どうにかなるだろう。


 薪ストーブはかなり大きめで、上蓋うわぶたがふたつ並んでいる。これを外せば直火コンロに早変わりなのだが、火元がふたつあるのはめちゃくちゃ助かる。


 それでも茹でたり煮たり焼いたりしていると、けっこうな時間がかかってしまった。蒸しものに至ってはコンロが塞がってしまうので、まだ手を付けられていない。


 カレンたちが狩りから帰ってきたのは昼前のことだったが、今はもう太陽が中天よりもやや下がっている。たぶん二時くらいか。


「……昼だけじゃ食べきれない量があるし、そろそろいいかな」


 居間の掃き出し窓を開けて縁側にし、そこに腰掛けて食べることにする。ちょっと行儀が悪いけど、お皿はかたわらに置きつつ、ピクニックみたいに膝に乗せて。


 昼のメニューはトゥリヘンドのもも肉焼き(野草のソテーを添えて)。それからトゥリヘンドの手羽肉煮込み(野草の根っことともに)。

 蒸しトゥリヘンド(野草で香り付け)はこれからなので夕食にする。


「ほんとに全部未知の材料なんだよな。大丈夫か……?」

「すごい、スイ」


 僕の不安とは裏腹に、カレンは目を輝かせていた。


「これ、向こうの世界でできるようになったの?」

「うん。父さんは仕事が忙しかったから。ご飯は僕の分担だったんだ」

「そう」


 ぽつりと言いながら、僕の頭をぐりぐりと撫でてくる。


「えらいね」

「そんなでもないよ。でも、上手くできてるかわからないから褒めてくれるのは食べた後でお願い」

「ん、わかった」


 いただきます、と。

 声をかけ合って僕らはまず、もも焼きにかぶりついた。


「よかった、成功だ」

「ん……美味ほひひい」


 肉質は鶏に似ているものの、抜けるように爽やかな、どこか花のような匂いがする。脂は濃厚でややしつこくも感じるが、裏を返せば後を引くということ。

 今まで味わったことのないものだけど、確かにこれは美味しい。


 気になっていた付け合わせの葉野菜は、ほうれん草と春菊を混ぜて野趣を足したような味がした。香る青っぽさにほのかな苦味がアクセントになっている。いちおう水に浸けてあく抜きをしたが、正解だったかもしれない。


 続いて煮物。これもけっこう上手くいった。

 トゥリヘンドの濃い脂が煮汁に溶け出て、強烈ながらも癖になる味がする。根菜は牛蒡ごぼうみたいな繊維質の歯触りをしたものと、人参をフルーティーにした感じの太めのやつ。どれも煮汁の味に負けておらず、それでいて喧嘩はしていない。ただ欲を言えば、大根みたいな味の染みるものがベストだったかな。


「美味しい。すごく美味しい。スイは天才。今まで食べたトゥリヘンドの肉で一番美味しい。宮廷料理よりも美味しい」

「そんなに……?」

「そんなに!」


「わんっ!」

「お、ショコラも満足か」

「わおん! はぐっ」


 ショコラのは茹でただけだけど、そもそも肉の味がいいからなあ。


「ね、晩ご飯はいま作ってるやつ?」

「うん。たぶんさっぱりした感じの味になってると思う。煮物も半分残ってるから、そっちと合わせて夜には丁度いいかもね」

「そう、楽しみ」


 微笑みながらもぐもぐと、小リスみたいに煮物を頬張るカレン。

 彼女は水をこくりと飲んで人心地つくと、少しだけ僕に身を寄せて言った。


「ヴィオレさまが来たら、料理、作ってあげてね」

「うん……そうするよ」


 母さんは喜んでくれるだろうか。

 不安と期待のないまぜになった気持ちのまま、僕は煮物を口に入れる。





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 すいくんの調理技術はチートではなく現代日本でのたゆまぬ努力によるものです。仕事で疲れて帰ってくるお父さんに美味しいものを食べてもらいたいと頑張ってきました。

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