コロッケと一過

みんなで一緒に

 もう日も昇りきっているのに外は薄暗い。

 黒い雲に覆われた空からは雨が降り、風が吹きすさんでいる。


 嵐はまさに深奥部この辺りを直撃したようで、びゅうびゅうごうごうと凄まじい音がひっきりなしに聞こえてきていた。我が家の敷地に被害はないとわかっていても不安になってくるほどだ。


 さすがにこの状態で、のんびりくつろぐことはできそうにない。台風に慣れた僕であってもどうにも落ち着かなかった。


 なので、気晴らしも兼ねて取り掛かることにした。

 お昼ご飯の準備に——である。


「よし! これよりコロッケ祭りを始めます!」


 リビングでそう宣言した僕に、家族たちは思い思いの反応を寄越した。


「おおー……」

「ころっけまつり……?」


 よくわかっていない感じにきょとんとするカレンとミント、


「あら、楽しそうね」

「ころっけまつり、というのはあちらのお料理なのですか?」


 そして穏やかに微笑む母さんとセーラリンデおばあさま。


「いやその、祭りというのはテンション上げた結果というか、ただの誇張表現というか……コロッケが料理名です」


「うー! ばあば、ころっけ、たべたことない?」

「初めて聞く名前です。似たようなものがこっちにあるのかしら」


 ソファーに腰掛けたおばあさまの足にこてんともたれかかるミント。そんなミントの頭を撫でながら、おばあさまは首を傾げて思案した。


 みんなの気配がさっきまでよりやわらいだのを見つつ、僕はそれに応える。


「王都の料理店に行ったことはないけど、ありそうでない、って感じなんじゃないかなあ」


 コロッケ自体は日本発祥の料理と言われている。が、源流となった『クロケット』と呼ばれるものは、古くからフランスにあった。なのでこっちの世界にも同じ発想で調理された、似たような品があるはずだ。


 ただ、コロッケそのものとなると——過去に日本人の転移者が伝えたとかでないのなら、たぶん存在しない。


「せっかくだから、お祭りみたいにたくさん作ろうと思うんだ。お昼ご飯だけじゃなくて夕ご飯もコロッケになるからみんな覚悟してね」


 そうしてキッチンへ向かい、冷蔵庫や戸棚から材料を取り出していく。


 丸芋、玉ねぎ、牛肉と猪肉。

 各種調味料と、小麦粉、パン粉、それに卵。

 ソースの材料であるトマトやリンゴなど。

 もちろん付け合わせの葉野菜——キャベツも、たっぷりと調達してある。


「わふっ! わう!」

「おっと、お前のご飯はここにはないぞ」

「ふしゅっ……」


 僕がキッチンでがさごそしていると、興味を示したショコラが近寄ってじゃれてくる。鼻をひくつかせているのを見るに、おやつがもらえると思ったのかな?


「まだダメ。あとででっかい肉を食べさせてやるから我慢しなさい」

「くぅーん……」


 顎下を撫でてなだめると、じゃあいいや、とばかりにっぽを返し、掃き出し窓の前にちょこんとお座りする。


「わうっ」

「外、出たいのか? 厩舎に行くのか。そうだな……あっちも不安がってるかもしれないから、一緒にいてあげるといい」

「ほらどうぞ。行ってきなさい?」

「わん!」


 母さんに窓を開けてもらったショコラは元気よく鳴いて、隙間に身体を滑り込ませていった。ポチと刀牙虎スミロドン一家がどんなふうに過ごしているのかは少し気になるが、ここはショコラに任せて昼食の準備を進めよう。


「すい! ころっけ、みんともおてつだいしたい! できること、ある?」

「私も座っているだけでは退屈してしまいますからね。邪魔にならないのであれば、なにかさせてください」


 そんなことを言ってくるミントとおばあさま。もちろん母さんとカレンも腕まくりをして、の表情である。


 だから、僕は——。

 みんなへ順番に視線を向け、最後にミントと目を合わせ、頷きながら言うのだ。


「もちろんだよ。でも今日は、お手伝いっていうのとは少し違うかな」

「どーいうこと?」


 きょとんとするミントの頭を撫でる。


「いつもミントがしてくれている『お手伝い』は、ちょっとした作業をやってもらうって感じのものでしょ。料理を作るのはあくまで僕。でもね、これから作るコロッケは……やることがけっこう多いんだ」


 日本だとスーパーの惣菜そうざいコーナーで気軽に買えるコロッケだが、一方で家庭で作るととにかく大変だ。丸芋を茹でて潰して、たまねぎと挽き肉を炒めて、それから衣を付けて揚げて——ソース作りや付け合わせのキャベツの千切りなんかも考えると、もうてんやわんやになるだろう。


「だから今日は、。ミントにも、カレンにも、母さんも、おばあさまも、たくさんのことをしてもらうよ。手伝いってレベルじゃなくて、がっつり参加してもらうからね」


 それは、きっと。

 ミントにとって、とても楽しい時間になると僕は確信していた。



※※※



「母さんとおばあさまに、肉をいてもらっていいかな。ミンサーの使い方はわかる?」

「ええ。上の穴に肉を入れて回すのよね。これくらいならできそう」

「力を入れすぎないのですよ? 身体強化はちゃんと切っておきなさい」

「っ……わかってるわ」


 挽き肉を作るミンサーは、今年の春先に王都から取り寄せたもの。

 調べてもらったらこっちの世界にもあった。というより、出回り始めたばかりの最新式だそうだ。原始的な構造な上、かなり高額だったけどそこはまあ投資ってことで。二台買って一台はノビィウームさんに預けており、いずれシデラでも量産化を目指しているのだった。


「カレンとミントにはソース作りをお願いするよ。作り方は教えるからね」

「ん。ミント、ソースだって。すごく重要。頑張らなきゃ」

「うーっ! わかんないけど、みんとはやるよっ」


 作るのはウスターソース。

 実はレシピは(味の深みを追求さえしなければ)けっこう簡単なのである。各種材料を煮込んでして、更に煮詰めればいいのだ。

 カレンは今はもうだいぶ手の込んだこともできるようになってきたし、ミントもそこそこ器用だし素直なので言われたことを素直にこなす。きっと大丈夫だろう。


 そして僕は丸芋を茹でつつ、総監督だ。




「さて、先は長いよ。みんな、頑張っていこう」

「ん」「おーっ!」「ええ」「はい」


 思い思いの返事が戻ってくる中、全員が楽しげだった。





——————————————————

 コロッケを作り始めました。

 年内、できればあと一話は更新したいです!


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 ランキングが上がり、より多くの方の目にとまるようになると知ってもらえる機会が増えていきます。どうかこの作品を一緒に育てていってください!


※12/30追記

 次回更新は明日(12/31)18:00頃となります!



【告知】

①書籍版が3巻まで発売中です!

https://www.kadokawa.co.jp/product/322404001213/

 各巻に書き下ろしシーンもあるよ。

 また来年1/17には4巻が発売予定です。

 どうぞよろしくお願いします。


②コミカライズが連載中です!

https://web-ace.jp/shonenaceplus/contents/3000102/

 少年エースplusにて。他、カドコミやニコニコ漫画にも掲載中です。

 最新話更新は12/20。次話は来年元旦の更新です。

 コミック1巻は来年1/24の発売予定です。

 是非とも読んでみてください!


③本作の外伝SSをアップしています。

https://kakuyomu.jp/works/16817330668886932537

 現状はクリスマスの掌編のみですが、今後、季節やイベントごとに新しいものを投下する予定なので、よければこちらもチェックしてみてくだされば。

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