いざ進めやキッチン

「スイくん、ここにある分のお肉は全部いていいのね?」

「うん。そこに貼ってる紙に書いてる通りにお願い」


 母さんとおばあさまがミンサーを前にして顔を突き合わせている。

 ふたりとも料理には疎い。母さんは(息子の口から言うのもなんだが)センスがなく、おばあさまは生まれ育ちが貴族なので包丁を持ったことがないはずだ。


 だから僕は丸芋を茹でつつ、ふたりをこっそり見守っていた。


「ええと、こっちの牛と猪は二回、この機械を通すみたい」

「そっちの塊は一回だけでいいのですね。どんな違いがあるのでしょう」

「さあ……。でも、スイくんの指示に間違いはないから。私たちは言われた通りにやるだけよ」

「ふふ、そうですね。素人が下手に考えてもいいことはありません」


 肉はあらかじめブロックで切り、挽きやすくしてある。しかもグラムで計って小分けにしてあるから間違いようもないだろう。


 なお、半分は二度挽き、もう半分は一度挽きにする。コロッケだけではなくメンチカツも作るつもりなのだ——メンチカツもまあギリギリ、コロッケのカテゴリってことで……。


「では、私が肉を入れますからあなたがハンドルを回しなさい。ゆっくり慎重にね」

「わかってるわ。……身体強化も切ったし」

「引っ掛かりがでたら無理をせずスイの指示を仰ぐのですよ?」

「だからわかってるわ! 信用がないのも……わかってるわ……」


 なんだかんだと和気藹々わきあいあいな母さんとおばあさまを見て、思わず顔が綻ぶ。


 不幸な生まれをした姪と、そのことにしばらく気付けなかった伯母。一時は共に過ごし、けれどこじれて断絶し、紆余曲折を経て再び歩み寄り、そうして僕ら子供たちを介してようやくまともな親戚となり——だからこそ母さんにもおばあさまにも、お互いを想う気持ちがあり、お互いを大切にしたいという思いがある。単純作業であってもふたりで一緒のことをするのはきっと、幸せな時間に違いない。


 とはいえミンサーの扱いも大丈夫そうなので、続いてカレンとミントへ意識を向ける。


「見てミント、いっぱい材料が並んでる。これ全部使うみたい。すごいね」

「たまねぎ! せろり、にんじん、とまと……りんごもあるっ」


 キッチンに並んだあれこれをひとつひとつ指差しながらきゃっきゃするミントの背に、そっと手を添えるカレン。


「ねえスイ、リンゴは四季シキさんのところからもらってきたの?」

「うん。さすがにこの季節は市場にないからさ」


 頷きながらカレンは手元のレシピを参照しつつ、


「えっと……玉ねぎとセロリ、ニンジン、リンゴは角切り。トマトは潰して、生姜とニンニクはみじん切り。他にも魚醤ぎょしょうに、お酢に、たくさんの香辛料も。むう……味が想像できない」

「どんなの、できるのかな? たのしみ!」

「ん、私も楽しみ。じゃあ始めよっか。私が材料を切るから、ミントはそれを鍋に入れてね」

「うーっ!」


 ふたりは楽しげにソース作りを開始した。


 ウスターソースは香味野菜と香辛料、そしてフルーツを煮出し、更にそれをして煮詰めることで作れる。レシピの配合さえちゃんとしていれば失敗はないはず。


 ちなみにシデラでも普及できないかと目論んだこともある。が、さっきカレンと話をしたみたいに、通年で手に入る果物がないので同じ味のものを常時生産することが困難なのだ。缶詰の技術があればシロップ漬けにすることでいけるのかもしれないけど、さすがにそこまではなあ——と、計画は凍結中なのだった。


「ま、アイデアだけは伝えてるし、そのうちシデラ側でなにかしらの成果は出ると思うけど」


 そもそもウスターソースは、余った野菜や果物を保存しようとする過程で生み出されたものだという。腐らないように酢や香辛料をかけて壺で置いていたらソースになった……というのが発祥だそうだ。だから製品としてのソースは作れなくても、各家庭で出た野菜クズだの果物の切れ端だのを使えば、調味料として再利用できるかもしれない。


 僕はそもそも、新しい製品を発明したいわけではない。人々の暮らしがより良くなるための手助けをしたいんだ——地球の知識をさも自分のアイデアですみたいな顔で使うのも、やっぱりちょっと気が引けるしね。


「……わう! わん、わんっ……」


 などと考えていると、庭でショコラが吠えているのが聞こえてくる。

 続いて、みいみいと子猫たちのはしゃぐ声も。


 掃き出し窓から覗くと、雨の中で元気に追いかけっこをしていた。


「トラブルじゃないみたいだな。……それにしても楽しそうだ」


 嵐が直撃している現在だが、暴風雨は結界により減衰されている。家の敷地内はやや小雨寄りの普通降り、といった程度。駆け回るのに支障はなく、むしろ雨が心地いいのかもしれない。


「まあ、今のうちに運動して、お腹空かせておくのもいいかもね、っと」


 出会った頃は母猫のおっぱいを飲んでいた子猫たちも、いまや肉に齧り付けるくらいに成長している。とはいえそれでも、地球の猛獣よりだいぶ成長が遅い。きっとあいつらは長生きする種族なのだろう。


 ——考えてみればショコラも、子犬の時期が長かったよなあ。


 僕らよりも歳上なのに、日本に転移した頃もまだちっちゃかった。まあ、だからこそ年齢を勘違いしていたわけだけど。


 もちろん刀牙虎スミロドン母子おやこは野生の獣たちで、僕らの飼い猫ではない。これから先、いずれ住処すみかを変えてふらっといなくなったり、あるいは不幸シビアなことが起きて二度と会えなくなってしまうかもしれない。


 けれど、少なくとも。


 僕らハタノ家がこの場所から引っ越すことはなくて、だからあいつらがご近所さんでいる限りは、すくすくと育っていくあの三匹の子猫たちと——叶うならば、付かず離れず、ともに生きていけたらいいなと思う。


「ま、なんにせよ、今は僕らのお昼ご飯だ」


 丸芋が茹であがる頃合いだ。母さんとおばあさまもそろそろミンサーを回し疲れているだろう。




 庭で遊ぶショコラと子猫たちから視線を外し、掃き出し窓に背を向けて、僕はコンロへ向かった。圧力鍋から取り出したたっぷりの芋を潰したら、家族みんなで形成作業といこうか。





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 今年最後の更新となります。

 コロッケを作りながら年をまたぐことに……。


 本年はたいへんお世話になりました。

 次回は正月中の投稿ができないかもしれませんが、来年もよろしくお願いいたします。


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 現状はクリスマスの掌編のみですが、今後、季節やイベントごとに新しいものを投下する予定なので、よければこちらもチェックしてみてくだされば。

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【4巻1/17】母をたずねて、異世界に。〜実はこっちが故郷らしいので、再会した家族と幸せになります〜 藤原祐 @fujiwarayu

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