限られた制約の中で
「スイくん。きみには、城の中枢に行ってもらいたい。天空城である第一区の更に内側、第
エミシさんの言葉に、真っ先に反応したのは僕じゃなくて母さんだった。
「……まさかあれは、人災だったの?」
短くも強く、静かで低い。
息子である僕でさえぞっとするほどの魔力が込められた一言だった。
それも当然だろう。
カレンの実のご両親——親友だった人たちの死因なのだ。
天災であれば不幸な出来事として呑み込めることも、人災であったのなら話は違ってくる。
カレンも身を強張らせている。僕はテーブルの下で拳を握りながら、エミシさんの言葉を待った。
エミシさんはややあって、重い息を吐く。
「——いや、人災ではない。だが、事故でもない。すまないが、今の私に言えるのはこれだけだ」
「あんた、私たちを呼ぶために『
「方便でも嘘でもなく、真実だ。私は少なくともそのつもりでいる」
「さっきあんたが言ってた『すべては答えられない』ってやつ。それは何故? この密室でも言えないの?」
「ああ、言えない。長老会の一席として知り得たことはすべて
「……っ」
母さんが歯咬みし、気まずい沈黙が場を支配した。
僕は考える。
エミシさんを、母さんを、カレンを、他のみんなを見ながら。
……彼の物言いはストレートで、率直だ。宿に入るまでの迂遠な、間接的な言葉や態度で相手を導くようなものとはものとは違っている。それはたぶん、エミシさんが僕らに
だけど一方で、だからこそ——『言えないこと』を『言えない』と口にしてくれるからこそ——話が見えず、わからなくなった部分がある。
もどかしいな。きっとエミシさんも、僕らに伝えたいはずだ。
悩みながら考え込んでいると、
「くぅーん?」
どうしたのこの空気、とでも言いたげに、ショコラがこっちを見上げてきた。
「ああ、大丈夫だよ」
笑い、頭から背中にかけてを撫でる。はっはっはっはっと舌を出して身体を擦り付けてくるのに思わず顔を綻ばせる。
「あ……」
その瞬間、はっとした。
僕はいつも、喋れないショコラがなにを考えているのか、どんな気持ちでいるのかを、表情や仕草からなんとなく読み取っている。
ショコラは基本的に素直だけど、それでもやっぱり微妙なニュアンスを察しきれない時はある。でもそんな場合は、質問をしながら反応を見るんだ。「ドッグフード足して欲しいのか?」とか「ミルクだけでいいのか?」とか。
一緒にするのもちょっとどうかなって思う。
ただ、絞り込むという意味では、同じようにいけるんじゃないだろうか。
上手くできるかはわからない。でも、やれるだけやってみよう。
「エミシさん。質問をします。いいですか? 答えられる範囲で構いません」
「ああ」
僕は問うた。エミシさんは頷いた。
「……その依頼は、僕でないとできませんか?」
「きみにできるかどうかはまだわからない。だが、もしできるとするならきみ以外にはない。長老会はそう判断した」
「つまり長老会は、僕の魔導を知っているってことですか? どこで知ったんです? 父さんからですか?」
「言えない。蔵匿情報に該当する」
僕の魔力色が闇属性であることは、おそらく周知の事実だろう。
一方、具体的な話——闇属性の魔術はといえば、使える人間がごく少なく、なにができるのかはあまり明らかになっていない。父さんという前例があるから、エミシさんにも多少の知識はあるはずだけど。
ただ、ここで『言えない』という答えが来たのであれば、
「長老会には、父さん以外のルートで得た、闇属性魔術の知識、あるいは記録がある……?」
「……、言えない。蔵匿情報に該当する」
——やっぱり、思った通りだ。
エミシさんは『言えない』場合、素直に『言えない』と答えてくれている。
ならばそれは——その返答は、この条件下においてはイエスも同然なのだ。
「質問を変えます。『
「……蔵匿情報だ」
「エジェティアのふたりから、ドルチェさんを保護した時の報告は聞いていますか?」
「無論、聞いている」
「
「蔵匿情報だ」
「じゃあ、昨年末。シデラの街と僕らがなにをしたのか。エジェティアのふたりから報告を受けましたか?」
「……、いや、なんの報告もあがってきてはいない」
「だったら……」
絞り込んだ末、僕は尋ねる。
「僕らのやったことについて、あなた方は把握していますか?」
「……ふ」
ややあって。
エミシさんはにやりと唇を歪め——それは僕が初めて見る、彼の笑みだった——はっきりと答える。
「蔵匿情報だ。……そろそろいいかな? このままだと丸裸にされてしまいそうだ。まあ、一切合切を喋ってしまいたいというのも本音だがね。私にも体面というものはある」
「ええ、充分です。少なくとも、僕は納得できましたから」
リックさんとノエミさんは、僕を見てぽかんとしている。
一方、ハジメさんは父親が笑みをこぼしたのが珍しいのか、驚いた顔でエミシさんを凝視している。
そして母さんとカレンは——僕のやりたかったことに、気付いてくれたようだった。
ふたりが不敵な表情で、さっきの会話で得た情報をまとめる。
「なるほどね。長老会は、スイくんが森の『
「ん。それはきっと『大発生』とも関係がある。そしてこの問題は、血統主義の奴らの
「リックとノエミの報告なしにシデラの動向を把握してるってことは、街に諜報が潜んでいるのかしら? まあ、これはどこの国もやっていることではある」
「あとで一応、おばあさまに連絡しておく。さすがにミントたちを害するとは思えないけど」
他にも尋きたいことはあったし、知りたいこともあった。ただ、エミシさんがギブアップしているし、直接喋っていないとはいえ実質的には情報を渡したも同然だ。これ以上をつっこんでも、エミシさんの立場が悪くなるだけだろう。
母さんが底意地の悪い顔で流し目を送る。
「エミシ、してやられたわね。それともこれを狙っていたのかしら?」
「回答は差し控える。だが、さすがあの人の息子だ、とだけ。……私は彼とさほど親しくなれないままだったが、それでも察しのいい人だというのは知っていた」
きっと彼も『答えられない質問には答えられないと返す』という条件を提示することで、自分を誘導尋問に持ち込んでほしいという思いがあったんだろう。
気付けてよかった。
「ふふん。スイはかしこい」
……僕が褒められると自動的に得意げになるカレンは置いといて。
「お前のおかげだよ。ありがとうな」
「わふっ? わう!」
膝に前脚を乗せてきたショコラの顎下をわしゃわしゃと撫でながら、僕は深く息を吐く。
なんにせよ、情報を得てしまったからには、断る理由はなくなった。
果たして解決できるのかは見てみないことにはわからない。でも、手を尽くしたいと思う。
心の中で覚悟を決めながら——ここに来る前に見た、道ゆく住人たちの笑顔を思い浮かべ、僕は冷めた紅茶をひと息に
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