夜を照らせば文明がはじまる
家に電気の光が灯った。
僕は喜びの舞を踊った。
「ひゃっほーーーー! でんきでんきでんき!!」
居間で飛び跳ね、カレンの手を取り輪になってぐるぐる回った。ショコラを抱き締めて持ち上げてぐるぐる回った。とにかくぐるぐる回った。目も回った。
「落ち着いて」
「あ、はい」
カレンに
なにせ二日も入っていない。現代日本で生きてきた身にとってこれはたいへん由々しきことだ。少し肌寒いくらいの気温とはいえ、けっこう身体を動かしたから汚れているだろう。
カレンいわく、こちらの世界にも入浴の文化はあるようで、ただやはりそれなりの設備となるそうだ。なので風呂のない民家も多く、毎日入るものでもないとのこと。炎の魔術はあってもそれだけで湯を沸かせるほどではないし、大量の
そう——薪である。
僕らにも薪が要る。
家の裏庭とかに積まれていればよかったんだが、残念なことに備蓄はなかった(薪置き場自体はあった)。樹木はそこらへんに文字通り山ほど生えているものの、
ただ幸いにして、陽が沈むまで間がある。その上、カレンが生木の枝くらいなら乾燥できると言うのである。
「ん。私の属性は風と水。木の水分を吸い上げることは可能」
「やったぜカレンさま最高!」
「えっへん」
——そういう訳で、枝を集めることになった。
背の低いものを見繕い、僕がジャンプしてえいっと剣で断ち切る。
ショコラも手伝ってくれた。一昨日のドラゴン……正確にはワイバーンか、あいつの首をちょんぱした時みたいに、しゅばっと。幹を垂直に駆け上っていく様はめちゃくちゃかっこよかった。うちの愛犬、かわいいしかしこいしかっこいいとか凄くない?
あとは葉を落として、カレンに乾燥をお願いする。葉っぱもついでに水分を抜いてもらう。火種にできるのだ。
その間に僕は、ボイラーの確認だ。
ボイラーは下部が飛び出た立方体で、ゲームセンターの
てっぺんからは煙突が伸び、背面にはパイプ。管が伸びる先を辿ると裏側に部屋があり、そこにはでっかい給湯タンクが鎮座していた。
つまりこのボイラーで水を熱してタンクに溜めるのか。なんとなく仕組みはわかったがこれどうやって使えばいいんだ。……と不安になったところで、給湯室の壁にラミネート加工された紙の束が吊り下がっていた。
それはネットからダウンロードしたボイラーの説明書と、周辺機具の使い方を組み合わせたもの。父さんが用意してくれていたのだろう。
「……ほんと、ありがとう」
ちょっと泣きそうになりながら、書かれた手順に従って準備をする。
まずは給湯タンクに水を溜める作業。バルブをひねって水を入れる。水が溜まったらボイラーに薪を入れて火をつけ、スイッチオンでいけるらしい。
水が溜まるにはそれなりの時間がかかりそうだったので、カレンたちの様子を見に行った。
「どんな感じ?」
「ん、ちょっと苦労したけどだいじょぶ」
庭には乾燥した枝が束になって積まれている。これならお風呂を沸かすくらいの薪にはなりそうだけど、
「難しかったの?」
「『
「そうなんだ」
食事の準備をしている時にカレンから教えてもらったのだが、僕らが転移してきたこの場所は『虚の森』というそうだ。なんでも国内どころか世界有数の危険地帯で、
初日にショコラが倒したワイバーンなどは、人里に現れれば大騒動で、冒険者パーティーとか騎士団とかが死者を覚悟して討伐しなければならないという。だがこの森においてはただの被食者。ギリくまみたいなイかれた奴ら——『変異種』の餌でしかないそうだ。
ギリくまさん、確かにどう見てもやばかったもんな……。
とはいえカレンいわく、変異種はあまり縄張りから出てこないので、気を付けていれば問題ないとのこと。それに、たとえ変異種であっても自分たちなら倒せると。
ただ正直、そういう力関係を聞かされてもいまいちぴんとこない。ワイバーンが森の外ではめちゃくちゃやばい魔物として、変異種であったというギリくまさんはどの程度のものなのか。カレンが強いのはわかるとして、僕やショコラはどうなのか。
僕の魔術はギリくまの攻撃をすべて防げたし、ショコラもワイバーンはおろかギリくまをも一撃で倒してしまったけど、じゃあ僕らが森の外、冒険者とかいう人たちや騎士団なんかより強いのかといえば、さすがにそんな気は全然しないのである。
ともあれ、だ。
「ありがとうカレン。じゃあ、お湯を沸かそう!」
乾いた枝の束をボイラーの燃焼室へ入れ、枯れ葉となった葉っぱを着火剤にして火をつける。燃え始めたのを見てスイッチオン。これで水温管理や送風などを自動でやってくれるはず。今回はすぐ使うので50℃くらいにしておいた。
「できれば明日以降、薪を集めたくはあるな……」
枝はともかく幹はロングソードじゃ難しいかもしれない。斧があればいいんだけど。もっと隅々まで家探ししてみる必要があるかもな。
「まあそれはそれとして、次は洗濯だ」
「ん、私はこの服しか持ってない。スイが裸のままでいろって言うならそうするけど」
「言わないからね? 僕が持ってきた着替えがあるから」
リュックの中に手付かずの着替えが一式、入っている。それを上手く使い回して、ふたりの服を洗濯すればいい。なにせ乾燥機付きだ。ひとりにつき一、二時間くらいでいけるだろう。
「それにしても、電気が使えるのっていいなあ」
空は赤く、もうすぐ陽は沈む。だけど居間は電灯で照らされている。その灯りがなんとも嬉しく、心強い。
電灯がない中の寝起きは、なんだか「家を使っている」みたいな感覚だった。それが今では「家に住んでいる」という実感に変わった。
「キッチンのコンロもIHだし、言うことなしだね」
水道や電気と違い、ガスは最初からそのものを通していなかったようだ。代わりにキッチンはオール電化となっている。電気が通ったことでコンロが使えるようになったのはめちゃくちゃでかい。
「薪ストーブでの料理も楽しかったし、時々はやりたいな」
倉庫にはバーベキュー用の金網もあった。天板を大きく外して上に置けるはず。
「お風呂沸いたら、カレンが先に入って。シャンプーとかリンスとかあるんだけど、使い方は……」
「ん、わかる。どれがどれかだけ教えてくれたらだいじょぶ。それとも一緒に……」
「入らないからね?」
「むー。昔は一緒に入ってたのに」
「なんかそれは本当に入ってたような気がするな……」
仮にそうだとしても、小学校に入学するより前だからノーカンだ。
「そういえばお風呂場にちゃんと犬用シャンプーもあったんだよね。ショコラも身体洗おうか」
「ぎゃん! わうっ!!」
「嫌かあ……まあ、もう少し汚れてからでいいかお前は」
「きゅーん」
お風呂と聞くやカレンの背後に隠れて逃げようとするショコラ。仕方ない、今日のところは許してやろう。
「お風呂入って、洗濯して、洗濯が終わったら晩ご飯。日が暮れてからもいろいろできるの、ほんと最高だな!」
明日からやることも増えたけど、それが逆に楽しみだ。
僕は伸びをしながらソファへと身体を沈める。ショコラが反応し、じゃれついてきた。
「……お前やっぱりけっこう汚れてるな。お風呂入れるからね」
「きゃうん!?」
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